遍照寺の御朱印情報|金子みすゞの墓所|(山口県長門市仙崎)

所在地山口県長門市仙崎今浦町1776
宗 派浄土真宗本願寺派
由 緒1492〜1500年に正因法師が開基したお寺だそうです。江戸時代前期と昭和時代に焼失しますが、その都度再建され現在に至るそうです。童謡詩人・金子みすゞの菩提寺として知られ、金子みすゞの命日(3月10日)に行われる法要にはたくさんの人が集まるそうです。
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山門

●境内入口

童謡詩人・金子みすゞの菩提寺であります遍照寺に到着。

この遍照寺は、金子みすゞさんが幼少期を過ごした金子文英堂跡(現・金子みすゞ記念館)から徒歩5分のところにあります。


●山門

●山門
・建立年不明
・瓦葺 切妻造 四脚門

まず最初に登場するのは山門

このお寺さんには、金子家代々のお墓があるとのことなので、きっとみすゞさんもお墓参りに訪れたことでしょう。


木鼻は獏と獅子。

みすゞさんもこの木鼻を見たのかなぁ〜。

とか思ってみましたが、このお寺さんは昭和時代に焼失していますので、おそらくこの山門はみすゞさんの死後に再建されたものと思われます。


みすゞさんは26歳という短い生涯で512編の作品を残していますが、その中にこの遍照寺を題材にした作品はあるのかな?

とか思いつつ、山門をくぐって境内へ。
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本堂とこころの詩碑

●本堂

●本堂
・1969年再建
・鉄筋コンクリート造
・御本尊 阿弥陀如来

山門をくぐると本堂が登場。

本堂はクセの強い昭和モダン建築。
そのせいか、どこかしら昭和な風が吹く境内になっていました。


●こころの詩碑

境内にはこころの詩碑がありました。

●こころ

お母さまは
大人で大きいけれど
お母さまの
おこころはちいさい。

だって、お母さまはいいました。
ちいさい私でいっぱいだって。

私はこどもで
ちいさいけれど
ちいさい私の
こころは大きい。

だって大きいお母さまで
まだいっぱいにならないで
いろんなことを思うから。

金子みすゞ


どうやらこの詩碑に刻まれた字は、みすゞさんの自筆をかたどったもののようです。

みすゞさんは可愛い字を書くお方だったのですね。

字は体を表すとはよく言ったもので、この詩碑からはみすゞさんの優しさがたくさん滲み出ていましたよ。
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金子みすゞのお墓

●金子みすゞのお墓


続いて、みすゞさんのお墓へ。

境内にはたくさんの道標があったので、迷わずお墓に辿り着けました。


安らかにお眠りください (-人-)


みすゞさんの本名は金子テル・・・と教えてもらっていたのですが、墓石には金子テル子と刻まれていました。

さすがに彫り間違えってことはないでしょうから、もしかしたらテルではなくテルが本名なのかも知れませんね。

金子テル子の隣には母親上山ミチさんの名前もありました。

先ほどの詩碑で登場したお母さんですね。

何でこのお寺にこころの詩碑があるのかなぁ〜と思っていたけど、みすゞさんが並ぶ様を見てそういうことかっ!と、点と点が1つに繋がりました。
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金子みすゞとは?

●金子みすゞとは?

