住吉大社の御朱印~住吉神社の総本社~(大阪府大阪市住吉区)

都道府県別
所在地大阪府大阪市住吉区住吉2丁目9−89
祭 神住吉三神・神功皇后
社 格摂津国一宮・式内社(名神大)
二十二社・旧官幣大社・別表神社
札 所神仏霊場巡拝の道 第42番
河内飛鳥古社寺霊場 客番
由 緒211年、神功皇后が三韓征伐から七道の浜(現・大阪府堺市堺区七道)に帰還した際、神託により住吉三神を祀ったのが始まりといいます。当初は摂津国・武庫郡菟原(現・神戸市東灘区)に祀られていましたが、313~399年に現在地に移転したそうです。江戸時代、境内馬場(現・住吉公園)は海に面し、白砂青松の風光明媚の代表地とされ、その風景の絵模様は住吉模様と呼ばれていました。紫式部の源氏物語には、明石の君に関連した重要な舞台として描かれています。
HP住吉大社
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住吉大社とは?

●ザックリと簡単に住吉大社とは?

全国に約2300社ある住吉神社の総本社であります住吉大社に到着。

住吉大社は摂津国一宮ならびに式内社
下関の住吉神社・博多の住吉神社とともに日本三大住吉の1つに数えられています。

さらに、二十二社の1つでもあります。
二十二社とは、平安時代に朝廷から特別に選ばれた22の神社のことです。


そんなビッグな肩書きをたくさん持つ住吉大社は初詣の参拝者数もビッグ。
毎年、正月三が日は200万人以上の参拝者が集まるそうですよ!

そんなこんなで、住吉大社は大阪で絶大な人気を誇る神社で、大阪の人々からすみよっさんと呼ばれて親しまれているそうです。
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鳥居と常夜燈と狛犬

●西大鳥居

●西大鳥居
・1751〜1830年建立
・明神鳥居
・高さ 6.4m
・間口 6.1m
・国の登録有形文化財

そんなこんなで、参拝開始。
まずは西大鳥居がお出迎えしてくれました。

基本、神社界は南向きの世界ですが、西大鳥居が正面玄関の役割を果たしているので、住吉大社は西向きの神社なんだね。

ところで、なんで西向きなんだい???

答えは簡単。
西には瀬戸内海があるからだよ。
古代から住吉大社は、航海の守護神として信仰されていました。
ということで、この地・住吉大社から航海の安全を見守っていたんだね。

と勝手に推測(笑)

ちなみに、奈良時代には遣唐使がこの住吉大社で航海の無事を祈ったそうですよ。


●狛犬①②

●狛犬①②
・1937年奉納
・岡崎古代式狛犬
・像高 176cm
・岡崎市中町 石匠 杉浦磯治郎 作

続いて、西大鳥居の両サイドでお座りをする狛犬ちゃんにご挨拶。
噂によると、大阪で2番目に大きな狛犬ちゃんなんだって。

1番目に大きな狛犬ちゃんはどこだろ?
まさか難波八阪神社のアレじゃないよね?(笑)


~画像は難波八阪神社のアレ~


●常夜燈

そんなこんなで、西大鳥居をくぐると参道脇に常夜燈を発見。

神功皇后の孫・仁徳天皇が浪速に遷都した際、墨江の津(住吉津)を開港しました。
それが後に貿易都市ならびに商業都市のに発展。

そして、商業の中心地となった大阪には、日本中の商人が集まったといいます。
ということで、その商人たちがこぞって寄進したのがこの常夜燈というわけなんだね!


調べてみると、なんと境内には600基以上の常夜燈があるという!(ヒェッ)

●常夜燈の内訳(江戸期編)
・1716〜1736年寄進が96基
・1831〜1845年寄進が45基
・1789〜1801年寄進が40基

寄進者は、海上輸送・河川輸送関係が約半数を占めてるんだって。
さすが航海安全の神様ですね!


●狛犬③④

●狛犬③④
・1736年奉納
・住吉型狛犬
・阿形128cm 吽形138cm
・花崗岩
・堺石工 男里屋市兵衛 作

続いて、反橋前の狛犬ちゃんにご挨拶。
噂によると、この狛犬ちゃんは大阪府内で2番目に古い石造・参道狛犬なんだって!

