真光院の御朱印~広島県広島市西区庚午中2丁目14−32~

都道府県別
住 所広島県広島市西区庚午中2丁目14−32
宗 派高野山真言宗
由 緒大正時代初期、宮島・大聖院の恵光大和尚の弟子・田川栄真師は弥山に籠り修業僧として厳しい修業を続けていた。 ある日、三鬼大権現から『広島城付近の聖地に修練道場を開き衆生を済渡せよ』とお告げを受け、 現・広島市西区中広に礼拝所を設け、自らの修業と共に信徒の教化に努める。 毎月数回の弥山参籠は、回を重ねるごとにその数を増し、昭和時代初期には数百を数えるに至った。 戦時中、登山禁止により弥山への団参は中断され、1945年には原子爆弾の投下で被災した事により、一時可部に移って活動する。 1952年、現在地に弥山三鬼大権現田川支部を設立し、宗教法人・眞光院の認可を受けた。 現在は大聖院・西広島別院として多くの信者から尊信を受け、通称・広島の三鬼さんとして親しまれている。
札所広島新四国八十八ヶ所霊場 第10番

メモ別名・三鬼大権現西広島別院

三鬼大権現とは追帳鬼神、時眉鬼神魔羅鬼神のこと。伊藤博文が篤く信仰していたことで知られる神。

 
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