静岡浅間神社の御朱印~徳川家康ゆかりの神社~(静岡県静岡市葵区宮ヶ崎町)

都道府県別
所在地静岡県静岡市葵区宮ヶ崎町102−1
祭 神 ・神部神社・・・大己貴命
・大歳御祖神社・・・大歳御祖命
・浅間神社・・・木之花咲耶姫命
社 格 ・神部神社・・・式内社・駿河国総社
・大歳御祖神社・・・式内社
・3社合わせた社格は別表神社
由 緒静岡浅間神社とは、神部神社・浅間神社・大歳御祖神社の3社の総称です。神部神社は約2100年前に鎮座。浅間神社は901年に醍醐天皇の勅願により富士山本宮浅間大社より勧請。大歳御祖神社は約1700年前に鎮座。この3社は鎮座以来、独立の神社として扱われ、江戸時代までそれぞれ別の社家が奉仕してきたといいます。朝廷・鎌倉将軍家・今川家・武田家・織田家・豊臣家・徳川家などが崇敬した神社で、特に徳川家康は、幼少の頃今川家の人質としてこの神社の近くに住んでいたことから、生涯に渡って篤く崇敬したといいます。
HP駿河国総社 静岡浅間神社
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静岡浅間神社とは?

●境内図

静岡浅間神社とは、神部神社・浅間神社・大歳御祖神社の3社の総称です。

ちなみに正式な社名は、神部神社 浅間神社 大歳御祖神社です。
・・・3社をそのまま並べただけの社名という。

『今から神部神社 浅間神社 大歳御祖神社に行ってくるね~』と、正式名称で言う人はいない・・・はず(笑)

そんなことより、この神社は通称・おせんげんさんと呼ばれ、地元の人々に親しまれてるそうです。
『今からおせんげんさんに行ってくるね~』・・・めっちゃシックリきます(笑)


●静岡発祥の地
静岡浅間神社は、静岡市内にある賤機山(しずはたやま)の麓に鎮座しています。

ちなみに賤機山は静岡という地名の発祥地といわれています。
古代より神聖な神奈備山として崇められていた山なんだって。

静岡市内には、秦氏の氏寺・建穂寺や秦久能が建立した久能寺などがあり、一説によるとこの賤機山に秦氏の祖神を祀ったのが静岡浅間神社の発祥といわれています。


●徳川家康ゆかりの神社
かつては、朝廷をはじめ、鎌倉将軍家・今川家・武田家・織田家・豊臣家・徳川家などのビッグネームが崇敬した神社なんだって。

なかでも徳川家康は、幼少の頃に今川氏の人質として神社近くの臨済寺に預けられていた頃から、生涯に渡って篤く崇敬したといいます。

①1555年、徳川家康が14歳のときにこの神社で元服式を行う。

②1582年、賤機山に築かれていた武田氏の賤機山城を攻略する際、『無事攻略できたならば必ず壮麗な社殿を再建する』と誓いを立て、この神社の社殿を焼き払ったそうです。そして、駿河国の領主になった後、現在の規模と同じ規模の社殿を建造したといいます。

③1607年、天下泰平・五穀豊穣を祈願して、稚児舞楽を奉納したそうです。


●稚児舞
稚児舞とは、4月初旬に行われる廿日会祭のクライマックスを飾る舞です。

安摩の演目では、ズジャンコ舞といわれる二の舞が登場します。
これが、二の舞を踏むという言葉の語源になったんだって。
ジジとババの面を付けた舞役が、稚児のまわりを滑稽に舞い、その舞を見て稚児が笑うとその年は不作になるといわれています。

ちなみに稚児舞楽は静岡県の無形民俗文化財に指定されています。


●建造物

約13600坪の敷地にたくさんの社殿が建つ神社です。

ビックリすることに、なんと社殿26棟が国の重要文化財に指定されているという!
そんなこんなで、総漆塗り極彩色の豪壮華麗な建築群が見所の神社です。
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石鳥居と総門と楼門

