北口本宮冨士浅間神社の御朱印~富士講が再興した荘厳な神社~(山梨県富士吉田市上吉田)

都道府県別
所在地山梨県富士吉田市上吉田5558
祭 神木花之佐久夜毘売命・瓊瓊杵尊・大山祇神
由 緒110年、日本武尊の東征の際、足柄の坂本(相模国)より酒折宮(甲斐国)へ向かう途中、現在地の大塚丘に立ち寄り、富士山の神霊を拝し、浅間大神と日本武尊を祀ったのが始まりといわれてます。781年、富士山が噴火。そんなこんなで、788年に甲斐国主・紀豊庭朝臣の占いにより、大塚丘の北方に社殿を建立。これが現在社殿のある地で、ここに浅間大神を遷し、大塚丘に日本武尊をお祀りしたそうです。
HP北口本宮冨士浅間神社
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鳥居①と参道と仁王門礎石

●境内入口

富士登山道・吉田口のスタート地点に鎮座する北口本宮冨士浅間神社に到着。

この神社は、富士山の噴火を鎮めるために建立したのが始まりといわれています。

年間20万人以上の人々が訪れる富士山。
今でこそ一般人の入山が許されていますが、その昔は富士山は神が住む山として入山が禁止されていたそうです。
そんなこんなで、この地は御神体・富士山を拝み、祭祀を行う場だったんだって。


ちょうど富士山をはさんだ反対側には、浅間神社の総本社・富士山本宮浅間大社が鎮座しています。
だから北口本宮という社名なのかな?


●鳥居①

●鳥居①
・1916年建立
・銅製 明神鳥居

そんなこんなで、参拝開始。
いきなり大きな銅製・明神鳥居がお出迎えしてくれます。

1916年建立の鳥居ですが、1973年に銅板葺の鳥居になったそうです。
もともとは木製鳥居だったのかなぁ?


扁額には冨士山の文字。
どうやらこの文字は、梨本宮守正王の筆らしいです。

それにしても何か違和感・・・

・・・

・・・・・

っん・・・!?

富士じゃなくて冨士!

調べてみると、これにはいくつかの説があるようです!

●説①
本来、富士山は禁足地で尊い山であるため、山の上に人は立てないという意味でウ冠の点を外したという説。

●説②
神は尊い存在のため目に見えないという意味でウ冠の点を外したという説。

●説③
ワ冠から下を8合目以下と見立てて、点がある場所は神の土地という意味を表したという説。

などなど、様々な説があるみたいです。
面白いなぁ~!


●参道

鳥居①をくぐると、神気に満ちた杉参道に突入!

神様の視線を感じるような、極上の神空間でした。


朝一ということもあり、参拝者は少なく無音の境内。

と思ったら、頭上で何か物音が・・・!?
見上げると職人さんが杉皮を剥いてました!

あたしゃ目が悪いので、一瞬天狗かと思いましたよ!


●仁王門礎石

参道途中には、仁王門の礎石がありました。

どうやら神仏習合時代の名残のようです。
神仏習合時代、北口本宮冨士浅間神社には仁王門・鐘楼・三重塔などがあり、仏教色の濃い境内だったそうです。
しかし、明治時代の神仏分離令の際に撤去されちゃいました。

ちなみに仁王門の大きさは、梁間・約5.5m、軒高・約11mだったそうです。
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角行(富士講)と役小角(修験道)

●角行の立行石

参道には、富士講の開祖・角行が荒行をした石が祀られてました。

角行さんは、この地で富士山を遥拝しながら、真冬の極寒のなか裸になり、この石の上で爪立ちをし、30日間も荒行をしたという!

しかし、荒行のせいで角行さんの全身からは血が噴き出したという・・・!
その後、里人の勧めで荒行を止めたんだって。

その他、角行さんは不眠の大業18800日!

立行3000日!

断食300日!

造字360字!

富士登頂はなんと128回!

なんと106歳まで生きたといいますから、人生の半分以上を荒行で過ごしていたことになります。
・・・だいぶクレイジーです。


●富士講とは?

