富士山本宮浅間大社の御朱印~駿河国一宮ならびに浅間神社の総本社~(静岡県富士宮市宮町)

都道府県別
所在地静岡県富士宮市宮町1−1
祭 神 主祭神・・・木花之佐久夜毘売命(浅間大神)
配祀神・・・瓊々杵尊・大山祇神
社 格 駿河国一宮・式内社(明神大社)
旧官幣大社・別表神社
由 緒紀元前290~214年、富士山が大噴火して長期間荒地になったそうです。そんなこんなで、紀元前27年に山霊を鎮めるために富士山麓の山足の地に浅間大神を祀ったのがこの神社の始まりといいます。806年、平城天皇の命により、坂上田村麻呂が現在地に遷座。鎌倉時代、室町時代、戦国時代、江戸時代を通じて、朝廷や有力武士などから崇敬されました。1982年、富士山本宮浅間神社から富士山本宮浅間大社に改名。2013年、富士山・信仰の対象と芸術の源泉の構成資産の1部として世界文化遺産に登録されました。全国に約1300社ある浅間神社の総本社です。
HP富士山本宮浅間大社
スポンサーリンク

富士山本宮浅間大社とは?


ザックリと簡単に富士山本宮浅間大社とは、全国に約1300社ある浅間神社の総本社です。
富士山を御神体として祀り、本宮と奥宮(富士山山頂)の2社から成る神社なんだって。

富士宮という地名の由来となった神社のようですよ。
話しがそれますが、富士宮市は日本で1番高低差のある町という。
最低地点は35m。
最高地点は3776m。
高低差はなんと3741m!
そうです、この最高地点とは富士山の山頂のことです!

境内の広さは、なんと約17000㎡。
富士山の8合目以上の約385万㎡も社地として所有しているそうですよ。

社家は富士氏
古来より、富士氏が大宮司を務めており、厳島神主家・熱田大宮司家(千秋氏)とともに日本三大宮司の1つなんだって。
戦国時代には富士城の城主を務めた武家だったそうですよ。


またこの神社は富士登山道の大宮・村山口のスタート地点にもなっています。
ということで、古くから修験者などからの崇敬を受けていました。

701年、役小角が初めて富士登山を行い、その後、平安時代に山岳信仰が普及したといわれてます。
そして、富士山で修行する修験道が広まり、修験者が山頂を目指すようになったんだって。

その後、1577年に富士講の開祖・角行が富士登山をしたといいます。
以来、富士講が出現し、富士講の発展とともに人々が山頂を目指すようになったんだって。

また各地に富士塚などをつくって登るなど、独特の信仰も生まれたそうですよ。
スポンサーリンク

鳥居と狛犬

●鳥居①

●鳥居①
・2006年建立
・明神鳥居
・高さ 16m

そんなこんなで、参拝開始。

境内入口では大きな鳥居がお出迎えしてくれました。
この大鳥居は、御鎮座1200年祭のときに再建されたものらしいです。


●狛犬

●狛犬
・1918年建立
・玉取り型と子取り型

つぶれたお顔と長い毛が特徴的な狛犬です。
おそらく関東地方に多く見られる江戸獅子の1種だと思われます。


●鳥居②

●鳥居②
・建立年不明
・石製 明神鳥居
スポンサーリンク

楼門と拝殿と本殿

●楼門

●楼門
・1604年再建
・徳川家康が寄進
・檜皮葺 三間一戸の入母屋造
・静岡県指定有形文化財

●随身像
・1614年作
・左側の随身像は石川清助作
・右側の随身像は櫻井三蔵作


●拝殿

●拝殿
・1614年再建
・徳川家康が寄進
・檜皮葺
・正面が入母屋造で背面が切妻造
・静岡県指定有形文化財

この神社は、鎌倉時代・室町時代・戦国時代・江戸時代を通じて、朝廷や有力武士などから崇敬されていたそうです。

そんなこんなで、簡単な詳細はこちら。

●鎌倉時代
後醍醐天皇・源頼朝・北条義時・公家・武家などから崇敬を受ける。
源頼朝は流鏑馬を奉納。
その他、社殿の修復などを行ったそうです。
北条義時は、遷宮の儀を執り行ったそうです。

●南北朝時代
足利尊氏・足利直義・今川範氏・今川泰範などから崇敬を受ける。
足利直義は社領の寄進。

●戦国時代
武田信玄・武田勝頼・豊臣秀吉などから崇敬を受ける。
武田信玄・勝頼は、神領の寄進・社殿の修造などを行ったそうです。
神社には、信玄の願状をはじめ武田家が奉納した宝物が多く残ってるそうです。

