宝厳寺の御朱印~時宗の開祖・一遍上人の生誕地~(愛媛県松山市道後湯月町)

都道府県別
所在地愛媛県松山市道後湯月町5−4
宗 派時宗
由 緒 665年、斉明天皇の勅願により伊予国司・越智守興が創建したお寺とのことです。創建当初は法相宗でしたが、平安時代中期に天台宗に改宗。1239年、このお寺の一角で、時宗の開祖・一遍上人が誕生したそうです。その後、1292年に一遍上人の弟・仙阿が再興し、時宗に改宗。そして、時宗十二派の奥谷派本山となったそうです。往時は松ヶ枝町一帯に12の支院があったといいます。
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山門と上人坂(ネオン坂)

●境内入口

道後温泉本館からほどよく離れた場所に位置しています宝厳寺に到着。

この宝厳寺は、時宗の開祖・一遍上人の生誕地として有名で、境内は愛媛県の史跡に指定されています。

また夏目漱石の小説・坊っちゃんにも登場するお寺としても知られ、正岡子規も夏目漱石と一緒にここを訪れたそうですよ。

一体全体、どんなお寺さんなんでしょ?

そんなこんなで、参拝開始。


●山門


●山門
・江戸時代建立
・本瓦葺 入母屋造 二重門

まずは一間一戸の古そうな山門がお出迎えしてくれました。
なーんとなくですけど、かつては鐘楼門だったのかな?
と思わすような造りでした。


そんなことより、かつて宝厳寺は遊郭と密接したお寺だったという!

現在、山門前の参道は上人坂と呼ばれていますが、当時この道はネオン坂と呼ばれていたみたいです。


夏目漱石の坊っちゃんの中に『山門のなかに遊郭があるなんて前代未聞の現象だ』という一説があるとおり、宝厳寺の参道(上人通り)には遊郭が並んでいたそうですよ!

そのため、遊郭街を通ってお寺に行くという、漱石さんにとって前代未聞の出来事が起こったみたい。


また、1895年には病気のため帰郷した正岡子規が漱石とともにここを訪れ『色里や十歩はなれて秋の風』という句を詠んだことでも知られています。

ということで、境内にはその句碑が置かれていました。


現在は遊郭街の面影は全くございませんが、2007年までは朝日楼という当時の建物が残っていたそうですよ。
その朝日楼が壊されてからは一気にネオン坂は衰退していったんだって。


ちなみに現在のチョメチョメ街はこちら。
道後温泉の近くに包み隠すことなくドーンと勃って、いや建っています。
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本堂

●本堂

〜画像は2010年7月撮影〜

●本堂
・建立年不明
・本瓦葺 入母屋造
・宗派 時宗
・本尊 阿弥陀如来像



〜画像は2010年7月撮影〜

正式な寺号は豊国山遍照院宝厳寺

創建当初は法相宗でしたが、平安時代中期に天台宗へ改宗。
その後、1292年に一遍上人の弟・仙阿時宗に改宗したそうですよ。


~画像は説明板より~

●一遍上人像
・1475年作
・像高 113.9cm
・寄木造
・国指定重要文化財

堂内には国重文一遍上人像が安置されているんだって!


~画像はニュースより~

だがしかーし!

2013年の火事で本堂が全焼。。。

一遍上人像は灰と化してしまいました。。。


嗚呼・・・

当時、このニュースを見たときは頭の中がパニックになったものです。


●本堂
・2016年再建
・瓦葺・銅板葺 入母屋造
・高さ 約10m
・幅 約16m
・奥行き 約12m

そんなこんなで、現在の本堂がこちら!

随分と境内の様子が変わりました。
以前の古寺感はなく、妙に爽やかな空気が支配する空間になっていました。


再建にかかった事業費は約1億5千万円!

火災の翌年には、早くも総事業費1億5000万円のうち8割にあたる約1億2千万円の寄付が集まったんだって!


