木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)の御朱印~京都府京都市右京区太秦森ケ東町50−1~

都道府県別
住 所京都府京都市右京区太秦森ケ東町50−1
祭 神天之御中主神・大国魂神・穂々出見命・鵜茅葺不合命・瓊々杵尊
社 格式内社(名神大社)
由 緒創建年は不詳。しかし続日本紀の701年の条にこの神社の記述があることから、それ以前には存在していたと考えられています。一説によると、604年、広隆寺の創建に伴い勧請されたともいわれてます。この神社がある嵯峨野一帯は、かつて朝鮮半島を経由して渡来した秦氏が製陶・養蚕・織物などの技術を持ち込んだ地という。本殿横に蚕養神社が建つことから蚕の社と呼ばれてます。
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京都市内最古の神社の1つ!

●木嶋坐天照御魂神社・・・よ、読めない。。

通称・蚕の社もしくは木嶋神社と呼ばれているこの神社ですが、 正式な社名は木嶋坐天照御魂神社といいます。読み方はこのしまにますあまてるみたま神社・・・途中で読むのを諦めてしまいそうなくらい長い社名です。

●社叢・元糺の森・・・こ、これも読めない。。
神社巡りをするようになって社叢は読めるようになりました。しゃそうです。神社境内に茂っている森のことです。

問題はこちら → 元糺の森・・・よ、読めない。正解はもとただすの森とのことです。あっ・・・下鴨神社の社叢は糺の森って名前だったような。調べてみると、元々はこの神社の社叢が糺の森という名前だったんですって!元糺の森じゃなくて元・糺の森にすれば分かりやすいですね! ちなみに巨樹の社叢から古来の姿がうかがえるということで、境内は京都市の指定史跡に指定されています。

●なぜ元になってしまったのか!?
もともとこの神社で行われていた禊の祭祀が下鴨神社の糺の森に移された為、元糺になったという説があります。
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蚕の社の由来

●なぜ蚕の社と呼ばれてるのかい!?

本殿の東側に鎮座する蚕養神社が、蚕の社の由来のようです。ちなみに蚕養神社は、養蚕・織物・染織の祖神を祀ってるそうです。もともとこの神社がある太秦一帯は、朝鮮半島を経由して渡来してきた秦氏が開拓した地です。秦氏は製陶・養蚕・織物などの技術を持ち込んだといわれてます。蚕の社は秦氏と関係が深い神社なんですね!

●蚕養神社・・・保食神・蚕の神・木花咲耶姫命を祀る
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京都三鳥居の1つ・三柱鳥居!

●神気に満ちた空間に建つ三柱鳥居!

●三柱鳥居・・・1831年再建 京都三鳥居の1つ。
3つの鳥居を三角形に組んで、3方から中心の神座を拝むことができる珍しい鳥居です。

鳥居の起源は不詳・・・なかなか謎めいた鳥居です。京都三鳥居の1つ・・・というより京都三鳥居の方がしっくりきます。この鳥居には諸説ありますが、秦氏の聖地である松尾山(松尾大社の神体山)と、稲荷山(伏見稲荷大社の神体山)の遥拝方位を表したとする説が面白いと思いました。

●京都三鳥居
ちなみに京都三鳥居の残り2つはこちらです。



左 → 京都御苑の厳島神社にある唐破風鳥居
右 → 北野天満宮の伴氏社にある石造鳥居


●全然関係ない話しになりますが・・・
京都市右京区に鎮座する車折神社で四柱鳥居を発見してしまいました!



●ついでに・・・


車折神社ではくぐれない鳥居もありました!京都の鳥居は面白いですね。

・・・って、すみません。話しが脱線してしまいました。。

●枯渇してしまった元糺の池
三柱鳥居の前には元糺の池がありました。しかし現在、池には水がありません。 かつては湧水が豊富にあったといいます。近隣の宅地開発が枯渇の原因とも・・・。
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三柱鳥居の拝観料

ちなみに三柱鳥居のエリアは、お賽銭という形の有料拝観となっております。
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下鴨神社と蚕の社

神紋が下鴨神社と同じ二葉葵の紋でした。
先程の元糺の森の話しにもでてきましたが、やはり下鴨神社と関係のある神社のようです。

蚕の社へのアクセス

●アクセス良好!

嵐電・蚕ノ社駅から蚕の社までは徒歩3~4分です。
①・・・嵐電・蚕ノ社駅
②・・・嵐電・蚕ノ社駅から数秒で鳥居に到着
③・・・鳥居をくぐってまっすぐ歩くと
④・・・到着
ただそれだけです。

JRの場合は、嵯峨野線・花園駅から徒歩約10分です。

御朱印

御朱印は社務所で頂きました。

木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)の地図

境内社

蚕養神社・顕名神社・稲荷神社・稜道神社・魂鎮神社・三園稲荷神社・八坂神社・食国神社・天満神社・三拾八所神社・白清神社・白徳神社・橋姫神社・椿丘神社
 

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