ザックリと簡単に富士講とは、富士山を信仰する人々の集まりのことです。

1577年に富士講の開祖・角行が富士登山をしたといいます。
以来、富士講が出現し、富士講の発展とともに人々が山頂を目指すようになりました。

富士講は、江戸の八百八町に八百八講ありといわれるほど繁栄し、関東一円、さらには北陸・東北・関西にまで拡大したといいます。

中でも大きな団体であった村上講の村上光清は角行の6世の弟子にあたり、1733〜1738年までの6年間で社殿の大造営を行ったそうです。

そんなこんなで、社殿や境内構成のほとんどがこの時期の姿まま現存してるんだって。


●神変大菩薩像

神変大菩薩とは役小角のことです。

701年、役小角が初めて富士登山を行ったといわれてます。

平安時代、山岳信仰が普及し、富士山で修行する修験道が広まり、山頂を目指すようになったんだって。

その後、1577年に富士講の開祖・角行が富士登山をしたといいます。 以来、富士講が出現し、富士講の発展とともに人々が山頂を目指すようになったんだって。
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鳥居②と狛犬と随神門と手水舎

●鳥居②

●鳥居②
・1952年建立
・木製 両部鳥居
・高さ 約18m
・幅 約11m

そんなこんなで、参道を抜けると鳥居②に到着。

で、でかいっ!

それもそのはず、この大鳥居は日本最大の木造鳥居


当然、藁座もデカいです!
いや、私が小さいだけなのか???
いやいやいや、本当にデカい!

ちなみに扁額には三国第一山と書かれておりました。
どうやらこの文字は、上野寛永寺門跡・曼殊院宮良恕法親王の筆らしいです。

ちなみに三国とは、唐・天竺・倭のことで、富士山が世界一という意味なんだって。


●狛犬

●狛犬
・1934年建立


●随神門


●随神門
・1736年建立
・瓦棒銅板葺 切妻造
・三間一戸 八脚門
・富士講の寄進
・国指定重要文化財

七福神・鶴亀・松竹梅の蟇股が素敵な門でした。


●随神像(櫛磐間戸神・豊磐間戸神)
・1520年作

随神門の両サイドには櫛磐間戸神と豊磐間戸神が祀られてました。

櫛磐間戸神 → クシイワマドの神
豊磐間戸神 → トヨイワマドの神と読みます。

ちなみにこの2神は、アマテラスが天岩戸から出た後、新殿に遷座した際、殿の門を守衛した神様です。
神社でよく見かける随神門には、大体この2神が祀られています。

お寺でいう仁王さんみたいな役割のお方です。


●手水舎


●手水舎
・1745年建立
・銅板葺 入母屋造
・国指定重要文化財

手水鉢は富士山の溶岩で作ったもので、龍の口からは富士八海の1つ・泉瑞から引き込まれた霊水が流れ出てます。

ちなみに富士八海とは角行が修行した地で、富士講が信仰している8つの湖のことです。
富士山周辺の八海と、富士山周辺以外の八海があります。

●内八海
泉瑞・山中湖・明見湖・河口湖・西湖・精進湖・本栖湖・四尾連湖

●外八海
琵琶湖・二見浦・箱根湖(芦ノ湖)・諏訪湖・中禅寺湖・榛名湖・桜池・鹿島海(霞ヶ浦)


それはそうと、見てください!
尾垂木に彫刻された龍を!
三手先の龍を!

いやはや~、圧巻です。
国重文なのも納得の一品でした。
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神楽殿と拝殿と本殿と恵毘壽社

