四王司神社の御朱印|四王司神社の御朱印授与所はここです|アクセス|(山口県下関市)

所在地●四王司神社
・山口県下関市松小田131

●四王司神社 御朱印授与所
・山口県下関市長府中土居本町13-3
祭 神長門毘沙門天・大地主神・保食神
由 緒神功皇后が三韓征伐をする際、神功皇后の使者が戦勝祈願をしたといわれる神社です。867年、清和天皇が外敵退散・国家安泰を願って出雲国・隠岐国・伯耆国・石見国・長門国の5国に毘沙門天像を安置。その長門国に安置されたのがこの四王司神社といわれています。毎年、初寅祭や月次祭には遠近各地より大勢の参拝者が登拝するそうです。
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四王司神社へのアクセス

●四王司神社へのアクセス

四王司神社と書いてしおうじ神社と読みます。

標高392mの四王司山山頂に鎮座する四王司神社へのアクセスはシンプルに登山のみ

車でのアクセスはできません


四王司神社の登山ルートはいくつかありますが、一番ポピュラーなルートは勝山御殿跡から登る四王司山登山口ルートとなります。


勝山御殿跡には綺麗に整備された広い駐車場と綺麗なトイレが完備されています。


勝山御殿跡から四王司山の山頂までは約50分

低山登山ですのでガチガチの登山装備をする必要はありませんが、トレッキングシューズなどそれなりの装備はしておいた方がいいかもしれません。

ちなみに、四王司神社には宮司さんは常駐していません

ですので、御朱印は四王司神社から約5km離れた長府にある宮司さんのお宅で頂くことになります。
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四王司神社 御朱印授与所

●四王司神社 御朱印授与所

そんなこんなで、四王司神社御朱印授与所であります宮司さんのお宅に到着。

宮司さんのお宅には四王司神社の御朱印所を示す看板や表札などがなかったため、ちょっと探すのに苦労しました。

目印は公文の看板です。


・右 → 宮司さんのお宅
・左 → 公文

公文宮司さんのお宅は同じ門です。

まさか公文と同じ門とは思ってなかったので、この門の前を行ったり来たり行ったり来たりしましたよ〜。

ちなみに、宮司さんのお宅には駐車場はありません

そんなこんなで、宮司さんのお宅にお邪魔する際は、近隣の駐車場を利用することになります。

余計なお世話かも知れませんが、長府毛利邸・長府城下町・忌宮神社・功山寺など、長府の人気観光地から徒歩15~20分くらいなので、観光も兼ねて長府観光会館無料駐車場を利用して宮司さんのお宅に向かうのもアリかも知れません。

宮司さんならびに、宮司さんの奥さんはとても話し易いお方でしたよ。
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四王司神社とは?

●四王司神社とは?
約1800年前、仲哀天皇が穴門豊浦の地に豊浦宮(現・忌宮神社)を造営した際、四王司山の山頂に守護神として大地主神保食神を祀ったのが始まりといいます。

193年、仲哀天皇は熊襲平定のため神功皇后とともに筑紫へ向かいました。

しかし、仲哀天皇は平定なかばで崩御したため、神功皇后によって熊襲は平定されました。

その後、神功皇后は神託により三韓征伐を決意。

このとき使者を派遣して四王司神社戦勝祈願をしたといわれています。

神功皇后による三韓征伐の船団は山にも登らん勢いだったといわれ、その勢いを恐れた新羅の王は戦わずして降伏
それを見た高句麗百済も降伏しました。

こうして神功皇后は三韓征伐を成し遂げました。

867年、清和天皇は外敵退散・国家安泰を願い、出雲国・隠岐国・伯耆国・石見国・長門国の5国に毘沙門天像を安置。

その長門国に安置されたのがこの四王司神社といわれています。

江戸時代、福徳開運・諸願成就の神として広く信仰され、領主から水田・山林の寄進を受けました。

現在も初寅祭月次祭には遠近各地より大勢の人が登拝するそうです。

ちなみに、かつての山頂には四王司城が築かれていたそうです。
そんなこんなで、四王司山には厚東氏のお墓があるそうです。

また幻の城といわれる長門城が築かれた地ともいわれています。
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下関御朱印マップ

●下関(旧市内)御朱印マップ
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御朱印情報

●御朱印の種類
・四王司神社の御朱印

●御朱印の受付場所
・宮司さんのお宅

●御朱印の受付時間
・不明

●御朱印の料金
・300円

●期間限定・特別御朱印
・なし

●オリジナル御朱印帳
・なし

・2022年3月15日 参拝
・2022年5月 更新
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四王司神社の地図

四王司神社 御朱印授与所の地図

 

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