●石鳥居(長谷通り)

●石鳥居
・1634年建立
・明神鳥居

そんなこんなで、参拝開始。
長谷通り沿いには古そうな石鳥居がたってました。
なんと石鳥居は道路の真ん中にたってるという!
写真撮るのもヒヤヒヤよ。

ちなみに時刻はスッポリ夕方・・・そのため光量が足りず眠たくなるような写真ばっかりになってます・・・(^^;)
そんなこんなで、追いかけてくる夕暮れに焦りながらの撮影でした。
ちなみに、写真は画像処理ソフトで目イいっぱい明るく加工しています。


●総門

●総門
・1819年建立
・銅瓦葺 切妻屋根 八脚門
・国指定重要文化財

社標には神部神社浅間神社の文字。
ということで、この総門は神部神社と浅間神社の入口ということになります。

ちなみに同一境内にある大歳御祖神社の神門と鳥居(赤鳥居)は別の場所にあります。


●楼門


●楼門
・1816年建立
・銅瓦葺 入母屋屋根
・総漆塗 楼門造
・国指定重要文化財

総門をくぐると楼門に到着。
楼門の両サイドには1対の随身像。
そんなこんなで、この楼門は随身門になっています。



楼上には當國總社 冨士新宮の扁額。
木鼻の上には力士像がおられました。
そして、水呑の龍虎の子渡しの彫刻がありました。

目が覚める極上の彫刻群だね!
そんなこんなで、ゆっくり彫刻観賞・・・といいたいところですが、夕暮れが迫ってきてるのでほどほどに!
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舞殿と大拝殿

●舞殿

●舞殿
・1820年建立
・銅瓦葺 軒唐破風付きの妻入り入母屋造
・国指定重要文化財

江戸期に建立された社殿の中で、唯一この舞殿だけが素木造
他の社殿は極彩色で彩られているのに、この舞殿には色が塗られてないという!

ということで、立川流の彫刻も、ここでは素木のものが観賞できます。


●大拝殿

●大拝殿
・1814年建立
・銅瓦葺 浅間造
・3層2階建
・高さ 約25m
・国指定重要文化財

この大拝殿は、神部神社と浅間神社の2社を合わせた拝殿になっています。

●神部神社
・大己貴命を祀る
・式内社
・駿河国総社
・駿河国開拓の祖神
・約2100年前に鎮座

●浅間神社
・木之花咲耶姫命を祀る
・全国にある浅間神社の1社
・901年に勧請

901年に醍醐天皇の勅願により、神部神社の隣に富士山本宮浅間大社の分霊を勧請。
以来、冨士新宮として崇敬されてきたそうです。
ちなみに、読み方はせんげん神社ではなくあさま神社です。


大拝殿は浅間造と呼ばれる非常に珍しい造りになってました!
なんと下層は切妻造で、上層が入母屋造という!
なんだかお城みたい!

殿内は、なんと132畳分の広さなんだって!
天井には狩野栄信・狩野寛信作の八方睨みの龍・迦陵頻伽・天人の天井絵があるそうですよ。

本殿は向かって左側が浅間神社、右側が神部神社という比翼三間社流造。
もちろん国の重要文化財に指定されています。


大拝殿の高さは25m
木造の神社建築としては日本一の高さなんだって!
なんと出雲大社・本殿(約24m)よりも高いという!