●神楽殿

●神楽殿
・1737年建立
・瓦棒銅板葺 入母屋造
・富士講の寄進
・国指定重要文化財

随神門と拝殿の間にあります。

この神楽殿は、1737年に村上講の村上光清を中心とした富士講中が境内の建物を大修理した際に建立したものらしいです。

富士山御師により継承されてきた太々神楽が奉納される舞台で、現在でも神社の祭礼には地元の神楽講によって太々神楽が奉納されてるんだって。

十二支の蟇股が見所です。


●拝殿


●拝殿
・1739年建立
・瓦棒銅板葺 千鳥破風・唐破風付き入母屋造
・富士講の寄進
・国指定重要文化財



破風の彫刻は、獅子と龍。
木鼻は、獅子と獏でした。

面白いなぁ~と思ったのが、獅子と獏が2段になっている木鼻!
こういう見せ方ってなかなか珍しいですね!
いやはや、素敵な社でした。


●本殿

●本殿
・1615年建立
・檜皮葺 一間社入母屋造
・鳥居成次が建立
・木花之佐久夜毘売命・瓊瓊杵尊・大山祇神を祀る
・国指定重要文化財

本殿はガラス張りの覆屋で囲まれてるため、外からは全体像を拝見することができませんでした。

しかしガラスの反射を避けるように見ると、金キラキンの荘厳な本殿の1部を確認することができました!
ちなみに拝殿内からは、本殿正面の1部を拝見することができます。

桃山建築っぽい造りにちょっぴり感動です。


●祭神
木花之佐久夜毘売命・瓊瓊杵尊・大山祇神。

・木花之佐久夜毘売命・・・コノハナサクヤヒメ
・瓊瓊杵尊・・・ニニギ
・大山祇神・・・オオヤマヅミ

ニニギは、コノハナサクヤヒメのです。
オオヤマヅミは、コノハナサクヤヒメのです。

ちなみに、こちらでニニギとコノハナサクヤヒメの結婚のことなどを紹介してます。
[19]ニニギの結婚と天皇の寿命
ニニギ、美しい娘に出会う ニニギは笠沙(かささ)の岬(鹿児島県薩摩半島の西南部)で美しい娘に出会ったんだ。 美しい娘に会ったのでお約束どおり「お前はだれの娘か」と訪ねたよ。 (古事記では、お前どこ中だよ?くらい、父親は誰



●恵毘壽社(冨士えびす)

●恵毘壽社(冨士えびす)
・江戸時代中期建立
・大国主神・事代主神を祀る
・国指定重要文化財

本殿裏には恵毘壽社(冨士えびす)が祀られてました。
なんとこの大国主・事代主像は左甚五郎作という!

●左甚五郎とは???
ちなみに左甚五郎とは、江戸時代初期に活躍した彫刻家です。
日光東照宮の眠り猫など、全国各地に名作が多数あります。

しかし実在していたかは定かでなく、作品も安土桃山時代~江戸時代後期の約300年に至るため、名工の代名詞として左甚五郎という名が使われていたのではないか・・・という説が定説になりつつあります。

それにしても後補の彩色のせいで、まったく古さを感じさせない像でした・・・そんなこんなで、ちょっと残念な仕上がりになってました(あくまで個人的な感想)
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東宮本殿と西宮本殿

●東宮本殿

●東宮本殿
・1561年建立
・檜皮葺 一間社流造
・武田信玄が再建
・天津日高彦火火出見尊を祀る
・国指定重要文化財

なんとこの社は、武田信玄が川中島合戦の戦勝祈願のために建立したものらしいです。
かつては、富士権現と呼ばれていたそうですよ。


●祭神
天津日高彦火火出見尊・・・アマツヒダカヒコホホデミ

日本神話に登場する神で、ホオリまたは山幸彦の名で知られる神様です。

ホオリは、北口本宮富士浅間神社の祭神・コノハナサクヤヒメとニニギの間に生まれた子で、山幸彦と海幸彦の神話で人気の神様です。

こちらに山幸彦と海幸彦の神話について書いてます。
[20]山幸彦と海幸彦
長男の火照命(ホデリのみこと)は海幸彦(うみさちひこ)となって海で漁をしていたよ。 三男の火遠理命(ホヲリのみこと)は山幸彦(やまさちひこ)となって、山で狩りをしていたんだ。 ある時、弟の火遠理命(ホヲリのみこと)こと山



●西宮本殿

●西宮本殿
・1594年建立
・檜皮葺 一間社流造
・浅野氏重が建立
・天照皇大神・豊受大神・琴平大神を祀る
・国指定重要文化財

浅野氏重は都留郡の領主だったお方です。


残念ながら工事中のため社を拝見することができませんでした。

諏訪神社と祖霊社と末社

●諏訪神社

●諏訪神社・拝殿
・1737年頃建立
・鉄板葺 入母屋造
・富士講の寄進
・建御名方神・八坂刀賣神を祀る
・国指定重要文化財

諏訪神社ということで、祭神は建御名方神。
北口本宮富士浅間神社の神域を包む森を諏訪の森と呼ぶことからもわかるように、当時からこの諏訪神社はとても重要な神社だったんでしょうね。