それにしても、この神社は2番目が多いなぁ(笑)

そんなことより、ちょっとオッサン化した顔立ちで、なかなか個性的な狛犬ちゃんでした。

そういえば、住吉大社の御旅所である宿院頓宮でも似たような狛犬ちゃんがいたなぁ!


~画像は宿院頓宮の狛犬~
宿院頓宮の御朱印~大阪府堺市堺区宿院町東2丁1−6~
住 所大阪府堺市堺区宿院町東2丁1−6祭 神住吉大神・神功皇后・大鳥井瀬大神由 緒創建年は不詳。古くから摂津国一宮・住吉大社の御旅所だったそうです。1875年、和泉国一宮・大鳥大社の御旅所となったそうです...

●狛犬⑤⑥

●狛犬⑤⑥
・1869年奉納
・備前焼狛犬
・備前岡山有志・堺の大塚三郎兵衛が寄進

ちなみに、北鳥居前には備前焼の狛犬ちゃんがいました。
備前焼の狛犬は全国各地におられますが、その中でもかなり大きな部類に入る狛犬ちゃんだと思います。
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反橋と手水舎

●反橋

●反橋
・1596〜1615年架橋(橋脚)
・長さ 約20m
・高さ 約3.6m
・幅 約5.5m
・最大傾斜 約48度

そんなこんなで、狛犬ちゃんを過ぎると大きな反橋(太鼓橋)に到着。

この反橋の正式名称は住吉反橋

石造りの橋脚は、豊臣秀吉の妻・淀君が息子・豊臣秀頼の成長を祈願して奉納したものなんだって。


なんと、橋を渡るだけでお祓いになるんだって!

この橋は、もともと地上と天上界をつなぐ虹に例えて建立したものらしいですよ。

だから、反橋を渡るということは神さまに近づくということなので、罪や穢れを祓い清めるという意味があるそうです。


そんなこんなで、反橋を渡ってきました。

現在は階段状になってますが、その昔は足掛け穴があいているだけで超デンジャーな橋だったそうです!

川端康成さんは小説・反橋で『反橋は上るよりもおりる方がこはいものです 私は母に抱かれておりました』と書いているそうですよ。
母ちゃん、すごいなぁ(笑)

現在は階段になっているので当時ほど危なくないにしろ、さすがに最大傾斜48度となると怖い( ̄▽ ̄;)
一歩足を踏み外せば、人間ボブスレー間違いなしですよ!

ちなみにこの反橋は、夜21時までライトアップされているそうで関西夜景100景に選ばれているんだって。
あと、浪速の名橋50選の1つらしいですよ。


●手水舎


●手水舎
・建立年不明
・銅板葺 切妻造

反橋でセルフお祓いをした後は手水舎でお清め。

手水は、可愛いウサギちゃんの口から出ていました。

・・・って、なんでウサギ!?

どうやら、神功皇后が住吉大神を祀ったのが辛卯の年 卯月の上の卯日だったことから、住吉神社ではウサギが神の使いとされているんだって。

・・・あっ。

そういえば、住吉大社の御旅所・宿院頓宮にもたくさんのウサギ像がいたなぁ!


~画像は宿院頓宮のウサギ像~

ちなみに、南脇参道にある南手水舎は、1830〜1868年建立で国の登録有形文化財らしいですよ。
見事に見逃して帰りました!
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住吉鳥居と神門(幸寿門)

●住吉鳥居

●住吉鳥居
・1615〜1661年建立
・住吉鳥居(角鳥居)
・高さ 4.1m
・間口 4.0m
・国の登録有形文化財

続いて、登場したのは住吉鳥居
いろんな神社でちょいちょい出くわす住吉鳥居ですが、やはり本場で見るとグッとくるものがあります!