境内の社殿は、約10万両の巨費を投じ、約60年の歳月をかけて再建したものなんだって。

うぅ〜ん、10万両といわれてもピンとこない・・・(^^;)
一体全体、10万両っていくらなんだろう。

そんなこんなで、調べてみることに。
どうやら、江戸時代は年代によって1両の価値が違うんだって。

この社殿が再建されたのは1800年代。
1800年代は1両あたり5万円くらいらしいです。

ということで10万両とは・・・なんと現在の価値で50億円っ!(ヒェッ)



それにしても彫刻群の嵐に感動が止まらないひと時でした。

もはや入墨状態!
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大歳御祖神社

●赤鳥居(浅間通り)

●赤鳥居
・建立年不明
・明神鳥居

浅間通り沿いには真っ赤な鳥居がたってました。
どうやらこの赤鳥居が大歳御祖神社の入口のようです。


●大歳御祖神社の神門

●大歳御祖神社の神門
・建立年不明
・銅瓦葺 切妻屋根 八脚門

大歳御祖神社の神門は、鳥居同様、神部神社と浅間神社の門とは別に設けられています。
ちなみに、こちらも随身門になっています。

●大歳御祖神社の拝殿

●大歳御祖神社の拝殿
・建立年不明
・銅瓦葺 軒唐破風付きの入母屋造
・大歳御祖命を祀る
・式内社
・約1700年前に鎮座

もともとは、この地方の物流・商業の中心地だった安倍の市(古代の市場)の守護神で、奈古屋神社と称していたそうです。

ちなみに、大歳御祖命は倉稲魂命・大年神の母です。

もともとは、1836年建立の拝殿と1837年建立の楼門があったそうですが、第二次世界大戦の戦火により焼失・・・。
現在は、鉄筋コンクリート造の拝殿と神門が再建されています。

●大歳御祖神社の本殿
・1826年建立
・銅瓦葺 三間社流造
・国指定重要文化財
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八千戈神社

●八千戈神社

●八千戈神社
・1836年建立
・銅瓦葺
・軒唐破風・千鳥破風付きの入母屋造
・国指定重要文化財

もともとは、徳川家康の念持仏・摩利支天像を安置するために建立されたんだって。
そのため、摩利支天社と称していたそうです。

その後、明治時代の神仏分離により、摩利支天は臨済寺(今川家の菩提寺)に遷され、八千戈神社となりました。

1930年には、昭和天皇が参拝したそうですよ。


●八千戈神社の主祭神
・八千戈命(大国主命)

●八千戈神社の相殿神
・1873年以降に合祀された18社13柱

現在は、武道・開運・スポーツの守護神として祀られているそうです。
家康は、勝瓢を勝ち守としていたため、今も勝瓢を奉納する習慣があるそうですよ。



これまた立派な彫刻群!
獅子の木鼻といい麒麟の彫刻といい、どれもこれも抜群!
蟇股には二十四孝が彫刻されていました。

ちなみ二十四孝とは、1271~1368年に編纂された古来中国で親孝行だった24人を取り上げた書物のことです。

麓山神社

●麓山神社 百段

百段と呼ばれる麓山神社の参道です。


●麓山神社 拝殿

●麓山神社 拝殿
・1843年建立
・銅瓦葺 入母屋造
・国指定重要文化財

もともとこの麓山神社は、賎機山の山上に鎮座していたそうです。
ということで、山宮と呼ばれています。


●麓山神社 本殿

●麓山神社 本殿
・1834年建立
・銅瓦葺 三間社流造
・国指定重要文化財

●麓山神社の主祭神
・大山祇命

●麓山神社の相殿神
・日本武尊

祭神の大山祇命は、浅間神社の祭神・木之花咲耶姫命の父ということで、浅間神社の別宮とされていたそうです。
もともとは独立の神社でしたが、1879年に郷社となり境内社になったんだって。

その他の見どころ

●神厩舎
●神厩舎
・1861年建立
・瓦葺 切妻造
・国指定重要文化財


なんと、神馬ちゃんは左甚五郎作という!
今にも動き出しそうなリアルな馬でした!

●左甚五郎とは???
ちなみに左甚五郎とは、江戸時代初期に活躍した彫刻家です。
日光東照宮の眠り猫など、全国各地に名作が多数あります。

しかし実在していたかは定かでなく、作品も安土桃山時代~江戸時代後期の約300年に至るため、名工の代名詞として左甚五郎という名が使われていたのではないか・・・という説が定説になりつつあります。


●オリジナル絵馬


富士山と人参と何かの祭事の絵馬がありました。

それにしても・・・なぜ人参???


