住 所 | 兵庫県神戸市中央区三宮町2丁目4−4 |
---|---|
祭 神 | 湍津姫命 |
由 緒 | 創建年は不詳。 201年、神功皇后が三韓征伐から凱旋帰国の途中、生田神社を建立したそうです。 そして神のお告げにより生田神社周辺の8社を巡拝したといいます。 そんなこんなで、神功皇后の参拝順に従って1宮~8宮と名付けられ、 この神社は3番目に参拝したということで生田裔神八社(神戸八社)の三宮となったそうです。 神戸八社には天照大神と素盞鳴尊の誓約の際に生まれた5男神・3女神が祀られており、 この三宮神社には湍津姫命が祀られています。1868年、この地で神戸事件があったそうです。神戸事件とは、三宮神社前で岡山藩(備前藩)兵の隊列をフランス水兵が横切ったことで銃撃戦に発展した事件で、明治政府初の外交事件です。ちなみに備前藩士・滝善三郎の切腹により事件は解決したそうです。 |
HP | 神戸・三宮神社 |
神戸八社巡り
●神戸八社巡りとは
神戸八社巡りとは神戸市内に鎮座する一宮神社から八宮神社を巡拝することです。
201年、神功皇后が三韓征伐から凱旋帰国の途中、生田神社を建立したそうです。そして神のお告げにより生田神社周辺の八社を巡拝したといいます。 そんなこんなで神功皇后の参拝順に従って一宮~八宮と名付けられたそうです。
この八社にはそれぞれ、天照大神と素盞鳴尊の誓約の際に生まれた5男神・3女神が祀られています。
ちなみに一宮は北野村・二宮は生田村・三宮は神戸村・四宮は花隈村・五宮は奥平野村・六宮は坂本村・七宮は兵庫津北浜・八宮は坂本村で鎮守として信仰されていました。
神戸では、古来より節分の日に八社を巡拝し、厄を払って願いを祈る風習があるそうです。
●二宮神社 → 三宮神社
二宮神社の参拝を終え、南に向けてテクテク。
JRの高架下をくぐり~の
JR・三ノ宮駅を過ぎ~の
フラワーロードから三宮センター街に入り~の
三宮センター街を過ぎ~の
大丸方面へテクテク歩くと
三宮神社が見えてきました。
神戸八社巡りとは神戸市内に鎮座する一宮神社から八宮神社を巡拝することです。
201年、神功皇后が三韓征伐から凱旋帰国の途中、生田神社を建立したそうです。そして神のお告げにより生田神社周辺の八社を巡拝したといいます。 そんなこんなで神功皇后の参拝順に従って一宮~八宮と名付けられたそうです。
この八社にはそれぞれ、天照大神と素盞鳴尊の誓約の際に生まれた5男神・3女神が祀られています。
ちなみに一宮は北野村・二宮は生田村・三宮は神戸村・四宮は花隈村・五宮は奥平野村・六宮は坂本村・七宮は兵庫津北浜・八宮は坂本村で鎮守として信仰されていました。
神戸では、古来より節分の日に八社を巡拝し、厄を払って願いを祈る風習があるそうです。
●二宮神社 → 三宮神社
二宮神社の参拝を終え、南に向けてテクテク。
JRの高架下をくぐり~の
JR・三ノ宮駅を過ぎ~の
フラワーロードから三宮センター街に入り~の
三宮センター街を過ぎ~の
大丸方面へテクテク歩くと
三宮神社が見えてきました。
鳥居と手水舎
●鳥居
●鳥居
・建立年不明
・伊勢鳥居
そんなこんなで、二宮神社から徒歩25分。
旧神戸村の鎮守社であります、三宮神社に到着。
南京中華街からほど近く、メリケン波止場からもほど近く、そして大丸神戸店の目の前、いわゆる神戸市街地の中心部に鎮座しております。
久々に拝見する伊勢鳥居に、ちょっとウキッとしたひと時でした。
●手水舎
●手水舎
・1963年建立
・手水鉢は1732年作
なんとステンドグラス付きの手水舎だという!
