與止日女神社の御朱印~肥前国一宮~(佐賀県佐賀市)

所在地佐賀県佐賀市大和町大字川上1−1
祭 神與止日女命
社 格肥前国一宮・式内社(小)・旧県社
由 緒564年に創建。 927年に編纂された延喜式神名帳に記載され、1260年には最高位の正一位の神階を授けられたそうです。室町時代~江戸時代、肥前国一宮として地方豪族・武士・領主・藩主から篤く信仰されたそうです。
HP與止日女神社
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與止日女神社とは?

●與止日女神社とは?

肥前国一宮であります與止日女神社に到着。

與止日女神社と書いてよどひめ神社と読みます。

与止日女神社や淀姫神社と書かれることもあります。

別称として河上神社。
通称として淀姫さんと呼ばれたりもします。

與止日女、与止日女、淀姫、河上、もうなんのこっちゃわからんです。


神社の創建は564年。
927年に編纂された延喜式神名帳にも記載された古社という。

神社が鎮座する佐賀市には、吉野ヶ里遺跡・肥前国府・国庁跡・肥前国分寺跡・古墳などがあることから、この地一帯は古代から肥前国の中心地だったみたいです。

もともと肥前国では、肥前国唯一の大社に列していた田島坐神社(現・田島神社)が崇敬されていたそうですが、遣唐使の廃止とともに田島坐神社の地位は低下・・・。

代わって国庁に近い與止日女神社の地位が高まり、肥前国一宮として崇敬されたという。


1602年、後陽成天皇から一宮の勅額を賜ったそうです。

しかし!

同年に千栗八幡宮も後陽成天皇から一宮の勅額を賜わったという!

ということで、與止日女神社と千栗八幡宮の間で一宮論争が繰り広げられ、どちらが真の一宮かを争ったんだって。

結局、両社とも一宮ということで落ち着きましたが、その争いは約60年も続いたという。

調べてみると、室町時代に編纂された大日本一宮記に與止日女神社の名があることから、少なくとも室町時代には肥前国一宮として定着していたみたいです。

ということで、もともとの一宮は與止日女神社で、後に千栗八幡宮が割って入ってきた・・・ということなんですかね?

一宮といえばそれぞれの国に1社というイメージがありますが、山城国や武蔵国などなど2つの一宮がある国はたくさんありますし、越中国には4社もあったりします。

ということで、1国に複数の一宮があることは特に珍しいことではないんだね。
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肥前鳥居と手水舎

●肥前鳥居

●肥前鳥居
・1608年建立
・鍋島勝茂が寄進
・佐賀市指定重要文化財

●肥前鳥居の特徴
・3つに切れた柱を段々に置く
・下にいくほど柱が太くなる
・笠木と島木は1つの石材
・笠木と島木は反り上がる
・島木と柱の間に台輪をつける


そんなこんなで、参拝開始。

三段になった柱、笠木、島木・・・
こ、これはもしや筥崎鳥居か!

と思ったら、こちらは肥前鳥居だという!

筥崎鳥居と何が違うの!?

調べてみると、肥前鳥居 = 筥崎鳥居なんだって。

どうやら筥崎鳥居とは肥前鳥居の別称らしいです。

知らなかった!


ということで肥前鳥居筥崎鳥居を見比べてみることに。

見た目はほぼ同じですが、

筥崎鳥居は笠木と島木と貫の長さがほぼ同じなのに対し、肥前鳥居は若干貫が短いような気がします。

笠木と島木の反り具合も若干違い、肥前鳥居の方が反り上がっています。


そして決定的な違いは台輪にありました。

肥前鳥居には台輪があり、筥崎鳥居には台輪がないという。

肥前鳥居 = 筥崎鳥居とのことですが、100パーセント同じというわけではなさそうです。

とまぁ、わかった風なことをいっていますが、肥前鳥居を見たのは今日が初めてなので何ともいえないです!


