土佐国分寺の御朱印|四国霊場 第29番|星供の根本道場。星供大師がおられるお寺|四国八十八ヶ所 車遍路の旅(高知県南国市)

所在地高知県南国市国分546
宗 派真言宗智山派
札 所四国八十八ヶ所 第29番
前後札所 ・前 → 第28番札所・大日寺
・後 → 第30番札所・善楽寺
本 尊千手観世音菩薩
真 言おん ばさら たらま きりく
由 緒741年、聖武天皇の発願のもと全国に建立された国分寺の1つで、行基菩薩が開基したお寺といいます。その後、815年に弘法大師がこの地を訪れ、星供の秘法を修めて四国八十八ヶ所の第29番札所に定めたそうです。国分寺周辺は、古代から中世にかけて土佐国の国府があった場所で、土佐日記の作者・紀貫之も国司として4年間滞在していたそうです。歴代天皇からの信仰が厚く、長宗我部氏や土佐藩主・山内氏から寺領を与えられるなどして伽藍が維持されたそうです。
HP弐拾九番霊場 土佐 国分寺

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土佐国分寺とは?


四国八十八ヶ所の第29番札所であります土佐国分寺に到着。

第28番札所・大日寺から11km。
徒歩1時間55分。
車で20分のところに位置しています。

寺号のとおり土佐国分寺は、聖武天皇の国分寺建立の詔のもと、全国に建立された国分寺の1つです。

四国4県にはそれぞれ阿波国分寺、土佐国分寺、伊予国分寺、讃岐国分寺がありますが、そのいずれもが四国八十八ヶ所の札所に定められています。

そんなこんなで、四国八十八ヶ所で2番目に登場する国分寺がこの土佐国分寺となります。

●土佐国分寺とは?

741年、聖武天皇が『諸国で最も良い土地を選んで建てよ』と、国分寺建立の詔を発し、行基が創建したのが始まり。

その際、聖武天皇は金光明最勝王経の書写を納め、 天下泰平・五穀豊穣・万民豊楽を願う祈願所としたそうです。

ちなみに、創建当時は金光明四天王護国之寺とも呼ばれていたそうですよ。


その後、815年に弘法大師が毘沙門天像を刻んで奥の院に安置。

815年といえば、弘法大師が厄年にあたる42歳のときです。

ということで、弘法大師は真言八祖に相承される厄除けの星供の秘法を修めたといいます。

以来、このお寺は星供の根本道場になったそうです。

また、華厳宗から真言宗に改宗し、四国八十八ケ所の第29番札所に定めたそうです。

ちなみに、815年は弘法大師が本格的に真言宗を広める活動を開始しようとした年です。


土佐国分寺周辺は、古代から中世にかけて土佐国の国府があった場所で、土佐日記の作者・紀貫之が国司として4年間滞在していたことで知られています。


ちなみに土佐日記とは、国府で4年間の任期を終えた紀貫之が、土佐から京に帰還する際の出来事をジョークを交えて日記風に綴った日記文学です。

日本初の日記文学といわれており、ほとんどが仮名で表現され、女性になりきって書いているのが特徴です。

そういった作風は、その後の女性文学の発達に影響を与えたといわれています。


かつては、七堂伽藍を有する大寺院で、歴代天皇からの信仰が厚く、大いに繁栄したといいます。

しかし、度重なる天災や兵火によって焼失を繰り返すことに。。


そんなこんなで、1558年に長宗我部国親・元親が金堂を再建。

さらに1655年には土佐藩2代藩主・山内忠義が山門を寄進するなど、その時代の支配者が境内を整備。

そして、1922年に境内全域が国の史跡に指定され、現在に至るそうです。
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国分寺とは?

●国分寺とは?

奈良時代、地震や疫病や内乱などが相次ぎ社会情勢が不安定になりました。

そうした中、聖武天皇は仏教の力で国を護る!ということを決定しました。

そんなこんなで741年、聖武天皇は国分寺建立の詔を発令し、日本全国に68もの国分寺を造らせました。

この土佐国分寺もそのうちの1つです。

しかし、国司の怠慢や財政難などですぐに全国各地に建立されたという訳ではありませんでした。

そんな中、この土佐国分寺は聖武天皇から釈迦如来像と大般若経、光明皇后の位牌厨子が納められたと伝わっているので、比較的早い時期に創建されていたと思われます。(推測)

正確な創建年は不明ですが、続日本紀に756年、聖武天皇の周忌の際、土佐国を含む26ヶ国の国分寺に仏具などを下賜したとの記載があることから、遅くとも756年以前には存在していたということがわかります。


平安時代になってからも、全国各地の国分寺は維持されていきますが、律令体制の衰退とともに国家的な援助ができなくなり荒廃する国分寺が増えていきました。
そして、廃寺となる国分寺も増えました。

