所在地 | 広島県尾道市東土堂町2−8 |
---|---|
宗 派 | 浄土宗西山禅林寺派 |
由 緒 | 834〜847年、慈覚大師(円仁)が創建したお寺といわれています。創建当時は天台宗でしたが、1336年に足利尊氏の従軍僧だった道宗雙救上人が本堂を再建し浄土宗に改宗。室町時代、村上水軍の将・宮地一族の帰依を受けたという。また宮地明光の次男で向島余崎城主・島居資長は船中念持仏である千手観音(浪分観音)を寄進。瀬戸内海の水軍たちの心のよりどころとして信仰を集めていたという。戦国時代には毛利氏の信仰も篤く、毛利輝元は広島から萩に移封する際、このお寺の一空和尚を伴って萩へ移ったといわれています。1588年、豊臣秀吉の海上鎮圧令が発令されると瀬戸内海水軍の将たちの中には武士を捨てて商人になった者もいたという。その中には回漕を業として問屋を営み、このお寺の檀家になり、唐津屋・大紺屋・住屋・大栗原屋・鰯屋など尾道における政治や経済を動かした豪商たちが比護して栄えたといわれています。 |
HP | 清浄山光明寺 |
跨線橋
尾道市街地の線路沿いにはたくさんのお寺が点在しています。
そして線路沿いには各寺の道標が立っているので、ついつい立ち寄りたくなっちゃう!
どうやらこの跨線橋の先に海福寺と光明寺があるみたいだね。
そんなこんなで、立ち寄ることに。
って・・・
・・・・・ん゛ん゛ん゛⁉⁉
って、ちょっと待て!
この橋って、あれじゃん!
映画・転校生で小林聡美さんが爆走する橋じゃん!
まさかお寺巡りの前にロケ地巡りができてしまうとはね。
さすが映画の町!
そんなこんなで跨線橋を登りきると、海福寺と光明寺の分かれ道がありました。
そんなこんなで海福寺で参拝後、光明寺へ向かうことに。
ちなみに海福寺前の道は映画・ふたりととんでろじいちゃんのロケ地にもなってるんだって。
山門
●山門
●山門
・建立年不明
・瓦葺 切妻造 四脚門
まず最初に登場するのは山門。
このお寺の正式名称は清浄山 宝幢院 光明寺。
清浄山 宝幢院 光明寺と書いてしょうじょうざん ほうどういん こうみょうじと読みます。
宗派は浄土宗西山禅林寺派。
ちなみに尾道には浄土宗西山禅林寺派のお寺が3ヶ寺あります。
広島県内では浄土宗西山禅林寺派はそんなに多くないのに、尾道には3ヶ寺もあるんだ。
しかもこの3ヶ寺は結構近いエリアに点在しているというね。
果たして、この3ヶ寺の関係性はいかに。
ちなみに浄土宗西山禅林寺派の総本山は、紅葉やみかえり阿弥陀などで有名な京都・禅林寺(永観堂)です。
そんなこんなで、山門をくぐって境内へ。
どうやら境内は工事中のようです。
そんなこんなで、参道には工事車両用のスロープが設置されていました。
●参道
尾道は坂の町、そして路地の町です。
とにかく町には細い路地と階段が張り巡らされているため、平野部以外のエリアは車が通行できないところがほとんどです。
だから、ちょっとした工事でも大変そうだぁ。
尾道の線路沿いには小さなお寺が多いですが、このお寺はまあまあ広いです。
由緒によると、室町時代に村上水軍・宮地一族の帰依を受け、戦国時代には毛利氏が信仰し、さらに江戸時代には水軍から商人になった者が檀家になり、唐津屋・大紺屋・住屋・大栗原屋・鰯屋などの豪商たちが比護して栄えたといわれています。
もしかしたら、各時代の有力者から比護されてきたから広い寺領を維持できたのかな?
