住 所 | 京都府京都市北区紫野大徳寺町76 |
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宗 派 | 臨済宗大徳寺派 |
由 緒 | 1589年、春屋宗園を開山として浅野幸長・石田光成・森忠政(蘭丸の弟)が創建した大徳寺の塔頭です。創建当初は西隣に建てられていたが、1878年に現在地に移転したらしいです。この三玄院で、小堀遠州・古田織部・長谷川等伯といった芸術家達が禅を学んだといわれてます。 |
Contents
通常非公開の大徳寺・塔頭
●石田三成が眠る三玄院
●石田三成の墓所
1600年、関ヶ原の戦いに敗れた石田三成は、京都六条河原で斬首され、三条河原で首を晒されました。その後、三成の首は春屋宗園・沢庵和尚に引き取られ三玄院に 葬られたといいます。
●境内
●表門
・江戸時代中期建立
・京都府指定文化財
●鐘楼
・建立年不明
・京都府指定文化財
・もともとは旧・境内地にあったものと思われます
●本堂
・1817年建立
・京都府指定文化財
・瓦葺 入母屋造
●庫裏
・1817年建立
・京都府指定文化財
・瓦葺 入母屋造
・大徳寺境内では珍しく妻入の入母屋造
●茶室(篁庵)
・1825年建立
・1911年移築
・京都府指定文化財
・もともとは西本願寺の境内にあったらしいです
●大宝円鑑国師像
・1594年 国重文
・長谷川等伯 作
●八方睨みの虎
・江戸時代中期~後期作
・原在中 作
●墓所
・石田三成
・森忠政(蘭丸の弟)
・薮内剣仲
・古田織部
・春屋宗園
●通常非公開です
三玄院は檀家寺のため、月釜茶会の時以外は拝観謝絶です。
毎月28日(8月と12月は除く)に月釜茶会が開催されており、その時に境内の一部を拝観することができます。
●石田三成の墓所
1600年、関ヶ原の戦いに敗れた石田三成は、京都六条河原で斬首され、三条河原で首を晒されました。その後、三成の首は春屋宗園・沢庵和尚に引き取られ三玄院に 葬られたといいます。
●境内
●表門
・江戸時代中期建立
・京都府指定文化財
●鐘楼
・建立年不明
・京都府指定文化財
・もともとは旧・境内地にあったものと思われます
●本堂
・1817年建立
・京都府指定文化財
・瓦葺 入母屋造
●庫裏
・1817年建立
・京都府指定文化財
・瓦葺 入母屋造
・大徳寺境内では珍しく妻入の入母屋造
●茶室(篁庵)
・1825年建立
・1911年移築
・京都府指定文化財
・もともとは西本願寺の境内にあったらしいです
●大宝円鑑国師像
・1594年 国重文
・長谷川等伯 作
●八方睨みの虎
・江戸時代中期~後期作
・原在中 作
●墓所
・石田三成
・森忠政(蘭丸の弟)
・薮内剣仲
・古田織部
・春屋宗園
●通常非公開です
三玄院は檀家寺のため、月釜茶会の時以外は拝観謝絶です。
毎月28日(8月と12月は除く)に月釜茶会が開催されており、その時に境内の一部を拝観することができます。
御朱印の確認はできてません。