住吉鳥居は、別名・角鳥居と呼ばれています。
読んで字のごとく、柱が四角いのが特徴の鳥居です。

情報によると、住吉大社の境内には4つの住吉鳥居があるそうですよ。


●神門(幸寿門)

●神門(幸寿門)
・1615〜1661年建立
・銅板葺 切妻造 四脚門
・間口 約4.6m
・国の登録有形文化財

そんなこんなで、住吉鳥居をくぐると神門に到着。
この神門は、別名・幸寿門と呼ばれているみたいです。
門をくぐるだけで幸福になれそうな名前だなぁ〜。

ちなみに、幸寿門と書いてこうじゅもんと読みます。
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幣殿と本殿

●社殿

そんなこんなではいドーーーン!

幸寿門をくぐると国宝の社殿がドーンとお出迎えしてくれました!
なにぶん国宝好きなもんで、それはもう喜びもひとしお。

本殿は第一本宮~第四本宮の4棟からなる住吉造となっています。

住吉造は神社建築史上最古の様式の1つとされ、大阪市内で唯一の国宝建造物なんだって!


手前に第三本宮と第四本宮。
その後ろに第二本宮。
そして1番後ろに第一本宮という配置です。

参拝順序は特に決まってないそうなので、1~4と順番に参拝するもヨシ、4〜1へとカウントダウン方式で参拝するもヨシとのことです。

でもさすがに、どれか1つだけ参拝して全てヨシというのはちょっと失礼かもです^^

公式ホームページには、この本殿配置を大海原をゆく船団のように本宮が並ぶと表現していました。

いやはや、上手いこと表現するなぁ〜!
いわれてみれば、ほんと船団みたいだよ!
鋒矢の陣形に見えてきたぞっ!


●第一本宮

●第一本宮 幣殿
・1810年建立
・檜皮葺
・千鳥・軒唐破風付き平入り切妻造
・国指定重要文化財

拝殿だろうと決めつけていたら、これは幣殿と呼ばれてるそうです(^^;;

役割的には本宮の拝所っぽいので、この神社では単に拝殿のことを幣殿と呼んでいるだけかもしれません(勝手な推測)


そんなことより、幣殿内は割拝殿形式になっていました。
これは、ちょっと珍しい様式の拝所ですね!


●第一本宮 本殿
・1810年建立
・檜皮葺 妻入り切妻造
・住吉造
・国宝
・底筒男命を祀る

出ました住吉造

神明造や大社造も古代感がありますが、この住吉造もなかなかの古代オーラを放っていました!


●第二本宮

●第二本宮 幣殿
・1810年建立
・檜皮葺
・千鳥・軒唐破風付き平入り切妻造
・国指定重要文化財

第一本宮〜第四本宮の全てに幣殿があるのですが、建築様式は4殿ともほぼ全て同じでした。

そんなこんなで、まるでデジャブを見ているような、分身の術を見ているような、そんな気分になったひと時でした。


●第二本宮 本殿
・1810年建立
・檜皮葺 妻入り切妻造
・住吉造
・国宝
・中筒男命を祀る

幣殿同様、本殿の建築様式は4殿ともほぼ全て同じです。


●第三本宮と第四本宮

●第三本宮と第四本宮 幣殿
・1810年建立
・檜皮葺
・千鳥・軒唐破風付き平入り切妻造
・国指定重要文化財

・左 → 第三本宮 幣殿
・右 → 第四本宮 幣殿

第三本宮と第四本宮は横並びになっているという!
ということで上空から見ると、第一本宮〜第四本宮はT字になっているということですね。

今までいろんな神社を参拝してきたけど、こんな社殿配置は初めて拝見しましたよ。
いやはや、本日も珍しいものが拝見できて有り難き幸せ。


●第三本宮と第四本宮 本殿
・1810年建立
・檜皮葺 妻入り切妻造
・住吉造
・国宝

・第三本宮 表筒男命を祀る
・第四本宮 息長足姫命(神功皇后)を祀る

本宮〜第本宮の祭神は住吉三神
本宮は、住吉大社を創建した神功皇后が祀られています。


第一本宮〜第三本宮の住吉三神は男神ということで外削ぎ(男千木)

第四本宮の神功皇后は女神ということで内削ぎ(女千木)になっていました。


ちなみに、本殿内部は外陣と内陣の2間に分かれているそうです。
柱は丹塗。
壁はカキなどの貝殻を磨り潰した胡粉塗になってるんだって。


いやはや~、素敵な社殿でした。

住吉三神・神功皇后とは?