●江戸時代
徳川家の歴代将軍から崇敬を受ける。
徳川家康は、関ヶ原の戦いに勝利した御礼として、本殿・拝殿・楼門など約30棟を造営したそうです。 あと、富士山8合目以上を境内地として寄進したんだって。



屋根の妻には16菊花紋
御存知、16菊花紋は皇室が使用している紋です。
格式の高さがうかがえます。

その他、極彩色で彩られた木鼻や蟇股などの彫り物も素敵でした。


●本殿

●本殿
・1604年再建
・徳川家康が寄進
・檜皮葺
・浅間造
・高さ 13.6m
・国指定重要文化財

本殿は浅間造と呼ばれる非常に珍しい造りになってました!

なんと下層は寄棟造で、上層は三間社流造という!
一説によると、下層の屋根部分を富士山に見立てて、その上に社があるように見せているといわれてます。


そんなこんなで、初めて拝見する浅間造にどえらく感動したひと時でした。
本殿をこんなにも見上げて見ることはそうそうないです。



組物は三手先。
立派な海老虹梁と鶴の手挟み。
その他、極彩色で彩られた組物や蟇股など見所満載でした。
スポンサーリンク

木花之佐久夜毘売命と日本武尊

●祭神

●主祭神
・木花之佐久夜毘売命
・別名・浅間大神

●配祀神
・瓊々杵尊
 木花之佐久夜毘売命の夫

・大山祇神
 木花之佐久夜毘売命の父


●木花之佐久夜毘売命が祀られるまでの経緯
紀元前27年に山霊を鎮めるために富士山麓の山足の地に浅間大神を祀ったのがこの神社の始まりといいます。

ちなみに山足の地とは、富士山麓のことらしいです。
しかし、その場所がどこなのかは定かではないという。
ということで、山足の地とは特定の地名を指すのものではなく、富士山麓の適所を選んで祭祀を行った場所と考えられているそうです。

ということで、最初から木花之佐久夜毘売命が祀られていたわけではないのですね。
ちなみに、木花之佐久夜毘売命が主祭神として祀られるようになったのは近世以降だといわれています。

木花之佐久夜毘売命の美貌と、富士山の美しい姿
古事記・日本書紀に記載されている木花之佐久夜毘売命の火中出産と、火山である富士山。

この2つがダブるということから、木花之佐久夜毘売命が浅間大神として祀られるようになったといわれています。

ちなみに、木花という名前から、境内には約500本の桜が奉納されているんだそうな。
春には桜の名所として賑わうんだって。

こちらにコノハナサクヤヒメのことを書いています。
[19]ニニギの結婚と天皇の寿命
ニニギ、美しい娘に出会う ニニギは笠沙(かささ)の岬(鹿児島県薩摩半島の西南部)で美しい娘に出会ったんだ。 美しい娘に会ったのでお約束どおり「お前はだれの娘か」と訪ねたよ。 (古事記では、お前どこ中だよ?くらい、父親は誰


●日本武尊と浅間大神
社伝によると、日本武尊が東国の夷を征伐する際、相模の国造に焼き殺されそうになりました(野火の難)。
その時、日本武尊は富士浅間大神を祈念して窮地を脱したといわれています。
その後、日本武尊は山宮(現・山宮浅間神社)に磐境を設けて浅間大神を祀ったそうです。
※古事記によると火打ち石で火をつけ、迎え火をして野火を退かせたと記されてます。

ちなみに山宮には社殿はありません。
磐境を通して富士山をお祀りするという古代祭祀の原初の形態を残す神社となっております。

こちらにヤマトタケルの野火の難について書いています。
[32]ヤマトタケル二度目の平定の旅
出雲を平定して大和に戻って天皇に報告したヤマトタケルだったけど すぐに天皇から次の指令「東の12カ国のあらぶる神々や従わない人間達を従わせよ!」が与えられたよ。 そして御鉏友耳建日子(ミスキトモミミタケヒコ)を副官に付け
スポンサーリンク

湧玉池と境内社

●湧玉池(わくたまいけ)