その他、少彦名神社や玉鉾神社や静岡市文化財資料館があるそうですが、タイムオーバーのため参拝できず・・・(^^;)
また機会があったら参拝しようと思います。

●少彦名神社
・主祭神・・・少彦名命
・相殿神・・・神部神社の末社14社

もともとは、神宮寺薬師社と称し、薬師如来・十二神将像を安置していたそうです。
しかし、明治時代にこの像は臨済寺に遷されたんだって。
そして、少彦名神社となったそうです。


●玉鉾神社
・羽倉東麿・岡部真淵・本居宣長・平田篤胤(国学の四大人)が祀られているそうです。


●静岡市文化財資料館
境内の文化財資料館には、静岡浅間神社ゆかりの資料を中心に、徳川家康ゆかりの品々、今川氏・武田氏の遺品、賤機山古墳の出土品が展示されているそうです。

御朱印情報

●御朱印の種類
御朱印は全種。

①静岡浅間神社の御朱印
②神部神社の御朱印
③浅間神社の御朱印
④大歳御祖神社の御朱印
⑤麓山神社の御朱印
⑥八千戈神社の御朱印
⑦少彦名神社の御朱印
⑧玉鉾神社の御朱印

●受付場所
・社務所

●初穂料(料金)
・各300円


●直書き
①静岡浅間神社の御朱印
②神部神社の御朱印
③浅間神社の御朱印
④大歳御祖神の御朱印

●書置き
⑤麓山神社の御朱印
⑥八千戈神社の御朱印
⑦少彦名神社の御朱印
⑧玉鉾神社の御朱印

※例祭日のときなど、期間限定御朱印として直書きになる日があるそうです。


●オリジナル御朱印帳

●初穂料(料金)
・1000円

オリジナル御朱印帳には、富士山と社殿と獅子がデザインされていました。

社務所で購入できます。

主な年間行事

●歳旦祭・元始祭
・1月1日~3日

三が日には約50万人の参拝者が訪れるそうです。
元日の午前0時に寿太鼓が打たれ、一番祈祷が執り行なわれる。
舞殿では、浅間木遣・浅間囃子・獅子舞が奉納され、餅まき。
午前6時から歳旦祭、1月3日午前9時から元始祭が行われる。

●奉射祭
・1月15日
・秋の豊穣を予祝する行事

約50m先の大的をめがけて、6名の射手が2本ずつ矢を射る神事。

●節分祭
・2月3日
・通称・しとみ打ち神事
・静岡市指定無形民俗文化財

オニヤラ棒と呼ばれる梅柳の陽木で蔀をたたき、太鼓・鉦鼓を打ちならす鬼やらい神事。

●廿日会祭(例大祭)
・4月1日~5日
・稚児舞楽は静岡市指定無形民俗文化財

徳川家康ゆかりの稚児舞楽が有名。

●昇祭・降祭
・4月3日~4日
・11月3日~4日

浅間神社の御祭神・木之花咲耶姫命が、麓山神社の祭神・大山祇命(父神)の許に御一泊される神事。

●大歳御祖神社 日待祭
・9月25日

境内に約500灯のあんどんが飾られ、輪おどりや子供みこし渡御などが行われる。

●神饌田御田植祭
・6月上旬

お囃子が流れる中、静岡市安倍口新田の神饌田で、早乙女がイセヒカリの苗を植える。

●八千戈神社例祭
・10月15日

浅間弓道教場によるつぐら神事が行われる。

●年越大祓式・除夜祭
・12月31日

半年間の罪・穢を祓い、心身清浄に立ち帰って新年を迎えるための儀式。
年内最後の祭典で、1年の感謝と来る年の安寧を祈願。

静岡浅間神社の地図

 

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