異国情緒溢れる神戸の街ならではの1品ですなぁ。
いやはや、モダンです。
●鳥居
・建立年不明
・伊勢鳥居
そんなこんなで、二宮神社から徒歩25分。
旧神戸村の鎮守社であります、三宮神社に到着。
南京中華街からほど近く、メリケン波止場からもほど近く、そして大丸神戸店の目の前、いわゆる神戸市街地の中心部に鎮座しております。
久々に拝見する伊勢鳥居に、ちょっとウキッとしたひと時でした。
●手水舎
●手水舎
・1963年建立
・手水鉢は1732年作
なんとステンドグラス付きの手水舎だという!
異国情緒溢れる神戸の街ならではの1品ですなぁ。
いやはや、モダンです。
拝殿と本殿
●拝殿
●拝殿
・建立年不明
・旧葺屋荘の鎮守社
・生田裔神八社の1社
中央に唐破風、両サイドに千鳥破風があるという変わった造りでした。
どことなく洋風な香りがする拝殿ですなぁ。
いやはや、モダンです・・・と思うのは私だけでしょうか。
拝殿前には十二支方位盤がありました。
自分の干支に立って写真を撮ると御利益があるそうです。
●本殿
●本殿
・建立年不明
・銅板葺 流造
・湍津姫命を祀る(福岡県・宗像大社より勧請)
祭神の湍津姫命は天照大神と素盞鳴尊の誓約の際に生まれた宗像三女神の1柱です。
なぜか本殿は、側面だけ保護されてました。
ガラスの反射で見えづらいですが、金の装飾を確認することができました。
このサイトで天照大神と素盞鳴尊の誓約のことや神様の家系図などをわかりやすくイラストで紹介してくれてます。 ↓
●拝殿
・建立年不明
・旧葺屋荘の鎮守社
・生田裔神八社の1社
中央に唐破風、両サイドに千鳥破風があるという変わった造りでした。
どことなく洋風な香りがする拝殿ですなぁ。
いやはや、モダンです・・・と思うのは私だけでしょうか。
拝殿前には十二支方位盤がありました。
自分の干支に立って写真を撮ると御利益があるそうです。
●本殿
●本殿
・建立年不明
・銅板葺 流造
・湍津姫命を祀る(福岡県・宗像大社より勧請)
祭神の湍津姫命は天照大神と素盞鳴尊の誓約の際に生まれた宗像三女神の1柱です。
なぜか本殿は、側面だけ保護されてました。
ガラスの反射で見えづらいですが、金の装飾を確認することができました。
このサイトで天照大神と素盞鳴尊の誓約のことや神様の家系図などをわかりやすくイラストで紹介してくれてます。 ↓
[6]手に負えないスサノオとアマテラスの対決
アマテラスとツクヨミは、それぞれの場所をしっかりと治めていたが、スサノオだけは海を治めないで、ずっと泣き喚いる。アマテラスとスサノオの対決でも神々が生まれる。
神戸事件発生地
●神戸事件発生地
どうやらこの地は神戸事件の発生地らしいです。
神戸事件とは、1868年、三宮神社前で岡山藩(備前藩)兵の隊列をフランス水兵が横切ったことで銃撃戦に発展した事件です。
これが明治政府初の外交事件なんですって。
ちなみに備前藩士・滝善三郎の切腹により事件は解決したそうです。
フランス兵との交戦の際、備前藩兵は3門の大砲で応戦したそうです。
この大砲は神戸事件の際に使われた物ではないですが、同時代の大砲ということで参考資料として境内に設置。
どうやらこの地は神戸事件の発生地らしいです。
神戸事件とは、1868年、三宮神社前で岡山藩(備前藩)兵の隊列をフランス水兵が横切ったことで銃撃戦に発展した事件です。
これが明治政府初の外交事件なんですって。
ちなみに備前藩士・滝善三郎の切腹により事件は解決したそうです。
フランス兵との交戦の際、備前藩兵は3門の大砲で応戦したそうです。
この大砲は神戸事件の際に使われた物ではないですが、同時代の大砲ということで参考資料として境内に設置。
境内社と狛犬とキリシタン灯籠
●河原兄弟塚
河原兄弟とは源平・一ノ谷合戦の生田の森の戦いで一番乗りの功名手柄を立てて討死した源氏の兵です。
●河原霊社
●河原霊社
・建立年不明
・銅板葺 流造
・河原太郎高直(兄)・河原次郎盛直(弟)を祀る
そんなこんなで境内の片隅には、生田の森の戦いで討死した河原兄弟を祀る社がありました。
●稲荷社
