聖光寺の御朱印~広島県広島市東区山根町29−1~

都道府県別
住 所広島県広島市東区山根町29−1
宗 派曹洞宗
由 緒1394年、東広島市豊栄町に開創したのが始まり。最盛期には七堂伽藍・12の塔頭を有する大寺院だった。 1624年、広島市中区小町に移転。1945年、原爆により焼失。 1975年、現在地にあった瑞川寺と合併し寺名を聖光寺と改称。 瑞川寺は広島で最も古いお寺の1つで、かつては吉田町にあったお寺とのこと。 瑞川寺の住職・明室周尊和尚は毛利元就親子に厚くもてなされ、その縁で孫の毛利輝元が広島城を築城する際、現在の二葉山に登り検分し、 このお寺に泊まり、地名を広島と改め、広島山の山号を贈った。 1701年、赤穂浪士討ち入り後、寺坂吉衛門が仇討ちの知らせを国元の広島藩主・浅野家に報告し、 持ち帰った大石内蔵助父子の遺髪を浅野家菩提寺の国泰寺に葬ってほしいと申し出たが、罪人という事で浅野家は遠慮する。結局、大石内蔵助父子の遺髪は瑞川寺に葬られることになる。
札 所広島七福神めぐり・布袋尊

メモ●広島山の扁額
毛利輝元から広島山の山号を賜る

●大石内蔵助父子の供養墓
赤穂浪士討ち入り後、寺坂吉衛門が持ち帰った大石内蔵助父子の遺髪を祀る

●聖光観音
聖光観音の裏には裏観音堂がある

●増輝稲荷大明神

●十六羅漢

 
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