●鐘楼
●鐘楼
・建立年不明
・瓦葺 入母屋造
そんなこんなで、参道の階段を上りきると鐘楼が登場。
ちなみに鐘を突くことはできませんでした。
このお寺に限らず、尾道のお寺巡りでは鐘を鳴らせるお寺は多くありません。
●山門
・建立年不明
・瓦葺 切妻造 四脚門
まず最初に登場するのは山門。
このお寺の正式名称は清浄山 宝幢院 光明寺。
清浄山 宝幢院 光明寺と書いてしょうじょうざん ほうどういん こうみょうじと読みます。
宗派は浄土宗西山禅林寺派。
ちなみに尾道には浄土宗西山禅林寺派のお寺が3ヶ寺あります。
●尾道の浄土宗西山禅林寺派
①持光寺
②光明寺
③宝土寺
①持光寺
②光明寺
③宝土寺
広島県内では浄土宗西山禅林寺派はそんなに多くないのに、尾道には3ヶ寺もあるんだ。
しかもこの3ヶ寺は結構近いエリアに点在しているというね。
果たして、この3ヶ寺の関係性はいかに。
ちなみに浄土宗西山禅林寺派の総本山は、紅葉やみかえり阿弥陀などで有名な京都・禅林寺(永観堂)です。
そんなこんなで、山門をくぐって境内へ。
どうやら境内は工事中のようです。
そんなこんなで、参道には工事車両用のスロープが設置されていました。
●参道
尾道は坂の町、そして路地の町です。
とにかく町には細い路地と階段が張り巡らされているため、平野部以外のエリアは車が通行できないところがほとんどです。
だから、ちょっとした工事でも大変そうだぁ。
尾道の線路沿いには小さなお寺が多いですが、このお寺はまあまあ広いです。
由緒によると、室町時代に村上水軍・宮地一族の帰依を受け、戦国時代には毛利氏が信仰し、さらに江戸時代には水軍から商人になった者が檀家になり、唐津屋・大紺屋・住屋・大栗原屋・鰯屋などの豪商たちが比護して栄えたといわれています。
もしかしたら、各時代の有力者から比護されてきたから広い寺領を維持できたのかな?
●鐘楼
●鐘楼
・建立年不明
・瓦葺 入母屋造
そんなこんなで、参道の階段を上りきると鐘楼が登場。
ちなみに鐘を突くことはできませんでした。
このお寺に限らず、尾道のお寺巡りでは鐘を鳴らせるお寺は多くありません。
本堂
●本堂
●本堂
・1747年再建
・瓦葺 入母屋造
・総欅造
続いて、本堂で参拝。
総欅造の本堂は1747年に再建されたものなんだって。
このお寺には、延元元年(1336年)再建の棟札をはじめ、数々の再建棟札が保存されているそうですよ。
尾道は太平洋戦争での戦火を免れているため、こういった古いものがたくさん現存しています。
御本尊は阿弥陀如来さん。
お堂に上がることができなかったため拝顔することはできませんでした。
それにしても立派な扁額です。
どうやら扁額の題字は1729年に京都・宝鏡寺の門跡に書いてもらったものなんだとか。
ちなみに本堂は工事中でした。
どうやら、屋根の葺き替え工事をしているみたいですね。
●本堂
・1747年再建
・瓦葺 入母屋造
・総欅造
続いて、本堂で参拝。
総欅造の本堂は1747年に再建されたものなんだって。
このお寺には、延元元年(1336年)再建の棟札をはじめ、数々の再建棟札が保存されているそうですよ。
尾道は太平洋戦争での戦火を免れているため、こういった古いものがたくさん現存しています。
御本尊は阿弥陀如来さん。
お堂に上がることができなかったため拝顔することはできませんでした。
それにしても立派な扁額です。
どうやら扁額の題字は1729年に京都・宝鏡寺の門跡に書いてもらったものなんだとか。
ちなみに本堂は工事中でした。
どうやら、屋根の葺き替え工事をしているみたいですね。
庫裏
●庫裏●庫裏
・1688〜1703年建立
・瓦葺 切妻造
本堂の右後ろには扇形の格子窓が素敵な庫裏がありました。
御朱印はこちらで頂けます。
というか帰宅後に知ったのですが、事前に拝観予約をすると庫裏 → 方丈 → 本堂 → 宝物館の順で拝観できるそうです。
くぅ~、拝観したかった~!
