
住 所 | 広島県広島市佐伯区五日市町石内4627-1 |
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宗 派 | 浄土真宗本願寺派 |
由 緒 | 創建年は不詳。もともとは真言宗のお寺で、教専坊という寺名だったそうです。1532~1555年、水晶城の城主・麻生左衛門鎮里が菩提寺とし、その末子・於兎丸が出家して住職となったそうです。1553年、浄土真宗に改宗し、寺名を浄土寺に改名しました。 |
Contents
水晶城の城主・麻生左衛門鎮里の菩提寺
●県道290号線

県道290号線を歩いていたら、大きなお堂の屋根を発見。屋根を見ただけで真宗だとわかる。真宗の屋根はデカくて高いお寺が多いです。高い建物がない田舎ほどそう感じます。
●山門

思いのほか立派な門だったのでちょっと心がトキメク。
ということで、立ち寄る。
●本堂

本堂は銅板葺のRⅭ造。
御本尊は阿弥陀如来さん。
●経堂(多分)と慰霊塔

左 → 慰霊塔
右 → 経堂(多分)
慰霊塔は1955年建立。
明治時代以降の戦没者および原爆で亡くなられた方々を合祀した塔です。
●松若丸像(多分)

山門前には松若丸と思われる像がありました。
ちなみに松若丸は幼少期の親鸞さんです。
●田舎蔵・楽

お寺の隣りには仕出し屋さんの田舎蔵・楽。
内陸部でのお寺と舟のコラボはなかなか見れないと思う。

県道290号線を歩いていたら、大きなお堂の屋根を発見。屋根を見ただけで真宗だとわかる。真宗の屋根はデカくて高いお寺が多いです。高い建物がない田舎ほどそう感じます。
●山門

思いのほか立派な門だったのでちょっと心がトキメク。
ということで、立ち寄る。
●本堂

本堂は銅板葺のRⅭ造。
御本尊は阿弥陀如来さん。
●経堂(多分)と慰霊塔

左 → 慰霊塔
右 → 経堂(多分)
慰霊塔は1955年建立。
明治時代以降の戦没者および原爆で亡くなられた方々を合祀した塔です。
●松若丸像(多分)

山門前には松若丸と思われる像がありました。
ちなみに松若丸は幼少期の親鸞さんです。
●田舎蔵・楽

お寺の隣りには仕出し屋さんの田舎蔵・楽。
内陸部でのお寺と舟のコラボはなかなか見れないと思う。
御朱印は確認できませんでした。