しかし、宗派を変えるなどして存続を維持できたお寺もあったようです。
廃寺となった国分寺も、江戸時代に再興されることが多かったそうです。

現在、全国にある国分寺は改宗をしたり再興をしたりして続いた国分寺で、純粋な国分寺とは性格も性質も違う新しく生まれ変わった国分寺となります。

そのため現在でも国分寺と名乗る寺院は多数存在しています。

このような寺院のことを後継寺院と呼びます。

ちなみに、四国4県にある国分寺は全て後継寺院となっております。


この土佐国分寺は、1977年以降、何度か発掘調査が行われているみたいです。

創建当時は東大寺式の伽藍配置だったと推定されており、お寺の規模は一辺約150m。


土佐国分寺の下層からは郡司が暮らした豪族館などの古い施設が発掘されたそうです。

その他、寺域の南側では、東西棟の礎石建物跡が。

そして現在の金堂北側では僧坊とみられる掘立柱の建物群が。

さらに寺域の北側では掘立柱の建物・塀・溝などが発掘されたそうです。

また、焼けた瓦や土器などが出土したことにより、創建当時の建物は平安時代後期に火災で焼失したことが判明したんだって。

おそらく、その頃から土佐国分寺は衰退していったと思われます(推測)。


ちなみに、発掘調査では弥生時代の住居跡も発見されたんだって。

このことから、この地は国府が設置される以前から土佐文化の中心地だったことも判明したそうです。


国分寺には2種類あります。

①国分僧寺(写真左)
・正式名称は金光明四天王護国之寺
・男性の僧侶が在籍する国分寺
・総本山は奈良・東大寺
・在籍人数は常時20人

②国分尼寺(写真右)
・正式名称は法華滅罪之寺
・女性の僧侶が在籍する国分寺
・総本山は奈良・法華寺
・在籍人数は常時10人

一般的に国分寺といえば国分僧寺のことを指します。


ちなみに、土佐国分尼寺跡はまだ発見されてないみたいです。

南国市比江にある比江廃寺跡など、土佐国分尼寺には様々な候補地があるそうですが、どれも決め手に欠けているみたいです。
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仁王門と手水舎と鐘楼

●仁王門

●仁王門
・昭和時代初期再建
・瓦葺 入母屋造
・三間一戸 楼門

そんなこんなで、参拝開始。

まず最初に登場するのは立派な楼門

門の両サイドに仁王さんが安置されているので仁王門となります。

もともと、ここには土佐藩2代藩主・山内忠義さんが寄進した門が建っていたそうですが、昭和時代初期に現在の門に再建されたみたいです。


それにしても個性的な仁王さんです。


仁王さんといえば、マッチョで攻撃的な鋭い眼光で睨みつける・・・というイメージですが、こちらの仁王さんはキラキラとした乙女ちっくな

そしてアゴで威嚇してきました。

そんな仁王さんを見ていると、知らぬ間に私のアゴもアントニオさんになってしまいます。

そんなこんなで、元気ですかー!

と、ご挨拶。


すると、仁王さんも元気ですかー!

と、挨拶してくれました。


●参道

仁王門をくぐると、一直線の杉参道に突入しました。

朝一ということもあって、境内には参拝者はおらず。

無音の境内で、聞こえる音は耳鳴りのみ。

そんなこんなで、静寂と耳鳴りの爆音を感じながら参道を歩きました。


●手水舎

●手水舎
・建立年不明
・瓦葺 入母屋造

杉参道を抜けると手水舎が登場。

ということで、キンキンに冷えたお水でお清め。


●鐘楼

●鐘楼
・江戸時代建立
・1634年改築
・昭和時代初期改築
・瓦葺 入母屋造

そして、鐘楼で鐘をひと撞き。

御本尊さまとお大師さまにご挨拶。

鐘楼は江戸時代建立。
その後、1634年に最初の改築が行われたみたいです。

さらに昭和時代の初期にも改築が行われ、現在に至ります。

もともと鐘楼に吊るされていた梵鐘は、なんと平安時代前期に鋳造されたもので国重文に指定されているという!

おそらく、現在その梵鐘は収蔵庫に収められていると思われます。
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金堂(本堂)

●金堂(本堂)

●金堂(本堂)
・1558年建立
・柿葺 寄棟造
・長宗我部元親が寄進
・国指定重要文化財

●本尊
・千手観世音菩薩

●真言
・おん ばさら たらま きりく


続いて、本堂で参拝。

なんと、本堂は1558年建立国重文
土佐国の支配者・長宗我部元親さんが寄進したものなんだって!

四国統一を目指した長宗我部さんは徳島の寺社をことごとく焼き尽くしていますが、さすがに地元の寺社を焼き尽くすことはなかったみたいですね!

ちなみに四国霊場・徳島編の由緒で長宗我部さんに焼かれたと記述があるお寺は23寺中18寺!

四国霊場・高知編では、今のところ1寺もありません!