●住吉三神とは?

・第一本宮 底筒男命
・第二本宮 中筒男命
・第三本宮 表筒男命

底筒男命・中筒男命・表筒男命を総称して住吉三神と呼びます。

この住吉三神は、黄泉の国から逃げてきたイザナギが禊をした時に生まれた神様です。

イザナギが海のに潜った時に生まれたのが底筒男命
ほどにいた時に生まれたのが中筒男命
面で生まれたのが表筒男命といわれています。

底・中・表とはわかりやすいですね!^^

ちなみにこの禊では、同時に綿津見三神も生まれています。

住吉三神は、航海安全の守護神として信仰されていますが、イザナギの禊で生まれた神様ということで祓の神としても信仰されています。


●神功皇后とは?

・第四本宮 息長足姫命(神功皇后)

神功皇后とは、第14代天皇・仲哀天皇の妻
そして応神天皇の母です。

仲哀天皇・神功皇后・応神天皇という家族は、全国の八幡系の神社で祀られている、いわゆる八幡三神です。

神功皇后は妊娠しているにも関わらず、兵を率いて新羅へ出陣。
新羅のみならず、高句麗と百済も従わせることに成功した古代日本のヒロインです。


●日本書紀によると
仲哀天皇の時代、九州の熊襲(くまそ)がヤマト王権に反発した際、神功皇后が神がかったという。

そして『貧しい熊襲の地なんかより、金銀財宝に満ちた新羅を征討しなさい。ほんでもって、我ら住吉三神を祀れば新羅も熊襲もひれ伏すよ』という神託を得たという。

しかし夫の仲哀天皇はこの神託に対して疑問を抱いたため、祟り殺されてしまったという((((;゚Д゚)))))))

そんなこんなで、仲哀天皇の崩御後、神功皇后は妊娠している状態にも関わらず、自ら兵を率いて新羅へ出航!

神託どおり、新羅の王は神国日本を恐れて、戦わずして降伏したといいます。
続いて、高句麗と百済も日本に降伏。
いわゆる三韓征伐です。

その後、211年に三韓征伐から帰国した神功皇后は、再び神託を受けます。
その神託により住吉三神を祀ったのが住吉大社の始まりというわけです。

ちなみに神功皇后は、出産を遅らせるために石を腰に巻きつけて三韓征伐に出陣したといわれています。

そんなこんなで帰国後、無事に応神天皇を出産しました。
ちなみに応神天皇は、墨江の津(住吉津)を開港した仁徳天皇の父です。

そんな神功皇后にキャッチフレーズをつけるなら、日本史上最強のスピリチュアルお母ちゃん・・・かな?(笑)

五所御前(五大力)

●五所御前(五大力)

ここは住吉大神が鎮座した時に、最初にお祀りされた神聖な場所といわれています。
すなわち住吉大神が降臨した地です。



玉垣の内側には五・大・力と書かれた小石が散乱していました!

なんだこりゃ!?

どうやら五・大・力それぞれの石を探しだして、それを御守りにすると体力・智力・財力・福力・寿力という5つの力を授かり、願いが叶うという!

ということで早速、五大力の石を探すことに。
探し出すのに苦労するのかと思いきや、探し始めて10秒ほどで3種類ゲット!

ということで、秒で体力・智力・財力・福力・寿力の5つの力を授かりました。
こんな簡単に無敵になれるとは人生楽勝だね。


と思いつつ、ルンルンしていたら、この石を入れるお守り袋を購入しないといけないという。

そして授与所のお方はいう。
『願いが叶ったら再びここに来て、自ら石に五と大と力と書いて、玉垣の内側に返さなきゃいけないのよ』と。

願いが叶ったらまた来ないといけないのかっ・・・遠いなぁ(笑)

