峯本稲荷神社の御朱印~広島県広島市中区大手町5丁目7−7~

都道府県別
住 所広島県広島市中区大手町5丁目7−7
祭 神宇迦之魂命
由 緒もともとは毛利家の領地・高田郡吉田村に鎮座。 1573~1595年、毛利輝元が広島城に入城後、白神社のお旅所として西堂川土手(現・大手町5丁目)遷座。 毛利輝元は、瀬戸内海を眼前に『今ここから栄えますよう』と祈願したという。 西堂川には橋が架かっており、広島藩主は鷹匠を連れこの橋を渡り、鶴、鴨などの狩りを楽しんでいた。 その由縁から、この地が鷹野橋と呼ばれるようになったらしい。

メモ江戸時代、この地には西堂川という川が流れており、広島藩主が鷹匠を連れてこの橋を渡り鶴、鴨などの狩りを楽しんでいた事から鷹野橋と呼ばれるように なった。徒歩すぐの所に鷹野橋商店街がある。1919年、西堂川埋立地に造成された公営市場が始まりの商店街で、1945年、原子爆弾で全焼するが1946年に復興した。

 
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