●湧玉池
・平成の名水百選の1つ
・国の特別天然記念物

境内には湧玉池という大きな池がありました。
富士山の雪解け水が何層にもなった溶岩の間を通って湧き出た水でできた池なんだって。

浅間大神が現在地に遷座するまで、この地には富知神社が鎮座していたそうです。
富知神社は、この湧玉池を祭祀場として富士山を祀っていたんだって。

ちなみに、湧玉池には御井神と鳴雷神を祀る水屋神社がありました。
古くから富士登山者は、この霊水で禊ぎをして富士山に登るという習わしがあるそうです。
現在も富士の山開きの際には、ふんどしや白装束の姿をした男女が池に入って禊神事を行うそうですよ。
そんなこんなで、富士山信仰と関連の深い池なんですな。

水温は年間を通して約13度。
水量は年間を通して毎日約20万t。
毎日ほぼ増減なく湧き出しているという。

ちなみに湧玉池のほとりに鎮座している水屋神社では、富士山の霊水を持ち帰ることができます。
有料のペットボトル容器(200円)に入れて持ち帰ることもできます。


●神田川

湧玉池からもの凄い勢いで流れ出る神田川。

湧玉池は一級河川・神田川の水源池なんだって。


●稲荷神社

●稲荷神社
・建立年不明
・銅板葺 流造
・宇迦之御魂神・大宮能賣神・猿田毘古神を祀る

稲荷神社の前は鳩地獄になってました。


●厳島神社

●厳島神社
・建立年不明
・銅板葺 流造
・市杵嶋姫神を祀る

●天神社
・建立年不明
・銅板葺 流造
・菅原道真を祀る

その他、三之宮浅間神社と七之宮浅間神社がありました。

その他の見どころ

●流鏑馬像

源頼朝が富士の巻狩を行った際、流鏑馬を奉納したことがこの神社の流鏑馬の始まりといわれています。
現在その流鏑馬は、毎年5月に流鏑馬祭として伝えられています。


●鉾立石

楼門前には鉾立石という石が祀られてました。

明治初年まで行われていた山宮御神幸の際に、神の宿った鉾をこの石の上で休めたといわれています。

ちなみに山宮御神幸とは、富士山本宮浅間大社から山宮浅間神社まで、神様が宿った鉾を運ぶ神事のことです。
鉾を肩に乗せたまま運び、目的地に着くまで鉾を地面に置いてはいけないという!

そんなこんなで、この鉾立石は富士山本宮浅間大社から山宮浅間神社まで運ぶ途中、鉾を休めるために使用された石なんだそうです。

神事の途中に鉾を立てることから、鉾立石と名付けられたんだって。


●火山弾

なんと、これは富士山が噴火した際に飛んできた石なんだと!

こんなデッカいのが飛んでくるのか・・・((((;゚Д゚))))


●南極の石

第七次南極観測船・ふじの乗組員が採取した石らしいです。

ふじの乗組員・赤池稔さん(富士宮市出身)が奉納。


●富士山・浄砂

富士山のように盛られた浄砂。

これなら登頂できそうだな。


●オリジナル絵馬

絵馬には富士山と太陽がデザインされてました。

富士山

●境内からの景色

境内からは富士山を望むことができました。

鳥居と富士山です。
鳥居がより美しく見え、富士山もより美しく見えるという、ウィンウィンの風景。


川と富士山です。
川がより美しく見え、富士山もより美しく見えるという、これまたウィンウィンの風景。

時に最強の背景となり、最強のメインになる富士山って本当にすごいアイテムだと思った次第です。

いやはや、素敵な神社でした。


●富士山

そんなこんなで参拝後、ニッポンのシンボルを見ながらプラプラと散歩をしてきました。


そして山頂を眺めながら思いふける。
あの山頂に奥宮があるのかぁ。

いつか参拝してみたいけど・・・自信がない(笑)

御朱印情報

●御朱印情報
御朱印は社務所で頂きました。

●初穂料(料金)
・300円


●オリジナル御朱印帳

●御朱印帳のサイズ
・16×11cm

●初穂料(料金)
・1500円

社殿と富士山と桜がデザインされてました。


●富士山本宮浅間大社の開門時間
・4月~9月・・・5:00~20:00
・3月・10月・・・5:30~19:30
・11月~2月・・・6:00~19:00 (2020年10月現在)

年間行事

●初詣・歳旦祭
・1月1日

●節分祭
・2月(立春前日)

●初申祭
・4月(初申日)

●流鏑馬祭
・5月4・5・6日

●夏越大祓式
・6月30日

●御田植祭
・7月7日

●例祭
・11月3・4・5日

富士山本宮浅間大社の地図

 

タイトルとURLをコピーしました