ちなみに五大力の参加料は無料。
五大力のお守り袋は300円です。


くれぐれも取りすぎ注意です^^

楠珺社

●楠珺社

●楠珺社 拝殿
・1956年建立
・銅板葺 軒唐破風付き妻入り入母屋造
・国の登録有形文化財

●楠珺社 本殿
・1954年建立
・銅板葺 妻入り切妻造
・宇迦魂命を祀る
・国の登録有形文化財

そんなこんなで、住吉大社の末社であります楠珺社を参拝。
楠珺社と書いてなんくんしゃと読みます。


●初辰まいり

この楠珺社は、毎月最初の辰の日・初辰にお参りする初辰まいりの1つらしいです。

古くからはったつさんとして親しまれ、商いを営む方々から篤い信仰を受けてるんだって。



楠珺社は、毎月授与される招福猫が有名らしいですよ。

奇数月は左手を、偶数月には右手を挙げた招福猫を毎月集めて、48体そろうとひと回り大きな招福猫と交換してもらえるそうですよ。


●夫婦楠と千年楠

楠珺社の前には夫婦楠がありました。
樹齢はなんと約800年!


さらに千年楠がありました!
こちらはなんと樹齢 約1000年!

幹周 約9.8m、樹高 約18.5mの巨樹でした!


そんなこんなで、巨樹を観賞していると夫婦楠の根元にて鴨を発見!

枯葉と同化していてとてもカメレオン的!
あたしゃ目が悪いので、一瞬、地面が動いたのかと思ってビックリしましたよ!


●その他の境内社
その他、大海神社・志賀神社・船玉神社・若宮八幡宮・種貸社・楯社・鉾社・侍者社・后土社・市戎・大国社・児安社・海士子社・龍社・八所社・新宮社・立聞社・貴船社・星宮・五社・薄墨社・斯主社・今主社・招魂社があるそうです。

その他の見どころ

●御文庫

●御文庫
・1723年建立
・本瓦葺 漆喰塗 土蔵造
・唐破風向拝付き寄棟造
・国の登録有形文化財

なんと、この御文庫は大阪最古の図書館なんだって!
それにしても、八角窓が素敵な建物だったなぁ。


●石舞台
・1596〜1615年建立
・豊臣秀頼が寄進
・国指定重要文化財

境内には、豊臣秀頼が寄進した石舞台がありました。
なんと、この石舞台は日本三舞台の1つだという!

●日本三舞台
・住吉大社(大阪府大阪市住吉区)
・四天王寺(大阪府大阪市天王寺区)
・厳島神社(広島県廿日市市)

情けないことに、写真を撮り忘れて帰るという(^^;)
詰めが甘い!


●一寸法師発祥の地

なんと、住吉大社は一寸法師発祥の地なんだって!

●御伽草子によると
子宝に恵まれなかった初老夫婦が住吉の神様にお参りしました。
そのお陰で無事子供を出産。
その子供は、身長3cmの一寸法師

ある日、一寸法師は武士になるために、小さなお碗に乗って住吉津から細江川を下って大阪湾に出て、淀川をのぼり、京都へ行きました。

そしてあんなことありーの、こんなことありーので鬼退治に成功!

そしていろいろあって中納言にまで出世したんだって。

そして『住吉の御誓ひに末繁昌に栄たまふ。よのめでたきためし、これに過ぎたる事はあらじとぞ申し侍りける』と物語は締めくくられます。


●境内の風景

巨大おみくじと打出の小槌のおみくじが面白かったです。


あと、ルアー型のお守りと巫女さんの頭飾りも面白かったです。

御朱印情報

●御朱印の種類
①住吉大社の御朱印
②神光照海の御朱印
③楠珺社の御朱印

●御朱印の受付場所と時間
①住吉大社の御朱印
・住吉大社の授与所
・9:00〜17:00

②神光照海の御朱印
・住吉大社の授与所
・9:00〜17:00

③楠珺社の御朱印
・楠珺社の授与所
・9:00〜16:00

●御朱印の初穂料(料金)
・各500円


●初辰日に頂ける御朱印
① 種貸社の御朱印
② 浅澤社の御朱印
③ 大歳社の御朱印

●初辰日の御朱印が頂ける日
・月に1度の初辰日(はったつさん)