金子みすゞさんは、1903年に山口県長門市の仙崎で生まれました。

みすゞさんの実家は金子文英堂という書店を経営していたこともあり、幼い頃からが大好きだったそうです。

みすゞさんが詩を書き始めたのは20歳のとき。
母の再婚先である下関の上山文英堂本店に移り住んだときに詩を書き始めたといわれています。

みすゞさんは、自作の詩を4つの雑誌に投稿し、全ての作品が掲載されるという鮮烈なデビューを飾りました。

そして雑誌・童話の選者であった西條八十若き童謡詩人の巨星と賞賛され、めざましい活躍をみせました。


その後、23歳で結婚
夫は金子文英堂で働く者でした。

しかし文学に理解のない夫からを書くことをじられ、さらに詩を通じてできた友人達との交流までじられてしまいました。

さらに、浮気癖がひどかったは他の女性からもらってきた性病をみすゞさんに移してしまいます。

どうやら夫はとんでもないロクデナシだったみたいです。

そんなこんなで、心身ともに傷ついたみすゞさんは離婚を決意。


みすゞさんには1人のさんがいました。
当初はみすゞさんが娘を育てることで合意していましたが、『子供を返せ』という夫の心変わりにより親権を争うことに。。

そんなこんなで、みすゞさんは娘を守るためにをかけることを決意。

みすゞさんは大量の睡眠薬を飲んで自殺しました。

享年26歳。


1930年3月9日、命を絶つ前日。
みすゞさんは写真館で最後の写真を撮ったそうです。

そして娘と一緒にお風呂に入り、沢山の童謡を歌ってきかせたそうです。

その夜、3通の遺書をしたため他界したといわれています。

ちなみに母親宛の遺書に『娘はお母さんの手元で育ててください』と書いてあったそうです。

娘さんを守るために命をかけたみすゞさん。
きっとこの自殺はロクデナシの夫に対する最後の抵抗だったのでしょう。

泣けますねぇ。


その後、みすゞさんの詩は、長きにわたりその存在を忘れ去られてしまうことに。。

しかし50年の歳月を経て詩人・矢崎節夫さんの努力により、改めてみすゞさんは注目を浴びるようになりました。

矢崎節夫さんは16年もの間、みすゞさんの調査と研究に没頭し、奇跡的にみすゞさんの弟・正祐さんと出会うことに。

そして512編を作品を発見!

そんなこんなで、1984年に金子みすゞ全集が出版され、再び世に送り出されたんだって。
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仙崎と金子みすゞ

●仙崎みすゞ通り

そんなこんなで参拝後、遍照寺から徒歩すぐのところにある仙崎みすゞ通りを散策してきました。


●金子みすゞ記念館

こちらは、みすゞさんが幼少期を過ごした金子文英堂跡にオープンした金子みすゞ記念館です。

館内ではみすゞさんの作品はもちろん、みすゞの部屋(復元)や当時の居住空間を見学することができましたよ。


●金子文英堂

金子みすゞ記念館の隣には金子文英堂という本屋さんがありました。

おそらくこちらは、みすゞさんの実家である金子文英堂を再現した建物だと思われます。


●みすゞこうぼう(泉邸の米蔵)

●みすゞこうぼう(泉邸の米蔵)
・1912年頃建立

もともとこの建物は泉邸の米蔵だったそうです。

現在はみすゞさんの詩を基に作曲するシンガーソングライター・もりいさむさんの活動拠点になってるんだって。


●モザイク画

仙崎の町はみすゞさん一色になっていて、町の至るところでみすゞさんのモザイク画を見ることができました。

仙崎といえばかまぼこ

なんと、このモザイク画はかまぼこ板でできているという!



さらになんとこのモザイク画は、レンチキュラーのように見る角度によって画が変わるという!

しかも、かまぼこ板の1枚1枚にメッセージが書かれているというね。


●プロジェクトM20000

続いて、プロジェクトM20000という施設を見学。


ということで、建物の中に入る・・・秘密基地感がスゴっ!

よく見たら、壁一面がかまぼこ板だぁ!


そんなこんなで、スイッチを押してみると


じゃじゃ〜ん!

なんと、壁一面にが浮かび上がるという!

まるで海の中にいるみたい!


どうやらこのモザイク画は、みすゞさんの代表作・大漁をイメージして作られたもののようです。

そんなこんなで、大漁の朗読を聞きながらイワシの大群に囲まれる。
囲まれるというか、自分もイワシになった気分ですよ。

いやはや、幻想的な空間でした。

●大漁

朝やけ小やけだ大漁だ
大ばいわしの大漁だ。

はまは祭りのようだけど
海のなかでは

何万のいわしのとむらい
するだろう。


かまぼこ板にはプロジェクトに参加した方々のメッセージが書かれていました。

そんなこんなで、かまぼこ板鑑賞。



私もそっち寄りの人間だから気持ちはわかるけど!

もっと真面目にやろうよ・・・(笑)

みすゞさんが悲しむよ・・・

と思ったけど、ここであの名言が頭をよぎる・・・


・・・



・・・・・




みんなちがって みんないい!

ということで、みんな正解!


●八百屋のお鶴

町の至るところにみすゞさんの詩を見ることができました。

こちらは八百屋のお鶴で詠まれた八百屋さんです。


●角の乾物屋

こちらは角の乾物屋で詠まれた乾物屋さんです。



そうこうしていると西日がMAXになってきました。








BKBヒィィィヤ!

御朱印情報

●御朱印の種類
・なし

●御朱印の受付場所
・なし

●御朱印の受付時間
・なし

●御朱印の料金
・なし

●期間限定・特別御朱印
・なし

●オリジナル御朱印帳
・なし


●金子みすゞ記念館 来館記念

こちらは金子みすゞ記念館で頂いた御朱印風の来館記念です。

・2014年3月22日 参拝
・2022年5月 更新
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参拝情報とアクセス

●JR仙崎駅

●遍照寺の開門時間
・不明

●遍照寺の拝観料
・無料

●最寄りの駅
・JR仙崎駅から徒歩15分

●最寄りのバス停
・青海大橋 バス停から徒歩5分

●最寄りのIC
・中国自動車道
 美祢ICから車で45分

●遍照寺の駐車場
・無料の専用駐車場あり

遍照寺の地図

 

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