熊野神社(日本第一熊野神社)の御朱印情報~岡山県倉敷市林684~

都道府県別
住 所岡山県倉敷市林684
祭 神伊弉冉尊・伊弉諾尊・家都御子神・速玉之男神
由 緒701年、修験道の開祖・役小角の弟子5人が、紀州の熊野権現を勧請して創建。740年、聖武天皇が児島一円を熊野神社の社領として寄進した。761年、紀州熊野と同様の社殿(十二社権現宮)を整える。 室町時代、応仁の乱が勃発すると、この地も戦乱に巻き込まれ、境内はほぼ全焼したという。1492年から焼失した建物の再建が行われた。現在、国の重要文化財に指定されている第二殿はこの時に造営されたものらしい。第二殿を除く社殿は、1647年に備前岡山藩初代藩主・池田光政が造営したものとのこと。明治時代、神仏分離令により十二社権現は熊野神社となり他の寺院(五流尊瀧院)は天台宗寺院となったらしい。
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鳥居と本殿

●全国に約3800社ある熊野神社でも本宮の昔の姿を残す貴重な本殿

本殿は左から
殿・第殿・第殿・第殿・第殿・第殿

左から123456じゃなくて312456だという。よ、なぜそこに・・・。

順番の順不同もさることながら、春日造と入母屋造と流造が混在した統一感のない並び方もなかなかです。この日本人離れした感覚というかセンスが私は好きです。

●カクカクの自作パノラマ

どうでもいい話ですが、撮影当時はデジカメにまだパノラマ機能が搭載されてない時代だったので、3枚の写真を強引につなぎ合わせてパノラマ風に仕上げてました(自己満)。このセンスもある意味、日本人離れ・・・(笑)
(撮影日 2010年1月30日)

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本殿

●第二殿は1492年建立の国重文

●第三殿・・・1647年建立 県重文 入母屋造
伊弉冉尊・伊弉諾尊・速玉之男神・事解男尊を祀る

●第一殿・・・1647年建立 県重文 春日造
素戔鳴尊を祀る

●第二殿・・・1492年建立 国重文 春日造
天照大神を祀る

●第四殿・・・1647年建立 県重文 四間社流造
忍穂耳尊・瓊瓊杵尊・彦火火出見尊・鵜草葺不合尊を祀る

●第五殿・・・1647年建立 県重文 四間社流造
埴山毘売命・罔象女命・稚産霊命・軻遇突智尊を祀る

●第六殿・・・1647年建立 県重文 一間社流造
八百萬神を祀る

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狛犬

●岡山といえばやはり備前焼!

●狛犬①②・・・1850年建立 浪速型の狛犬

●狛犬③④・・・1909年建立 備前焼の狛犬

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五流尊瀧院の三重塔と鐘楼

●神社なのに三重塔と鐘楼が!

どうやらこの三重塔と鐘楼は神仏習合の名残のようです。もともとこの神社は五流修験(現・五流尊瀧院など)と神仏習合の形態をとってましたが、明治時代の神仏分離令により熊野神社と五流修験に分かれちゃったようです。

●三重塔・・・1820年建立 高さ 21.5m 県重文
塔内には大日如来坐像が安置されてます。

●鐘楼・・・梵鐘は1457年鋳造 県重文

最上稲荷しかり蓮台寺しかり岡山には神仏習合の名残がある寺社が多いです。そして三重塔も多いです。

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熊野十二社大権現本堂

●もうここが神社なのかお寺なのかわからなくなる

●熊野十二社大権現本堂・・・江戸時代建立 五流修験の旧観音堂

●役小角像・・・修験道の開祖です。熊野十二社大権現本堂の横におられます。

その他、本堂周辺には役行者供養塔と三宝荒神と吉祥坊(天狗)がありました。

●私は役小角のことをエンノさんと呼んでいる

とんでもない法力を持つエンノさん。神々に命じて吉野・金峯山寺と葛城山との間に岩の橋を架けさせようとしたエンノさん。鬼神を子分にし、身の回りの世話をさせてこき使ってたエンノさん。昼間は流刑先の伊豆でおとなしく、夜になると海を歩いて富士山まで脱走していたエンノさん。一言主神を呪縛して放置したエンノさん(ちなみに現在も放置したまま)。自由に空を飛んでいたエンノさん(みうらじゅん先生いわくスーパーマン)。日本を見限り唐へ飛んでいったエンノさん。などなど、奇想天外な伝説ばかりのエンノさん。私はそんなエンノさんが大好きでたまらないのです。

五流尊瀧院

●近くには修験道総本山・五流尊瀧院があります

●五流尊瀧院とは?
699年、修験道の祖・役小角(以下・エンノさん)は朝廷から訴追を受けました。その後、エンノさんは熊野本宮に隠れましたが、伊豆大島へ島流しにされちゃいました・・・。701年、エンノさんの弟子5人がそれぞれ尊瀧院大法院建徳院報恩院伝法院という五流の寺院を創建し、尊瀧院を中心に天皇の崇敬を受けたりしながら繁栄してました。740年、聖武天皇が児島一円を社領として寄進。761年、紀州熊野と同様の社殿・十二社権現宮を整え、付近に諸興寺と新宮を、そして由伽寺と那智宮(現・蓮台寺、由加神社)を建て新熊野三山としました。そんなこんなで、熊野神社と修験道の寺院が一体となった神仏習合の形態を取る宗教施設として栄えましたが、平安時代中期以降に衰退・・・。 室町時代、応仁の乱が勃発すると、この地も戦乱に巻き込まれ伽藍が全焼しました。明治時代、神仏分離令により、十二社権現は熊野神社に、そして五流尊瀧院は天台宗寺院になりました。

ちなみに五流尊瀧院には、1878年に暗殺された大久保利通が乗っていた馬車が、大久保家により永代供養のため奉納されています。

御朱印

御朱印は社務所で頂きました。
絵付き御朱印・限定御朱印があります。
境内社の八尾羅宮(はっぴらぐう)の御朱印も頂けます。
倉敷帆布の御朱印帳もあるようです。

熊野神社(日本第一熊野神社)の地図

年間行事

祭事・神事
●1月・・・新年祈願・とんど

●3月・・・瀬戸内倉敷ツーデーマーチ

●5月・・・春季例大祭

●6月・・・夏祭り

●10月・・・秋季大祭

●11月・・・七五三詣

 

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