それはそうと、生まれて初めて拝見する鉄板葺に感動したひと時でした。

ちなみに本殿は、1927年に焼失。
その後、1976年に再建されました。

もともとの本殿は、1736年に村上光清を中心とした富士講中が建立したものらしいですよ。


諏訪神社・拝殿には、2つの御神輿が飾られてました。

写真左の御神輿には富士山が乗っかってました。

写真右の御神輿は、吉田の火祭で使用される御神輿のようです。

●吉田の火祭とは???
吉田の火祭とは、毎年8月26・27日に行われる鎮火大祭のことで、北口本宮冨士浅間神社と諏訪神社の両社の秋祭りです。
日本の三大奇祭の1つに数えられ、山梨県の無形民俗文化財にも指定されてるそうです。

400年以上の歴史を持つお祭りで、26日の夜には70~80本の大松明に火が灯され、町中が火の海になるそうですよ!

●吉田の火祭 公式サイト
日本三奇祭 吉田の火祭り


●祖霊社

本殿裏には、富士講の開祖・角行・中興の祖・村上光清・富士山8合目の烏帽子岩で入定した食行身録を祀る祖霊社がありました。

なんと、ここが富士吉田口登山道の入口らしいです。
ここから富士山・山頂までは、距離にして約20km!
高低差は約3000m!
所要時間は、片道11~12時間らしいです!

この場所から富士山の山頂まで長~~~い登山が始まるということなんですね。
いつか富士山に登ってみたいけど、ド素人ではこのルートは厳しそうだなぁ~!
なんだか生きて帰れる自信がない・・・!

ちなみに、地元の小中学生は、学校の行事として5合目までの登山が頻繁に行われてるそうですよ!
・・・マジかいな!


●末社

北口本宮富士浅間神社にはたくさんの末社がありました。

・日之御子社・・・日之御子大神を祀る
・池鯉鮒社・・・チリフ・少名彦名命を祀る
・倭四柱社・・・荷田東麿大人・賀茂馬淵大人・本居宣長大人・平田篤胤大人を祀る
・日枝社・・・大山咋神を祀る
・日隆社・・・高皇産霊神を祀る
・愛宕社・・・火結神を祀る
・天津神社・・・天神八百万神を祀る
・国津神社・・・国神千五百万神を祀る
・天満社・・・菅原道真を祀る

その他、三殿社・三神社・風神社・下諏訪社・子安社・稲荷社・青麻社・大塚丘があります。

●大塚丘
110年、日本武尊の東征の際、足柄の坂本(相模国)より酒折宮(甲斐国)へ向かう途中、大塚丘から冨士山を遥拝したそうです。
そんなこんなで、この大塚丘が北口本宮冨士浅間神社の発祥地といわれています。

富士太郎杉と

●富士太郎杉


●富士太郎杉
・樹齢 約1000年
・樹高 約30m
・露出根張り 約21m
・目通り幹囲 約8.2m
・山梨県指定天然記念物

拝殿前には、大きな杉がそびえ立ってました。
なんとこの杉は、山梨県の天然記念物・第一号なんですって。

よ~く樹皮を観察してみると。綺麗に継ぎはぎされてました。
これは1959年の台風7号の時に受けた被害の跡なんだって。


●富士夫婦桧

●富士夫婦桧
・樹齢 約1000年
・樹高 約33m
・幹周 約7.65m
・根回り 約17m

寺社巡りをしていると、よく夫婦系の巨樹に出会いますが、このヒノキは他の夫婦とはひと違う個性派・夫婦なんです!
なんと、3m付近で2本に分かれ、地上12m付近で再びくっついて1本の木になるという、とっても珍しい夫婦なんです!

いやはや~、本日も珍しいものを拝見できてありがたき幸せ。

御朱印情報

●御朱印情報

御朱印は種。

①北口本宮冨士浅間神社の御朱印
②諏訪神社の御朱印
③大塚丘の御朱印

・初穂料・・・各300円

いずれも社務所(授与所)で頂けました。


●オリジナル御朱印帳

オリジナル御朱印帳は種。

①富士と桜花流水(朱色と青)
・初穂料・・・1500円

②桜(ピンクと紫)
・初穂料・・・2000円

北口本宮冨士浅間神社の地図

 

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