そんなことより、扁額には肥前鎮守正一位河上淀姫大明神

柱には慶長十三歳と鍋島勝茂さんの文字を確認することができました。

ということで、この鳥居は1608年に肥前佐賀初代藩主・鍋島勝茂さんが寄進したもののようです。


●手水舎

そんなこんなで、肥前鳥居をくぐり手水舎へ。

六角形の屋根を持つ手水舎。
手水鉢も六角形だという珍品。

ちょっと珍しいですね。
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狛犬

●狛犬①②

●狛犬①②
・1937年奉納

手水舎を過ぎると狛犬①②が登場。

ヒゲ面と毛量の多い尻尾。
体毛はなく、端正なお顔の狛犬ちゃんでした。

体型のバランスが良く均整のとれた作品でした。
(えらそうにいうな)


●狛犬③④

●狛犬③④
・2014年奉納

続いて、狛犬③④が登場。

どうやらこの狛犬ちゃんは、1450年式年大祭の際に奉納されたもののようです。

もともとここには、江戸期のものと思われる出雲型の狛犬ちゃんがいたみたいですが、風化のため引退しちゃったみたいです。


●狛犬⑤⑥

●狛犬⑤⑥
・奉納年不明

続いて、狛犬⑤⑥が登場。

結構なベテランオーラを放つ狛犬ちゃんでした。
奉納年を確認することはできませんでしたが、この神社で1番古い狛犬なのは間違いなさそうです。

よく見ると、吽形ちゃんは玉取り型になっていました。


九州にはこのように小さな玉を持つ玉取り型が多いのですが、こちらの狛犬ちゃんは玉取りというより玉潰し

ということで、玉潰し型と勝手に命名。

気張りながら渾身の力で潰している様がちょっと微笑ましかったです。
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拝殿と本殿

●拝殿

●拝殿
・1816年再建
・銅板葺 唐破風向拝 入母屋造

そんなこんなで、拝殿で参拝。

この神社は古くから朝廷からの崇敬が篤く、室町時代~江戸時代には肥前一宮として地方豪族・武士・領主・藩主から篤く信仰されていたそうです。

日本三代實録では860年に従五位下。
873年に正五位下。
そして1261年には、最高位であります正一位の神階を授けられたそうです。


1570年。
龍造寺隆信 vs 大友宗麟の今山の戦いで社殿を焼失。

その後、火災で再び焼失。
そんなこんなで現在の社殿は、1816年に佐賀藩主・鍋島氏が再建したものといわれています。


●拝殿の天井画
・2014年作

●火國鎮守の額
・1887年奉納

拝殿内には火國鎮守 明治丁亥夏と書かれた額がありました。

どうやらこちらは、佐賀の七賢人の1人・副島種臣さんの筆のようです。

火國鎮守・・・!?

火国といえば熊本県のイメージがありますが、ここは佐賀県・・・。

どうやら、火国はもともと肥国と書かれていたそうです。
それが後に肥前国(長崎県・佐賀県)と肥後国(熊本県)に分かれたんだって。

って、待て!

肥前国と肥後国は分かれたっていうけど
長崎県・佐賀県と熊本県は陸で繋がってないぞ・・・!?
佐賀と熊本の間に福岡(筑後国)が挟まってるよ!

調べてみると、通常国は陸地に境界を引くのですが、肥国は有明海に境界を引いて肥前と肥後に分けたという!

そのため肥前と肥後は陸続きになっていないという。

いやはや勉強になります!

これで火國鎮守の謎が解けてスッキリ!


というか、天井画には番号が書かれたシールが派手に貼られてる!

なんだこりゃ???

どうやらこの天井画は、佐賀市在住の中国人画家・インウセイさんが2年半の歳月をかけて完成させたものなんだって。
その数250枚!

この天井画には、山幸彦海幸彦菅原道真伝説が描かれているらしく、番号順に観ると1つの物語になってるんだって!