堂内は愛媛県産のヒノキを使った荘厳な土間が広がっていました。

説明板によると、どうやらこの本堂は鎌倉時代中期を想定して再建してるんだって!


堂内中央には本尊の阿弥陀三尊像が安置されていました。
どうやらこの像は、松山市内の仏師・南雲氏の作らしいですよ。

そして御本尊さんの隣には僧像がありました。
多分ですけど、このポーズは一遍さん?
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一遍上人堂

●一遍上人堂

●一遍上人堂
・2016年再建
・銅板葺 宝形造
・高さ 約6m
・幅・奥行き 約5.8m

このお堂は、愛媛銀行(松山市)が創業100周年を記念して寄進したものなんですって。



そんなこんなで
はいドーーーン!

堂内にはブロンズ製一遍上人像がおられました!
どうやらこちらは、焼失した一遍上人像を復元したもののようです!

その他、堂内には一遍上人の半生を描いた国宝・一遍上人絵伝のレプリカなどが展示されていました。

小さなお堂ですが、なかなか見応えのある空間でしたよ。
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時宗・一遍上人とは?

●ザックリと簡単に一遍上人とは?

ザックリと簡単に一遍上人とは、鎌倉仏教を代表する僧で時宗の開祖です。

1239年に河野通広の第2子として伊予国・宝厳寺で生まれたといわれています。

踊りながら念仏を唱える踊り念仏を各地で行い、南無阿弥陀仏決定往生六十万人と書いた御札を配る行(賦算)をしながら全国を遊行しました。

やがて、一遍上人の一派は時衆と呼ばれるようになりました。
それが後に時宗となります。

一遍上人は僧院などに定住せず、また庵を結ぶこともなく旅を続けながら布教をする、すなわち遊行というスタイルで念仏の教えを説いていきました。
徹底的に所有物を捨てたということで捨聖とも呼ばれています。

50歳頃、摂津国・真光寺で生涯を終えます。


●ザックリと簡単に時宗とは
鎌倉時代、鎌倉時代の僧・一遍上人が開いた浄土宗の一派です。

南無阿弥陀仏を唱える念仏宗で、南無阿弥陀仏を唱えることで極楽往生が約束されるといわれています。

時宗の最大の特徴は念仏踊りです。

念仏踊りとは、鉢や太鼓などの楽器を打ち鳴らして、南無阿弥陀仏などの念仏を唱えながら踊ることです。

ちなみに念仏踊りは盆踊りの元になったといわれています。


時宗の宗紋は隅切三(折敷に三文字紋)

時宗の開祖・一遍上人は伊予の豪族・河野通信の孫といわれています。

ということで、宗紋は河野氏の家紋と同じ紋を使用しています。


●時宗の由来
1日を4時間ずつに区切って6時に分け、仏前で念仏と六時礼讃というお勤めをする。

これを時間ごとに交代

また日を限って念仏三昧の修行をする別時念仏も行う。

これも時間ごとに交代

このように時間ごとに交代して念仏を行っているスタイルを見て、人々は時の衆、つまり時衆と呼ぶようになりました。

それが後に時宗になったそうです。
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御朱印情報

●御朱印の種類
・宝厳寺の御朱印

●御朱印の受付場所
・庫裏

●御朱印の受付時間
・不明

●御朱印の料金
・300円

●期間限定・特別御朱印
・なし

(2020年12月現在の情報)


●オリジナル御朱印帳

●オリジナル御朱印帳
・16cm × 11cm

表には山門とイチョウ。
裏には鳳凰(?)と宗紋の隅切三(折敷に三文字紋)がデザインされていました。

アクセスと駐車場

●拝観料
・無料

●定休日
・なし

●最寄りの駅
・伊予鉄道市内電車
 道後温泉駅から徒歩10分

●駐車場
・無料の専用駐車場あり(40台)

(2020年12月現在の情報)

宝厳寺の地図

 

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