ちなみに、光明寺の寺宝はこちら。
●千手観音立像(浪分観音)
・平安時代後期作
・像高 約106cm
・国指定重要文化財
村上海賊(水軍)で向島余崎の城主・島居資長さんが寄進。
島居資長の船中念持仏といわれ、通称・浪分観音と呼ばれているそうです。
江戸時代には海上安全を祈願する人々の信仰を集めていたんだとか。
このことが村上海賊(水軍)ゆかりの寺といわれる由縁で、2016年に日本遺産・よみがえる村上海賊の記憶の構成文化財に認定されたそうです。
●金銅聖観音立像
・奈良時代前期作
・像高 約30cm
・金銅仏
・重要美術品
奈良時代前期作で、尾道市内の仏像では現存最古のものといわれています。
●金銅阿弥陀三尊立像(善光寺如来)
・室町時代作
・阿弥陀如来像 像高 約57cm
・観世音菩薩像 像高 約39cm
・勢至菩薩像 像高 約38cm
・広島県指定有形文化財
足利義政の時代に、長野県・善光寺の御本尊(秘仏)を模刻した金銅仏。
当寺の住職・融印が安置したと伝えられています。
善光寺式阿弥陀三尊像の特徴は一光三尊で、このお寺の阿弥陀如来像の両手は刀印であるというあまり例がない仏像といわれています。
●絹本着色法然上人画像
・鎌倉時代作
・広島県指定有形文化財
この法然上人智恩の御影は日本三御影の1つといわれています。
●絹本着色地蔵菩薩十王画像
・1562年作
・広島県指定有形文化財
こちらは朝鮮王朝のものといわれています。
●絹本着色淡彩楊柳観音画像
・鎌倉時代初期作
・広島県指定有形文化財
こちらは中国のものといわれています。
●金銅蓮花輪宝文置説相箱
・1598年作
・広島県指定有形文化財
●絹本着色阿弥陀三尊来迎図
・南北朝時代作
・尾道市指定有形文化財
●絹本着色釈迦三尊十六善神画像
・尾道市指定有形文化財
●紺紙金字大般若波羅密多経
・尾道市指定有形文化財
こちらは平泉中尊寺の藤原秀衡の発願経といわれています。
陣幕久五郎のお墓
●陣幕久五郎のお墓
境内には第12代横綱・陣幕久五郎さんのお墓がありました。
てっきり尾道出身の力士かと思っていたら、出身は出雲国意宇郡(現・島根県松江市)なんだとか。
なんで尾道にお墓があるんだろう!?
どうやら陣幕久五郎さんは東京日本橋の自宅で亡くなったあと、尾道にある師匠・初汐久五郎のお墓のそばに自慢の白ヒゲが埋葬されたんだとか。
ということで、このお墓には遺骨は埋葬されてないみたいですね。
ちなみに、陣幕久五郎さんのお墓は、光明寺の他に東京都品川区の光取寺にもあるそうです。
●陣幕久五郎の手形石碑
陣幕久五郎さんのお墓の前には手形の石碑がありました。
当然デカい!
こんな手で張り手された日にゃ、首が吹っ飛んで地球を一周してしまいそう!
そんなことより、陣幕久五郎さんの通算成績がエグいんですよ!
なんと87勝5敗17分!
勝率はなんと9割4分6厘!
圧倒的というかほぼ無敵!
そのため負けず屋といわれていたそうです。
こりゃ大横綱だね。
その他、陣幕久五郎の師匠・初汐久五郎さんや、初汐の師匠・外海定五郎さんのお墓がありました。
境内には第12代横綱・陣幕久五郎さんのお墓がありました。
てっきり尾道出身の力士かと思っていたら、出身は出雲国意宇郡(現・島根県松江市)なんだとか。
なんで尾道にお墓があるんだろう!?
どうやら陣幕久五郎さんは東京日本橋の自宅で亡くなったあと、尾道にある師匠・初汐久五郎のお墓のそばに自慢の白ヒゲが埋葬されたんだとか。
ということで、このお墓には遺骨は埋葬されてないみたいですね。
ちなみに、陣幕久五郎さんのお墓は、光明寺の他に東京都品川区の光取寺にもあるそうです。
●陣幕久五郎の手形石碑
陣幕久五郎さんのお墓の前には手形の石碑がありました。
当然デカい!
