薬師院(こぬか薬師)の御朱印~京都府京都市中京区釜座通二条上る大黒町688~

都道府県別
住 所京都府京都市中京区釜座通二条上る大黒町688
宗 派黄檗宗
札 所京都十二薬師霊場 第9番
由 緒782年、天台宗の開祖・最澄が16歳の時に一刀三礼で薬師仏7体を彫刻し、その内の1体を美濃国の医徳堂に安置したそうです。1230年、全国に疫病が流行した際、薬師院・住職の夢枕に『我が前に来れば一切の病苦を取り除こう。来ぬか、来ぬか』とお告げがあったといいます。それを知った人々がこのお寺を訪れてお祈りすると病気が平癒したことから、来ぬか薬師と呼ばれるようになったそうです。戦国時代、上洛を果たした織田信長が来ぬか薬師の御利益を聞きつけ、美濃国からこの地に移転。1688年、天台宗から黄檗宗に改宗し、鉄面禅師が再興。1864年、蛤御門の変で焼失。その後、1889年に縮小再建したそうです。
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境内入口

●境内入口

京都十二薬師霊場・第9番札所であります薬師院に到着。
通称・こぬか薬師として知られるお寺です。

このこぬか薬師は、天台宗の開祖・最澄が16歳の時に一刀三礼で彫った薬師仏7体の内の1体なんだそうです。

1230年、全国に疫病が流行した際、薬師院・住職の夢枕に薬師さんが現れ『我が前に来れば一切の病苦を取り除こう。来ぬか、来ぬか』とお告げがあったそうです。

それがこぬか薬師と呼ばれるようになった由来なんですって。

なかなか面白い由来ですね。
お告げが、カモン、カモンだったらカモン薬師だったんですね。



そんなことより、ガレージみたいな境内に、お堂がポツンとある小さなお寺さんでした。 全くもって想像できないけど、その昔はこの町内一帯が境内だったんですって。

ちなみに、こぬか薬師は水薬師・蛸薬師と並ぶ京都七薬師の1つらしいです。

漢字では不来乎薬師(こぬかやくし)と書くそうです。

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本堂

●本堂

●本堂
・建立年不明
・瓦葺 宝形造と切妻造の変形
・黄檗宗
・本尊は薬師如来像
・京都十二薬師霊場 第9番


本堂の屋根は、隣の民家すれすれまで伸びてます。
お互い一歩も譲らない感!
匠の技術炸裂です。


境内はとても小さく、特に見所がなさそう。
そんなこんなで、建物観賞。


よくある宝形造だなぁ・・・と思っていたら

なんと後半部分が切妻造っ!

正面から見たら宝形造で、後ろから見たら切妻造!
なんだこのハーフ&ハーフは!
それにしても、宝珠付きの切妻造ってなかなか出会えないですよ。

いやはや、本日も珍しい物が見れて有難き幸せ。


●本堂前の香炉
・1865年作

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御朱印

●御朱印

御朱印は本堂隣の庫裏で頂けます。
不在の場合は本堂前に書置きが用意されてます。
(2019年2月16日現在)
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薬師院(こぬか薬師)の地図

 

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