物語を天井画にするとは面白いですね!
いやはや、本日も珍しいものが拝見できて有難き幸せ。


●お賽銭箱
・1847年作

お賽銭箱には弘化四年の文字が確認できました。
約170年前のお賽銭箱とはっ!
(2015年撮影)

これはこれはなかなかの骨董品です。


●本殿

●本殿
・1816年再建
・銅板葺 五間社流造

●祭神
・與止日女命

なんと與止日女は神功皇后の妹だという!
知らなかった!

神功皇后が三韓征伐に向かう際、この地を訪れたんだって。
その際、與止日女は神功軍に同行していたみたいですよ。

しかし一説によると、與止日女とは豊玉姫のことという説もあるそうです。
豊玉姫は、海幸・山幸彦神話でお馴染みの山幸彦(ホオリ)と結婚したお方です。

肥前国風土記によると、豊玉姫は自分の一族を引き連れて川上峡まで上ってきたといいます。
そして2〜3日過ごし、海へ帰っていったそうです。

このとき豊玉姫と一族はナマズの姿でやってきたという。
そのため地元の人々は、ナマズを淀姫さんの御眷属(お使い)として捕ったり食べたりしないんだって。


そんなこんなで、本殿を観察。

與止日女命は女神なのに、なぜか男千木だという。

何故なんでしょ?
[20]山幸彦と海幸彦
長男の火照命(ホデリのみこと)は海幸彦(うみさちひこ)となって海で漁をしていたよ。 三男の火遠理命(ホヲリのみこと)は山幸彦(やまさちひこ)となって、山で狩りをしていたんだ。 ある時、弟の火遠理命(ホヲリのみこと)こと山
[21]豊玉姫の出産とアエズ
豊玉毘売ご懐妊 豊玉毘売(トヨタマヒメ)が夫の山幸彦の故郷へ来て 「わたしは妊娠して、出産の時期になったけど、天つ神の子を海で生むべきではないと思ってここまで来ました」 と言ったんだ。 そこで山幸彦は、海辺に鵜(う)の羽
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金精さん

●金精さん

境内の片隅には、いかにもそれとわかる男根石がありました。

これはこれは立派!

●金精さんの由来
神功皇后の三韓征伐の際、この地を訪れた神功皇后の御一行。
神功軍に同行した與止日女は、子宝に恵まれないことを悩んでいたそうな。

そこで與止日女は、館の隅にあった男根石に触れて子宝を願うと、子供を授かったんだと!

以来、子宝・子孫繁栄・安産の御利益がある石として信仰されてるんだって。


よく見ると、男根石の前には『バッチ来ーい』といわんばかりの陰石が待ち受けていました。

ということで、この金精さんは陰陽石になっているみたいです。

聖なる宮殿に飛び込む勇者。
これぞ男の中の男。
すなわち漢!

西門と境内社と大楠など

●西門

●西門
・1573年建立
・瓦葺 切妻造 四脚門
・佐賀県指定重要文化財

こちらの門は、1570年の龍造寺隆信 vs 大友宗麟の今山の戦いで焼失後、1573年に龍造寺政家さんと神代長良さんが再建したものらしいです。

なんと、1813年の火災で唯一残った建造物だという!

ということで、與止日女神社最古ならびに大和町内最古の建造物なんだって。


蟇股は彫刻のない板蟇股。
妻は虹梁蟇股式。
妻には、拝懸魚・降懸魚。
これらに菊形の6葉が飾られています。


●與止日女天満宮

●與止日女天満宮
・建立年不明
・瓦葺 妻入り切妻造
・菅原道真を祀る

境内社として與止日女天満宮がありました。

祭神は学問の神様として有名な菅原道真さん。

説明板によると、菅原道真さんの神号が天満大自在天神であることから、あらゆる天界の神々を支配して自在に操り、その神を受け入れる的なことが書いてありました。

最強じゃん!

