井口大歳神社の御朱印~神武天皇が船を繋いだ地~(広島県広島市西区井口)

所在地広島県広島市西区井口2丁目23
祭 神大歳神・須佐之男命・少名彦命・大山祇神・岩長姫命・宇麻志葦茅比古遅命
由 緒神武東征の際、神武天皇がこの地に立ち寄り船を繋いだそうです。そんなこんなで1024年、神武天皇が船を繋いだ場所を社地として創建したのがこの神社の始まりといいます。1913年、龍の口の胡子神社、小己斐島の小己斐明神、胡面の岩神社の3社を合祀。別名・活疱明神と呼ばれ、疱瘡の守護神として篤く信仰されていたそうです。
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神武天皇と神武東征とは?


●神武天皇とは
言わずと知れた初代天皇
天照大神の子孫です。

●神武東征とは
簡単にいうと日向・高千穂出身のカムヤマトイワレヒコ(神武天皇)が、
日向 → 宇佐 → 筑紫 → 安芸 → 吉備 → 浪速 → 熊野に進んで大和を征服して、橿原宮で即位した物語です。



↓詳しくはこちら↓
[22]神武東征
天下を治めるため、高千穂(宮崎)から東(奈良)へむかう アエズの子、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレヒコ)は、兄の五瀬命(イツセノミコト)と高千穂の宮で相談し、東の地で政治を行おうと船で日向を出て、まずは筑紫(福岡)に
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アクセス・駐車場情報

●アクセス・駐車場情報


この地域特有の、斜面に密集する住宅地に鎮座する神社です。
境内には数台ほどの駐車スペースがありますが、道幅がちょっと狭いのでお車で行かれる方はお気をつけてください(余計なお世話ってか)

JR山陽本線・新井口駅、もしくは広島電鉄宮島線・井口駅から徒歩15分程度なので、徒歩でも行けます(ほんと余計なお世話)

~画像はGoogle ストリートビューより~
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鳥居と狛犬

●神武天皇ゆかりの地

そんなこんなで、神武天皇が安芸(広島)に上陸する際、船を繋いだといわれる地に鎮座してます井口大歳神社に到着。

古事記・日本書紀に記載されていない伝説地のため、比定も肯定もできない・・・そこが逆にイイっ!
想像力が掻き立てられますなぁ(笑)
そんな神話浪漫に満ちた神社です。


●鳥居


鳥居は石製の明神鳥居。
鳥居前はビニールハウスがせまっており、極狭スペースになっております。

ちなみに井口と書いていのくちと読みます。


●狛犬

●狛犬
・1913年建立
・広島玉乗り型(尾道型)

広島といえばこの狛犬!
広島玉乗り型(尾道型)は、明治時代に一大ブームとなった狛犬で、北九州から瀬戸内海沿岸にかけてめちゃくちゃ多く分布しています。
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拝殿と本殿

●拝殿

●拝殿
・建立年不明
・瓦葺 入母屋造
・井口の総氏神

とっても小さな神社です。


神紋は、厳島神社と同じ三盛り二重亀甲に剣花菱
由緒に厳島神社との関係を記すことを書いてないので、なぜ神紋がこれなのかはわかりませんが、1913年に厳島神社にゆかりのある小己斐明神を合祀してますので、もしかしたらそちらが関係しているのかも???(すべて推測)


●本殿

●本殿
・建立年不明
・銅板葺 入母屋造

●主祭神
・大歳神・須佐之男命・少名彦命

●相殿神
・事代主神・大山祇神・岩長姫命・宇麻志葦茅比古遅命

1913年に胡子神社・小己斐明神・岩神社を合祀しただけあって、祭神の数が多めです。
その中でも、ニニギの不美人返却事件でお馴染みの岩長姫命が祀られているのがちょっと面白いなぁと思いました。
広島市内で岩長姫命を祀っている神社ってちょっと珍しいです。

↓こちらにニニギの不美人返却事件のことを書いてます。↓
木華佐久耶比咩神社の御朱印~岡山県倉敷市福江1671−4~
住 所岡山県倉敷市福江1671−4祭 神木華佐久耶比咩命・大山祇命・大名持命(大国主命)由 緒平安時代初期に創建した神社で、備前国式外128社の内の1つらしい。中世~明治時代、熊野五流一山の修験道場として...

