厳神社の御朱印~広島県大竹市小方1丁目18−1~

都道府県別
住 所広島県大竹市小方1丁目18−1
祭 神伊邪那岐神・伊邪那美神・宇迦之御魂神
由 緒1596~1614年に焼失した為、創建年は不詳。 しかし1369年再建という棟札が残っている事から、それ以前には存在していた神社らしい。江戸時代、広島城主・福島正則が、亀居城の守護神として尊崇。当時は、亀居城・本丸に鎮座していたが亀居城破却後に現在地(亀居城妙見丸)に遷座した。また厳宮大明神と称していた社名は、明治時代に厳神社と改称したらしい。
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境内入口から鳥居

福島正則が築城した亀居城に鎮座していた神社!

●注連柱・・・1906年建立
日露戦争凱旋記念として帰還兵士が建立。
●参道・石階段・・・石階段脇に写っている門が宮司さん宅です。
●参道・・・階段を上りきってからしばらくの間、広々参道を歩きます。参道脇から望む工業地帯は大竹ならではの風景。
●鳥居・・・1926年建立 両部鳥居
石造という事もありドッシリ感がハンパなかったです。
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拝殿

●拝殿・・・瓦葺き入母屋造
拝殿前は山肌の岩盤がむき出しになってました。 拝殿内の天井には新旧様々な絵馬や額などが飾られてました。あとスマートさのかけらもない龍の蟇股がステキでした。
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本殿

●本殿・・・銅板葺き一間社流造
神紋は厳島神社と同じ三つ盛り二重亀甲に剣花菱。社名からもわかるように厳島神社と縁が深い神社です。ちなみに厳神社と書いていつき神社と読みます。
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境内社

●疫神社・・・素戔嗚尊を祀る

●住吉神社・恵比寿神社・天満神社
住吉神社 → 底筒男命・中筒男命・表筒男命を祀る
恵比寿神社 → 事代主神・蛭子神を祀る
天満神社 → 菅原道真を祀る

●稲荷神社・・・宇迦之御魂神・天宇受売命・猿田毘古神を祀る
ちなみに猿田毘古神と天宇受売命は夫婦。

●益豊神社・・・大綿津見神を祀る

詳しい神様の系図を知りたい方はこちらへ。
わかりやすく説明してくれてます。

神様の家系図
神様の家系図を描いてみました。現在、神世七代からはじまり、欠史八代までの系図です。
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境内社

●狛犬・・・1845建立。
●石灯籠・・・境内には江戸期の石灯籠が複数点在してました。
●力石・・・江戸時代~明治時代まで若者達が力試しにこの石を持ち上げどれほど歩けるか競い合って遊んでいたらしい。重さは142.5kg・・・どうかしてる。
●奉納砲弾・・・奉納年不詳。
●亀居城・妙見丸跡・・・この神社は亀居城・妙見丸跡に鎮座してます。

境内からの景色

境内からは大竹コンビナートや宮島を望むことができます。

御朱印

御朱印は石階段脇の宮司さん宅で頂けます。

年間行事

祭事・神事

●歳旦祭・・・1月1日
●節分祭・・・2月3日
●氏子安全祈願祭・・・8月
●例祭・御湯立神事・・・10月第1日曜日
●七五三祭・・・11月15日

厳神社の地図

駐車場

駐車場はありますが神社に続く道はとても狭いのでご注意を。

ひと足のばして ~亀居城~

概 要1608年、広島城主・福島正則が広島城の支城として築城したお城。長門国・周防国に移封された毛利氏の上方への侵攻を防ぐ為に築かれたお城とのこと。その為、築城当時は海に面して港を備え山陽道を城内に取り込む構造となっていたらしい。しかし1611年、完成後わずか3年で破却。支城としては非常に巨大な堅城であった為、徳川家康の疑念を招いてしまったという。この一件が福島氏没落の一因になったともいわれている。

思ってたより立派なお城でした。確かに支城にしてはデカい気がしました。家康さんから疑念を招かれるのもわかるような気がしました。

●石垣の刻印・・・石垣には42種類264個の刻印が発見されているらしい。そのうち21種類が広島城の刻印と同型なんだって。

本日は本丸を始め、松の丸・なしの丸・有の丸・詰の丸・三の丸・二の丸・妙見丸(厳神社の境内)を散策して帰りました。その他、名古屋丸・捨の丸があったらしいのですが見事に見逃して帰りました。

その他、城内には大竹市出身の作詞家・石本美由起の詩碑が点在してました。詩碑探しをするのも楽しいかも知れません。

亀居城・本丸からの景色

大竹コンビナートを望む。夜景が綺麗そうだなぁ。
 

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