ちなみに受験合格・学問向上の他にボケ封じの御利益もあるそうですよ。


●大楠

●大楠
・樹齢 約1450年
・樹高 約20m
・目通り幹囲 約7.2m
・さが名木100選


境内の嘉瀬川沿いには大きなクスノキがありました。

樹齢はなんと約1450年!

ということで、創建当初から神社の歴史を見守ってきた木なんですね!


●焼楠

境内にはこんなものもありました。

異様なオーラを放つ古木。

なんとこちらは、1813年の火災で焼失した大楠の根株だという!

焼失前は相当な巨木だったそうですよ。


●焼楠の石垣

●焼楠の石垣
・江戸時代前期築造

そしてこちらが、大楠を囲っていた石垣です。

この石垣は、肥前佐賀藩初代藩主・鍋島勝茂さんが大楠を保護するために築いたものらしいですよ。


●夫婦杉

夫婦杉もありました。

参拝後にこの杉の周りを回ると夫婦・恋人・友人同士が、①仲睦まじく②家内安全③子孫繁栄の御利益があるんだとか。


●川上峡春まつり

~画像はフリー素材より~

與止日女神社の横を流れる嘉瀬川では、毎年3月末〜5月末に川上峡春まつりが開催されるんだって。

嘉瀬川に架かる官人橋では約300匹の鯉のぼりが泳ぐという!

期間中は屋形船が運航される日もあるそうですよ。

いつか行ってみたいなぁ!

吉野ヶ里遺跡(吉野ヶ里歴史公園)

●吉野ヶ里遺跡(吉野ヶ里歴史公園)

そんなこんなで参拝後、與止日女神社から車で約20分のところにある吉野ヶ里遺跡に行ってきました。

ここに来たのは10年ぶり。
前回の思い出をほぼ忘れてしまっているので、気持ちは初来場!


ザックリと簡単に吉野ヶ里遺跡とは、弥生時代の大規模環濠集落跡。
日本最大の遺跡で弥生時代におけるクニの中心的な集落を復元した施設です。




徹底した復元っぷりに脱帽。

周りに近代建築がないので、リアルなタイムスリップを堪能できましたよ。


タイムスリップごっこが好きな私は、もちろん気分は弥生人。

ここはきっと弥生時代の大都会。



王やムラの長たちが集う会議にも参加してきました。

それにしても隣の女性が気になる・・・

まるで授業中のようだ。

会議に集中せぃ!


そんなことより勾玉作りを体験してきました。


参加料は200円。

下書きをしーの。

とにかく削る。
削って削って削る。


この作業・・・性に合ってる!

ということに気付いてしまった。

もしこの時代に生まれていたら、勾玉ばっか作っていたと思う。


そんなこんなで、完成。

なんだかふっくらとした勾玉になったなぁ。


気が付けばスッポリと夕方。


夕陽を見ながら黄昏中。

1日が終わってしまった。

御朱印情報

●御朱印の種類
・與止日女神社の御朱印

●御朱印の受付場所
・社務所(授与所)

●御朱印の受付時間
・9:00~17:00

●御朱印の料金
・300円

●期間限定・特別御朱印
・奉祝 天皇陛下御即位

●オリジナル御朱印帳
・サイズ 16cm × 11cm
・初穂料 1500円  

・2015年8月14日 参拝
・2021年5月 更新
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参拝情報とアクセス

●開門時間
・境内自由

●拝観料
・無料

●最寄りの駅
・JR佐賀駅から車で20分
・JR佐賀駅から徒歩1時間40分


●最寄りのバス停
・佐賀駅バスセンターから
 昭和バス古湯、北山方面行きに乗車
 バス停・川上橋で下車 徒歩すぐ

●最寄りのIC
・長崎自動車道
 佐賀大和ICから車で3分

●駐車場
・無料の専用駐車場あり(30台)

與止日女神社の地図

 

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