●初辰日の御朱印が頂ける場所と時間
・楠珺社の授与所
・9:00〜16:00

●初辰日の御朱印の初穂料(料金)
・各500円


●例祭日に頂ける御朱印
①若宮八幡宮(1月12日)
②侍者社(3月5日)
③種貸社(4月9日)
④浅澤社(5月17日)
⑤大歳社(10月9日)
⑥大海神社(10月13日)
⑦船玉神社(10月21日)

●御朱印の受付場所
・住吉大社の授与所

●御朱印の受付時間
・9:00〜17:00

●御朱印の初穂料(料金)
・各500円


●オリジナル御朱印帳

●社殿と反橋
・16cm × 11cm
・1000円


●ウサギと反橋(水色とピンク)
・16cm × 11cm
・1000円

参拝情報とアクセス

●参拝時間
・4月~9月 6:00〜17:00
・10月〜3月 6:30〜17:00

●参拝料
・無料

●アクセス
・南海本線
 住吉大社駅から徒歩3分

・南海高野線
 住吉東駅から徒歩5分

・阪堺線
 住吉鳥居前駅から徒歩すぐ

・市営バス
 住吉公園の停留所から徒歩5分

●駐車場
・有料の専用駐車場があります
 普通車 1時間200円
 大型車 1時間500円
 台数 150台(200台という噂も)

住吉大社の地図

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[5]イザナギの禊
イザナギは黄泉の国で穢れた身を清めるため日向(宮崎県)の阿波岐原あわぎはら(宮崎市)へ向かい、海で禊をすることになる。そこでもたくさんの神々と、重要な神を生む。
イザナギの禊については、こちらに書いています。
【住吉三神】底筒之男神(そこつつのを)中筒之男神(なかつつのを)上筒之男神(うわつつのを)
イザナギの禊で生まれ、神功皇后の神託で再登場する住吉三神 神性 航海・漁業の守護神 エピソード イザナミのいる黄泉の国から逃げ帰ってきたイザナギが禊をしたときに生まれた神様だよ。 海底で底筒之男神(ソコツツノヲノカミ)、
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江田神社の御朱印情報~宮崎県宮崎市阿波岐原町産母127~
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ついでに、こちらはイザナギが禊を行った池がある江田神社の参拝記です。
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所在地福岡県福岡市東区志賀島877祭 神綿津見三神社 格式内社(名神大)・旧官幣小社・別表神社由 緒創建年は不詳。古くは、志賀島北部の勝馬に表津宮・仲津宮・沖津宮の3社が建てられ、それぞれに表津綿...
さらについでに、こちらは住吉三神と同時に生まれた綿津見三神を祀る志賀海神社の参拝記です。
大綿津見神(オオワタツミのカミ)
海の神!綿津見三神とは別の神だが同じ神としてる神社もあるよ! 神性 海を司る神 エピソード イザナギとイザナミの神生みで生まれた海の神様だよ。 [3]イザナギとイザナミの神生み 後に、山幸彦(ヤマサチヒコ)がお世話になる
綿津見三神については、こちらに書いています。
[36]14代 仲哀(ちゅうあい)天皇と神功皇后
14代天皇仲哀(チュウアイ)天皇(帯中日子(タラシナカツヒコ))は穴門の豊浦宮(トユラ)と筑紫の訶志比宮(カシイ)で天下を治めたよ。 大江王(オオエ)の娘である大中津比売命(オオナカツヒメ)を妻として香坂王(カゴサカノミ
14代・仲哀天皇と神功皇后。
[37]神功皇后の朝鮮出兵(三韓征伐)と出産
建内宿禰(タケウチノスクネ)は驚き怯えて仲哀天皇の遺体を、モガリの宮殿に移したんだ。 この時代、天皇が死ぬと、「モガリ」を行ったんだけど、モガリとは遺体を安置しておき、腐って骨になるのを遺族が「見る」というものだよ。遺体
神功皇后の朝鮮出兵(三韓征伐)と出産。
[38]神功皇后の帰国
神宮皇后が朝鮮出兵から大和へと帰ろうとしたとき、謀反の企ての噂がきこえてきたよ。 そこで、棺を乗せた船「喪船(モフネ)」を用意して、ホンダワケ(応神天皇)をその船に乗せ、 ホンダワケが亡くなったという噂をたてたんだ。 斗
神功皇后の帰国。
 

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