水鏡天満宮の御朱印~天神の由来となった神社~(福岡県福岡市中央区)

都道府県別
所在地福岡県福岡市中央区天神1丁目15−4
祭 神菅原道真
由 緒901年、菅原道真が無実の罪により京都から大宰府へ左遷される際、今泉にある四十川(現・薬院新川)の水面に自分の姿を映し、水面に映る自身のやつれた姿を見て嘆き悲しんだそうです。そんなこんなで、今泉(中央区今泉)に社殿を創建したのがこの神社の始まりといいます。その後、1612年に福岡藩初代藩主・黒田長政が福岡城の鬼門にあたる現在地に移転し、社名を水鏡天満宮としたそうです。
スポンサーリンク

水鏡天満宮とは?

●水鏡天満宮とは?

福岡市の中心部・天神に鎮座しています水鏡天満宮に到着。
水鏡天満宮と書いてすいきょう天満宮と読みます。

この水鏡天満宮は、九州一の繁華街・天神と九州一の歓楽街・中洲の境目、いわゆる昼の街と夜の街の境目に鎮座している都会の神社です。


神社のすぐ近くには薬院新川が流れていました。
どうやら、これが水鏡天満宮という社名の由来となっただという!


●社名の由来
901年、菅原道真は無実の罪により京都から大宰府へ左遷されることになりました。

道真さんは、わずかな付き添いとともに遠い大宰府へと旅立ちます。
そんなこんなで、いつ転覆してもおかしくないくらいの暴風に遭いつつ、命からがら九州にたどり着きました。

そして、現・博多港から船を乗り換え四十川(現・薬院新川)へ。
今泉の地に到着した道真さんは、川面に映ったやつれた姿を見て嘆き悲しんだそうです・・・。

その後、道真さんが嘆き悲しんだ今泉の地に創建したのがこの神社の始まりといいます。
当時は、水鏡天神容見天神と呼ばれていたみたいですよ。

そんなこんなで社名の水鏡とは、川のにして姿を映したということが由来なんだって。


~画像は境内の説明板より~

その後、1612年に福岡藩初代藩主・黒田長政が、福岡城の鬼門にあたる現在地に移転して、社名を水鏡天満宮にしたんだって。

黒田長政がこの地に水鏡天満宮を移転させたのは、天神様の強力なパワーで城の防御を固めるためだったといわれています。

もしかしたら、明治維新を迎えるまで黒田氏が福岡の地を守り続けられたのは、そして天神の町が栄えているのは天神パワーのおかげ???

・・・かもしれませんね!

ちなみに天神という地名は、菅原道真 = 天神ということにちなみます。

ということで、この水鏡天満宮は天神という地名の由来となった神社ということなんです!
スポンサーリンク

鳥居と神門と神橋

●鳥居①

●鳥居①
・1889年再建
・石製 明神鳥居

そんなこんなで、参拝開始。

まず最初に登場するのはドッシリとした明神鳥居。

扁額には天満宮の文字。
この文字は、福岡県で唯一の総理大臣・廣田弘毅さんの筆なんだって。

社号標には水鏡天満宮ではなく水鏡神社
ちょっと気になります。


●神門

●神門
・建立年不明
・銅板葺 切妻造 薬医門

神門には、天満系のシンボルでありますの透かし彫りがありました。


●神橋

そんなこんなで、神門をくぐると小さな池に架かる神橋に到着。

朝一ということもあってか境内には参拝者はおらず。
都会とは思えないくらい落ち着いた空気が流れていて、水面が揺れる音だけがBGMでした。
スポンサーリンク

神牛と狛犬と鷽

●神牛(撫で牛)