こんな手で張り手された日にゃ、首が吹っ飛んで地球を一周してしまいそう!
そんなことより、陣幕久五郎さんの通算成績がエグいんですよ!
なんと87勝5敗17分!
勝率はなんと9割4分6厘!
圧倒的というかほぼ無敵!
そのため負けず屋といわれていたそうです。
こりゃ大横綱だね。
その他、陣幕久五郎の師匠・初汐久五郎さんや、初汐の師匠・外海定五郎さんのお墓がありました。
その他の見どころ
●薬師堂?
参道脇には薬師堂と思われるお堂と六地蔵さんがおられました。
ちなみに、尾道には六地蔵さんがいるお寺が多いです。
私が参拝したお寺には、なぜかほとんどと言っていいほど六地蔵さんがおられました。
●宝篋印塔
●宝篋印塔
・室町時代初期建立
・尾道市指定重要文化財
こちらは本堂横にある宝篋印塔です。
工事幕で全然見えませんが・・・(笑)
どうやらこちらは天台宗から浄土宗に改宗した道宗双救上人の宝篋印塔のようです。
●シンパク
●シンパク
・樹齢500年以上
・樹高 約16m
・尾道市指定天然記念物
こちらは本堂と庫裏の間にあるシンパクの木です。
ネットの情報によると尾道のパワースポット第1号に認定された木なんだとか。
その他、蟠龍の松という古木もあるそうですが・・・どこにあったんだろう(笑)
そんなこんなで、参拝終了。
参拝後、御朱印とともにお年玉を頂けました!
ご住職さま、この節はどうもありがとうございました。
ちなみに庫裏前の細路地を進むと宝土寺に到着できます(近道)
参道脇には薬師堂と思われるお堂と六地蔵さんがおられました。
ちなみに、尾道には六地蔵さんがいるお寺が多いです。
私が参拝したお寺には、なぜかほとんどと言っていいほど六地蔵さんがおられました。
●宝篋印塔
●宝篋印塔
・室町時代初期建立
・尾道市指定重要文化財
こちらは本堂横にある宝篋印塔です。
工事幕で全然見えませんが・・・(笑)
どうやらこちらは天台宗から浄土宗に改宗した道宗双救上人の宝篋印塔のようです。
●シンパク
●シンパク
・樹齢500年以上
・樹高 約16m
・尾道市指定天然記念物
こちらは本堂と庫裏の間にあるシンパクの木です。
ネットの情報によると尾道のパワースポット第1号に認定された木なんだとか。
その他、蟠龍の松という古木もあるそうですが・・・どこにあったんだろう(笑)
そんなこんなで、参拝終了。
参拝後、御朱印とともにお年玉を頂けました!
ご住職さま、この節はどうもありがとうございました。
ちなみに庫裏前の細路地を進むと宝土寺に到着できます(近道)
御朱印情報
●御朱印の種類
・光明寺の御朱印
●御朱印の受付場所
・庫裏
●御朱印の受付時間
・不明
●御朱印の料金
・300円
●期間限定・特別御朱印
・なし
●オリジナル御朱印帳
・あり
・2024年1月7日 参拝
・2024年1月 最終更新
ディープ尾道の観光記|昭和ノスタルジーな路地散歩|時を超えてさまよい人になる(広島県尾道市)
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参拝情報とアクセス
●開門時間
・不明
●拝観料
・無料
●最寄りの駅
・JR尾道駅から徒歩10分
●最寄りのバス停
・おのみちバス
芙美子像前 バス停から徒歩2分
・おのみちバス
渡場通り バス停から徒歩2分
●最寄りのIC
・山陽自動車道
尾道ICから車で20分
●駐車場
・なし
※光明寺には駐車場はありません。
ですので、参拝の際は近隣の有料駐車場を利用することになります。
・不明
●拝観料
・無料
●最寄りの駅
・JR尾道駅から徒歩10分
●最寄りのバス停
・おのみちバス
芙美子像前 バス停から徒歩2分
・おのみちバス
渡場通り バス停から徒歩2分
●最寄りのIC
・山陽自動車道
尾道ICから車で20分
●駐車場
・なし
※光明寺には駐車場はありません。
ですので、参拝の際は近隣の有料駐車場を利用することになります。