●稲荷社
・建立年不明
・銅板葺 流造
・三宮稲荷大明神・安高稲荷大明神を祀る
●狛犬
境内の裏口には、相方のいない狛犬がおられました。
どうやら相方は、阪神大震災でお亡くなりになったそうです。。
●キリシタン灯籠
境内の片隅にてキリシタン灯籠を発見しました。
ちなみにキリシタン灯籠とは、戦国大名ならびに茶人である古田織部が考案した灯籠のことです。別名・織部灯籠と呼ばれてます。
膨らんでる部分が十字架で、人物像が聖人といわれてます。
しかし近年、あの人物像は僧形の茶人なのではないか・・・という説もあるそうです。
●境内の風景
社務所前から望む。
境内からは大丸がドーンと望めます。
街中に鎮座する小さな神社ですが、何気に見所の多い境内でした。
河原兄弟とは源平・一ノ谷合戦の生田の森の戦いで一番乗りの功名手柄を立てて討死した源氏の兵です。
●河原霊社
●河原霊社
・建立年不明
・銅板葺 流造
・河原太郎高直(兄)・河原次郎盛直(弟)を祀る
そんなこんなで境内の片隅には、生田の森の戦いで討死した河原兄弟を祀る社がありました。
●稲荷社
●稲荷社
・建立年不明
・銅板葺 流造
・三宮稲荷大明神・安高稲荷大明神を祀る
●狛犬
境内の裏口には、相方のいない狛犬がおられました。
どうやら相方は、阪神大震災でお亡くなりになったそうです。。
●キリシタン灯籠
境内の片隅にてキリシタン灯籠を発見しました。
ちなみにキリシタン灯籠とは、戦国大名ならびに茶人である古田織部が考案した灯籠のことです。別名・織部灯籠と呼ばれてます。
膨らんでる部分が十字架で、人物像が聖人といわれてます。
しかし近年、あの人物像は僧形の茶人なのではないか・・・という説もあるそうです。
●境内の風景
社務所前から望む。
境内からは大丸がドーンと望めます。
街中に鎮座する小さな神社ですが、何気に見所の多い境内でした。
御朱印
御朱印は社務所で頂きました。
三宮神社(神戸八社巡り)の地図
神戸八社巡りの巡拝記
●一宮神社の参拝記
●二宮神社の参拝記
●三宮神社の参拝記
●四宮神社の参拝記
●五宮神社の参拝記
●八宮神社(六宮神社)の参拝記
●七宮神社の参拝記
一宮神社(神戸八社巡り)の御朱印~兵庫県神戸市中央区山本通1丁目3−5~
住 所兵庫県神戸市中央区山本通1丁目3−5祭 神田心姫命由 緒創建年は不詳。201年、神功皇后が三韓征伐から凱旋帰国の途中、生田神社を建立したそうです。そして神のお告げにより生田神社周辺の8社を巡拝したと...
●二宮神社の参拝記
二宮神社(神戸八社巡り)の御朱印~兵庫県神戸市中央区二宮町3丁目1−12~
住 所兵庫県神戸市中央区二宮町3丁目1−12祭 神天忍穂耳尊・応神天皇由 緒創建年は不詳。201年、神功皇后が三韓征伐から凱旋帰国の途中、生田神社を建立したそうです。そして神のお告げにより生田神社周辺...
●三宮神社の参拝記
三宮神社(神戸八社巡り)の御朱印~兵庫県神戸市中央区三宮町2丁目4−4~
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●四宮神社の参拝記
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五宮神社(神戸八社巡り)の御朱印~兵庫県神戸市兵庫区五宮町22−10~
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●八宮神社(六宮神社)の参拝記
八宮神社・六宮神社(神戸八社巡り)の御朱印~兵庫県神戸市中央区楠町3丁目4−13~
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●七宮神社の参拝記
七宮神社(神戸八社巡り)の御朱印~兵庫県神戸市兵庫区七宮町2丁目3−21~
住 所兵庫県神戸市兵庫区七宮町2丁目3−21祭 神大巳貴命・大日霊貴命・天児屋根命由 緒創建年は不詳。201年、神功皇后が三韓征伐から凱旋帰国の途中、生田神社を建立したそうです。そして神のお告げにより...