本殿は、光沢のある塗料のせいで、木製なのにどこかしらプラスティックな風合い。


ちなみに、境内のクロガネモチアラカシ・ヤブツバキ・ヤブニッケイなどの木はこの地方の自然植生とのことです。

かつては森に囲まれていたそうですよ。
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境内社

●胡子神社

●胡子神社
・建立年不明
・銅板葺 流造
・事代主神を祀る


胡子神社の狛犬です。
顔はオッサンだけど体は幼児体型。
可愛いなぁ~。


●天手力雄神

アマテラスの岩戸隠れでお馴染みのタヂカラオが祀られてます。

古事記では天手力男神。
日本書紀では天手力雄神

岩長姫命に続き、広島市内にて天手力雄神を祀る神社って珍しいですね。


そんなことより、天手力雄神の運気がこもった石が祀られてました。
ナデナデすると全ての願いに通ずる勝運を手に入れることができるという!

ということでナデナデ。


境内にはタヂカラオの名場面が描かれた漫画がありました。

タヂカラオは、古事記の岩戸隠れの際、岩戸からアマテラスを引きずり出した神様です。

それにしても、ウズメが服を着てるのが残念(笑)

↓こちらにアマテラスの岩戸隠れのことを書いてます。↓
[7]天の岩屋戸に隠れるアマテラス
スサノオのいたずらは、一向におさまらず、死者がでた。アマテラスはショックを受け、天の岩屋戸に隠れてしまった。アマテラスを岩屋戸ならつれ出すために神々が協力して作戦を実行する。


●縁結びの池

・・・なんだこれ???


説明板には
大国主の命 多邇具久(蟇蛙)に久延比古(かかし)を呼び 少名彦神知る
と書いてありました。

なんか聞いたことのあるワードだらけ・・・

まさかとは思いましたが、なんと古事記の物知りクエヒコのストーリーをたった28文字でまとめ上げてるという!
まとめ力すごい(笑)

ちなみに物知りクエヒコのことを詳しく書くとこんな感じです。

大国主の前にガガイモの船に乗って謎の神様がやってきました。
大国主が『あれは誰だい?』と付き人に問いましたが、誰も名前を知りませんでした。

するとヒキガエルの多邇具久が『物知りの久延毘古(クエヒコ)なら知っているかも!』と言いました。
そんなこんなで、久延毘古に問うてみると『彼の名は少彦名です』と答えました。

ちなみに久延毘古とは山田のそほど(かかし)のことです。
そんなこんなで、久延毘古はカカシを神格化した神様といわれており、田の中に立って1日中世の中を見ていることから、どこへも足を運ばなくても世の中のことを全て知っているとして 知恵・学問の神とされ、受験生などから崇敬を集めています。

↓こちらに国造り神話に登場する久延毘古のことを書いてます。↓
[14]大国主の国造り
少名毘古那(スクナビコナ) 大国主(オオクニヌシ)は出雲の美保崎にいる時、小さな神がやってきたんだ。 その小さな神は、一寸法師のように小さなガガイモの実の殻の船に乗り、蛾の服を着ていたよ。 名前を聞いても答えないもんだか

そんなこんなで、池のほとりにはヒキガエルの多邇具久久延比古(かかし)がおられました。

なんだなんだ、この神社楽しいぞ(笑)
やけに、古事記密度が高い神社です!

ムクの木と吹き火(花火)

●ムクの木

●ムクの木
・樹齢 約500年


70年くらい前、この木の洞の中にフクロウが住んでいたそうです。
そんなこんなで、ムクの木の横にはフクロウの像がありました。

洞の大きさは直径40cm。深さは1m。
その洞の中で、フクロウが番いで住み、子育てをしていたといわれてます。


●吹き火(花火)

毎年、秋の例大祭では吹き火が行われるそうです。
吹き火とは、火薬を込めた竹筒から火が吹き出す花火のことです。

●吹き火の由来
1865~1867年、徳川幕府が長州征伐をした際、その一隊が井口村に留まり、銃砲に用いる火薬を作るための釜場を築いたそうです。その時に、吹き火の技術が村人に伝わって現在に至るそうです。

●例大祭・吹き火の日時
・10月の第3土・日曜日
吹き火と神楽の奉納は土曜日の前夜祭・午後7時半頃

●井口十二神祇神楽の由来
1783~1785年、井口村で疫病や飢饉が続いたそうです。
その際、村の氏神様・大歳神社に疫病祓いや五穀豊穣を祈願し、神楽を奉納したのが井口十二神祇神楽の始まりといわれてます。


境内を散策中、焦げた竹筒を発見!
もしかして吹き火のヤツ???

御朱印情報

●御朱印情報

御朱印は社務所で頂きました。


宮司さんは社務所に常駐してないようなので、事前に連絡して伺った方がいいかもしれません。
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井口大歳神社の地図

 

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