県境をまたいだ途端に、気持ちいいくらいに由緒が様変わりします。

これは面白いですねぇ〜。


金堂は天平様式を残した寄棟造。

内部の海老虹梁は高知県最古のもので、吹寄垂木などに室町時代の特色が見られました。

素朴な外観ですが、広い屋根に力強さがあり、なおかつ気品を備えた素敵なお堂でしたよ。


屋根は柿葺
四国霊場で柿葺に出会ったのは初めてかもしれません。

それにしても、傷みが激しいお堂でした。

補修部分がソーラーパネルに見えてしまいましたよ。

※ 2014年に葺き替え工事が行われました。


●板絵金剛界光明真言曼荼羅
・1817年寄進
・直径 2.7m
・厚さ 2.8m
・南国市指定有形文化財

●板絵胎蔵界光明真言曼荼羅
・1596〜1614年修復
・直径 2.15m
・厚さ 2.2m
・南国市指定有形文化財

金堂の外陣には金剛界胎蔵界光明真言曼荼羅が掛けられていました。


御本尊は千手観音さん
脇侍の不動明王さんと毘沙門天さんとともに行基作といわれています。

ちなみに堂内には本尊の他に、2体薬師如来さんが安置されているという。

●薬師如来立像①
・平安時代中期作
・像高 99.5cm
・檜材 一木彫
・国指定重要文化財

●薬師如来立像②
・鎌倉時代作
・1416年修復
・像高 35.5cm
・寄木造
・国指定重要文化財

現在の本尊は千手観音さんですが、もともとは薬師如来立像①がこのお寺の本尊だったという説があるそうですよ。
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大師堂

●大師堂

●大師堂
・1634年建立
・銅板葺 軒唐破風付き入母屋造
・本尊 弘法大師

続いて、大師堂を参拝。

南無大師遍照金剛・・・
南無大師遍照金剛・・・
南無大師遍照金剛・・・



由緒によると、815年に弘法大師が毘沙門天像を刻んで奥の院に安置。

その際、星供の秘法を修めたことから、このお寺は星供の根本道場になったと書いてありました。

そのため、堂内に安置されている弘法大師像は星供大師と呼ばれてるんだって。

それにしても・・・

星供の秘法?

星供大師?

何だかロマンチックなネーミングですね!

というか、星供って何のことだろう?

ということで、調べてみることに。

●ザックリと簡単に星供の修法とは?
星供の修法と書いてほしくの修法と読むそうです。

星供の修法は、別名・星供養星まつりと呼ばれることもあるんだって。

密教では、人にはそれぞれ生まれつき定められた星があるそうで、その星の動きによって運命が左右されるんだって。

また、それとは別に年ごとに巡る当年星という星もあるそうです。

そんなこんなで星供とは、その年の吉凶をつかさどる星をお祀りして1年の幸福を祈る仏教の儀式なんだって。


そういえば、たまにこんな幟旗を見るなー!

恥ずかしながら、今まで星まつりのことを七夕祭りみたいなものかと思ってましたよ!

※画像は広島県尾道市の正念寺。

開山堂と光明殿と酒断地蔵尊

●開山堂

●開山堂
・江戸時代建立
・1849年改築
・銅板葺 入母屋造
・本尊 行基菩薩

開山堂では、土佐国分寺を創建した行基がお祀りされております。


●光明殿

●光明殿
・1995年建立
・瓦葺 入母屋造
・本尊 阿弥陀如来

堂内には本尊の阿弥陀さんの他に、不動明王さんもおられるみたいです。


●酒断地蔵尊

●酒断地蔵尊
・建立年不明
・銅板葺 切妻造
・本尊 酒断地蔵尊

大師堂の前には酒断地蔵尊がおられました。

もともとこのお地蔵さんはひとこと地蔵と呼ばれていたそうです。

しかし、ある奥様が『夫のをやめさせてほしい』とお願いしたところ、見事に願いが叶ったことから酒断地蔵と呼ばれるようになったんだって!

高知県民といえばお酒好きというイメージがありますので、まさに!ってな感じのエピソードでした。

その他、土佐国分寺に隣接して土佐国総社がありました。


そんなこんなで、参拝終了。

第30番札所・善楽寺へ続く。

御朱印情報

●御朱印の種類
・四国八十八ヶ所の御朱印
・奥の院 毘沙門堂の御朱印

●御朱印の受付場所
・納経所

●御朱印の受付時間
・7:00~17:00

●御朱印の料金
・各300円

●期間限定・特別御朱印
・なし

●オリジナル御朱印帳
・なし

・2010年2月20日 参拝
・2021年11月 更新

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参拝情報とアクセス

●開門時間
・7:00~17:00

●境内 拝観料
・無料

●本堂・収蔵庫拝観
・拝観料 500円
・時間 9:00~16:00

※お寺の行事で臨時休業あり

●お寺カフェ
・料金 500円
・時間 9:00~16:30
・年中無休

※お寺の行事で臨時休業あり

●宿坊
・なし

●前後札所
・第28番札所・大日寺へ11km
 徒歩1時間55分
 車で20分

・第30番札所・善楽寺へ7km
 徒歩1時間30分
 車で15分

●最寄りの駅
・JR・くろしお鉄道 御免駅から徒歩45分
・JR・くろしお鉄道 御免駅から車で6分


●最寄りのバス停
・JR・土佐くろしお鉄道 御免駅から
 土佐電鉄バスに乗車
 国分寺通り バス停で下車 徒歩5分

●最寄りのIC
・高知自動車道
 南国ICから車で5分

●駐車場
・無料の専用駐車場あり(45台)

土佐国分寺の地図

 

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