続いて、神牛が登場。
境内には4体の神牛がおられました。

・道真さんが生まれたのが年。
・亡くなったのがの月のの日。
・刺客に襲われたときに助けられた。
・道真さんの亡き骸を運ぶが大宰府で動かなくなった。

などなど、道真さんには牛にまつわるエピソードがたくさん残されています。

ということで、牛は道真さんの使者といわれています。


●神牛と狛犬

●狛犬
・1982年奉納
・ブロンズ製

神牛の後ろにはブロンズ製の狛犬ちゃんがおられました。

小さい頭とゴッツいボディー。

護国型の成分が入ったこの狛犬ちゃんは、筥崎宮や香椎宮や太宰府天満宮や十日恵比須神社など、福岡でよくお見かけするタイプの狛犬ちゃんです。

元伊勢・籠神社(京都)の狛犬に似ていることから、籠神社型狛犬と呼ぶ人もいるそうです。

もともとこの台座には違う狛犬ちゃんがいたそうですが、太平洋戦争時の金属類回収令で供出されちゃったみたいです。
ということで、1982年にかつてあった狛犬にそっくりなものを作って再納したんだって。


●鷽

神牛の近くには鷽(ウソ)の像もありました。

鷽(ウソ)とは、道真さんが蜂の大群に襲われたときに救ってくれた鳥のことです。
そんなこんなで、道真さんにとって命の恩人ならぬ恩鳥です。


道真さんを祀る神社では、毎年鷽替え神事という特殊神事を行うところがあります。
この水鏡天満宮では、毎年1月7日に鷽替え神事が行われるそうですよ。

ちなみに鷽替え神事とは、毎年新しいに替えることで、前年にあった悪いことを全てにして幸運に替えちゃおーっというポジティブな神事のことです。

それにしても、鷽(ウソ)と嘘(ウソ)かぁ・・・ダジャレ要素満載^^
スポンサーリンク

拝殿と本殿と境内社

●拝殿

●拝殿
・建立年不明
・銅板葺 千鳥破風付き入母屋造

祭神はもちろん菅原道真さん。
学問の神様として有名なお方です。


蟇股には天満系のシンボルマークの紋がありました。

梅紋にはいろんな種類がありますが、こちらは菅家梅鉢となります。


●本殿

●本殿
・江戸時代前期建立
・銅板葺 流造
・福岡藩2代藩主・黒田忠之が寄進

本殿と幣殿の壁が面一になっているため、詳細を確認することができませんでしたが、おそらく一間社の流造だと思われます。


社殿横から境内を望む。

境内前にはアクロス福岡という大きなビルが建っているので、日本のクラシックとアーバンを同時に堪能することができます。


●境内社

●荒木田稲荷社(写真左)
・建立年不明
・銅板葺 流造
・宇迦之御魂神を祀る

●末社の合祀社(写真右)
・建立年不明
・銅板葺 流造

合祀社には、大黒社・秋葉社・金刀比羅社・宮地獄社が祀られていました。

・大黒社 → 大国主命を祀る
・秋葉社 → 火之迦具土大神を祀る
・金刀比羅社 → 大物主命を祀る
・宮地獄社 → 神功皇后を祀る


●オルジナル絵馬

東風吹かば匂いおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ

絵馬には、道真さんが都を離れる際に詠んだ歌がデザインされていました。

春になって東の風が吹いたら
その香りを私のもとまで送っておくれ、梅の花よ。
主人がいないからといって、春を忘れるなよ。

という意味です・・・泣ける。
スポンサーリンク

その他の見どころ

●鳥居②と福岡市文学館

●鳥居②
・1902年建立
・石製 明神鳥居

昭和通り側の入口にも鳥居がありました。

鳥居①同様、こちらも扁額には天満宮の文字。
この文字は、福岡藩最後の藩主・黒田長知の子・長成の筆なんだって。

鳥居①は明治通り沿い。
鳥居②は昭和通り沿い。

そんなこんなで、水鏡天満宮は明治と昭和に挟まれた神社なんですね!

ちなみに鳥居②の横にあるレンガ造の建物は、国重文に指定されている福岡市文学館です。

福岡市の文学の歴史などを学べる施設で、無料で入館できますよ。

●福岡市文学館
・1909年建立
・通称・赤煉瓦文化館
・国指定重要文化財


鳥居②をくぐるとモダンなレンガストリートに突入します。

水鏡天満宮の鳥居・石柱とレンガのコラボが素敵です。


●水鏡天満宮横丁

レンガストリートを抜けると水鏡天満宮横丁が現れます。

細い路地に飲食店が軒を連ねる姿がとっても昭和レトロでした!

