伊勢神社(元伊勢)の御朱印~元伊勢・名方浜宮の伝承地〜(岡山県岡山市北区番町)

都道府県別
住 所岡山県岡山市北区番町2丁目11−20
祭 神主祭神・・・天照皇大神・豊受大神
相殿・・・栲幡千千姫命
由 緒元伊勢・名方浜宮の伝承地の1つです。平安時代には式内社として栄え、室町時代まで備前岡山の総氏神として篤く崇敬されていたそうです。安土桃山時代、宇喜多秀家が朝鮮出兵の際に戦勝祈願をしたといわれています。その後も江戸時代まで宇喜多氏や池田氏に手厚く保護されていたそうです。
スポンサーリンク

元伊勢とは

●ザックリと簡単に元伊勢とは

ザックリと簡単に元伊勢とは、天照皇大神が現在の伊勢神宮に鎮座するまでの間、 一時的に鎮座していた場所のことをいいます。

古来、天照皇大神は皇室内に祀られてましたが、 第10代・崇神天皇の時に、皇居の外に祀られることになりました。 そんなこんなで、崇神天皇が皇女・豊鋤入姫命に御神霊を託し、 天照皇大神を祀るのに適した地を探す旅に出ました。

その後、第11代・垂仁天皇の第4皇女・倭姫命がその役目を引き継いで旅に出ます。

候補地探しは長旅になったようで、天照皇大神が気に入ってくれる地がなかなか決まらず、 伊勢に鎮座するまでの約90年間、その候補地探しの旅が行われました。

ちなみに元伊勢の伝承地は近畿地方を中心に20ヶ所以上あります。


●元伊勢・名方浜宮の伝承地の1つ

そんなこんなで、元伊勢であります、伊勢神社に到着。 岡山の街中に鎮座する小さな神社でした。

豊鋤入姫命が天照皇大神を祀るのに適した地を探す旅に出た後、丹波の国吉佐宮 → 大和国の伊豆加志本宮 → 紀伊国の奈久佐濱宮を経て、吉備国の名方浜宮に到着したといわれています。

そしてこの地に4年間鎮座した後、大和国三輪の御諸の嶺の上の宮へ旅だったそうです。
スポンサーリンク

拝殿と本殿

●拝殿

●拝殿
・建立年不明
・銅板葺 唐破風付き入母屋造
・式内社・伊勢神社の論社
・神紋は本場・伊勢神宮と同じ花菱紋


●本殿

●本殿
・建立年不明
・銅板葺 神明造

一見、流造のように見えますが、棟持柱があるので神明造です。


●本殿の千木が見所

祭神は本場・伊勢神宮と同じ天照皇大神と豊受大神です。

ということもあり、千木は左が内削ぎ右が外削ぎになってました。

ちなみに
削ぎは伊勢神宮・内宮の天照皇大神
削ぎは伊勢神宮・外宮の豊受大神
を表しております。

こういった千木はたまにお見かけしますが、結構珍しいです。

スポンサーリンク

オガタマノキ(招霊木)

●元祖・ストリッパー天鈿女命のアイテム・オガタマノキ

●オガタマノキ
・樹齢150年
・高さ 15m

オガタマノキは、日本神話のアマテラスの岩戸隠れの際、天岩戸の前で淫らな舞を踊った天鈿女命が持っていた木です。



また巫女が舞うときに持っている神楽鈴はオガタマノキをモデルにしたという説があります。

言われてみれば、なんとなく似てますね!

こちらにアマテラスの岩戸隠れのことを書いています。
[7]天の岩屋戸に隠れるアマテラス
スサノオのいたずらは、一向におさまらず、死者がでた。アマテラスはショックを受け、天の岩屋戸に隠れてしまった。アマテラスを岩屋戸ならつれ出すために神々が協力して作戦を実行する。




そんなこんなで、神社を後にする。

スポンサーリンク

御朱印


御朱印は社務所で頂きました。
御朱印代は頂かないとのことでしたので、お賽銭箱に300円を投入して帰りました。
スポンサーリンク
スポンサーリンク

伊勢神社の地図

 

タイトルとURLをコピーしました