いろんな顔を見せてくれる神社だなぁ~!


神社の方は結構怒っておられますが、猫ちゃんは知らんぷりでした。

菅原道真とは?

●ザックリと簡単に菅原道真とは?

ザックリと簡単に菅原道真とは、平安時代に活躍した貴族・学者・政治家です。

道真さんは、幼いころから学業に優れ、5歳で和歌を詠んだという天才です。
周囲からは神童と呼ばれていました。

学者としてのトップ・文章博士に上り詰めただけでなく、弓矢では百発百中の腕前!
そんなこんなで、文武両道のパーフェクトヒューマンでした。

政治の世界でも天才っぷりを発揮し、官位は右大臣にまで上り詰めます。
藤原氏が全盛期を迎えようとする時代に、土師氏の末裔という家柄の道真さんが右大臣に上り詰めたことは、当時の常識では考えられないくらいの大出世だったようです。

しかし、道真さんの成功を面白く思っていなかった人達から妬まれることに・・・。

そして、『醍醐天皇を廃そうとしている』という全く覚えのない疑いをかけられてしまうのです。

道真さんは、官位を下げられ大宰府へ左遷されることになりました。

道真さんは大宰府へ向かう途中、様々な場所に滞在して休息をとっています。
いわれなき罪に問われ嘆き悲しむ様子に、その土地土地の人々は深い同情を寄せたようです。
そんなこんなで、道真さんが滞在した地には、天神社や天満宮が建てられていきました。

それが皆さんの町にある天満系の神社です。

道真さんは疑いが晴れるのを待っていましたが、その願いは叶わず大宰府で死んでしまいました。

その後、道真さんを埋葬するために亡き骸を乗せた牛車を進めますが、大宰府の安楽寺の前で急に牛が動かなくなったという。
ということで、その場所を墓所と定めました。
それが現在の太宰府天満宮です。

道真さんの死後、都では落雷などの天災が相次いで発生。
さらに道真さんを追いやった藤原時平などの公卿も相次いで死にました。

これは菅原道真の怨霊だ!
菅原道真の祟りだ!
と人々は震え上がったといいます。

そんなこんなで、怨念を鎮めるために社殿を造営して道真さんを神として祀ることにしました。
それが現在の北野天満宮です。

道真さんは学問の神様として知られていますが、日本三大怨霊の1人に数えられる祟り神でもあるのです。

中洲

●中洲

そんなこんなで参拝後、夜の街・中洲へ(笑)

ちなみに水鏡天満宮の近くにある西大橋を渡ると中洲に到着できます。

お馴染みの風景を望みながら黄昏中。

そして、プラプラと散策。


福博であい橋を歩く。
この橋は、武士のまち岡と、商人のまち多が出会う場所ということで福博であい橋と呼ばれています。



そんなこんなで、もつ鍋とかホルモンとかラーメンを喰らいながら1日が終わっていきました。

明日からも頑張ろっ!

御朱印情報

●御朱印の種類
・水鏡天満宮の御朱印

●御朱印の受付場所
・授与所

●御朱印の受付時間
・不明

●御朱印の初穂料(料金)
・300円

●期間限定・特別御朱印
・なし

●オリジナル御朱印帳
・なし

・2013年9月22日 参拝
・2021年2月 更新

参拝情報とアクセス

●開門時間
・7:00~19:00

●定休日
・無休

●参拝料
・無料

●最寄りの駅
・地下鉄空港線・天神駅から徒歩2分
・地下鉄七隈線・南天神駅から徒歩7分
・西鉄天神大牟田線・福岡(天神)駅から徒歩9分

●駐車場
・なし

水鏡天満宮の地図

 

タイトルとURLをコピーしました