所在地 | 宮崎県西諸県郡高原町蒲牟田6437 |
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祭 神 | 主祭神 伊弉諾尊・伊弉冉尊 配祀神 天照大神・瓊瓊杵尊・天忍穂耳尊 彦火火出見尊・鵜葺草葺不合尊 神日本磐余彦尊 |
由 緒 | 紀元前97年~紀元前68年、崇神天皇の時代に霧島山を信仰の対象として創始された神社。 ニニギが初めて祖先の神々を祀った場所に鎮座しているといわれています。 947~957年、天台宗の僧・性空上人が別当寺である錫杖院を建立。そして、修験者の拠点になったといいます。飛び地境内である高千穂峰の山頂に突き立つ天逆鉾は、イザナギとイザナミが突き立てたとも、ニニギが突き立てたともいわれています。 |
Contents
霧島東神社とは?
●境内入口
霧島六社権現の1社であります霧島東神社に到着。
この神社の創始は紀元前97年~紀元前68年という超古社!
もともとは霧島山を信仰の対象としていたといいます。
947〜957年、天台宗の僧・性空上人が霧島山で修行をし、霧島山の周囲6ヶ所に鎮座する神社に別当寺を建立。
その6社寺は霧島六社権現と呼ばれ、神仏習合の形態をとることに。
そして、霧島修験道の根本道場の拠点になったといいます。
そんなこんなで、霧島東神社の別当寺は錫杖院。
錫杖院は、千手観世音菩薩を本尊とし、最盛期には360名以上の山伏行者が山内に宿坊を営み、そして社寺の護持に勤めていたといいます。
霧島六社権現の1社であります霧島東神社に到着。
この神社の創始は紀元前97年~紀元前68年という超古社!
もともとは霧島山を信仰の対象としていたといいます。
947〜957年、天台宗の僧・性空上人が霧島山で修行をし、霧島山の周囲6ヶ所に鎮座する神社に別当寺を建立。
その6社寺は霧島六社権現と呼ばれ、神仏習合の形態をとることに。
そして、霧島修験道の根本道場の拠点になったといいます。
●霧島六社権現とは?
①霧島神宮
・西御在所霧島権現
・別当 華林寺
②東霧島神社
・東霧島権現
・別当 勅詔院
③ 狭野神社
・狭野大権現
・別当 神徳院
④ 霧島東神社
・東御在所霧島権現
・別当 錫杖院
⑤ 霧島岑神社
・霧島中央権現
・別当 瀬多尾寺
⑥ 夷守神社
・雛守権現
・別当 宝光院
※ 夷守神社は霧島岑神社と合祀したため現在は5社となっております。
①霧島神宮
・西御在所霧島権現
・別当 華林寺
②東霧島神社
・東霧島権現
・別当 勅詔院
③ 狭野神社
・狭野大権現
・別当 神徳院
④ 霧島東神社
・東御在所霧島権現
・別当 錫杖院
⑤ 霧島岑神社
・霧島中央権現
・別当 瀬多尾寺
⑥ 夷守神社
・雛守権現
・別当 宝光院
※ 夷守神社は霧島岑神社と合祀したため現在は5社となっております。
そんなこんなで、霧島東神社の別当寺は錫杖院。
錫杖院は、千手観世音菩薩を本尊とし、最盛期には360名以上の山伏行者が山内に宿坊を営み、そして社寺の護持に勤めていたといいます。
鳥居と神門と参道
●鳥居
●鳥居
・建立年不明
・両部鳥居
そんなこんなで、参拝開始。
笠木は黒。
島木は白。
貫・額束・柱は朱色。
このタイプの鳥居は、霧島・大隅・薩摩地方でよく見られる鳥居です。
鹿児島に近いからか、この宮崎でもちょいちょいこのタイプの鳥居に出会うことがありました。
それにしても、この3色鳥居にはどんな意味があるんだろうねぇ???
朱色は魔除けの色といいますし、
白は清浄や浄化、
黒は天、すなわち神様の住む世界といいますし。
なんだかこの鳥居だけで、神社の全てを表現しているような・・・そんなことを思ったひと時でした。
●参道
そんなこんなで、鳥居をくぐると参道に突入。
この霧島東神社は、高千穂峰の中腹・標高約500mのところに鎮座する神社です。
山奥に鎮座しているせいか、ゴールデンウィークなのに数名の参拝者しかいませんでした。
そのせいもあってか、とても神々しく感じる参道でした。
なんだか空気が身体に良さそう。
神成分とイオン成分が混じり合って、空気に栄養がありそうだ。
●門杉
参道を上りきると神門前に到着。
神門前には2本の杉がそびえ立っていました。
その2本の杉には注連縄が懸けられていて、その姿はまるで注連柱のようでした。
もともと自然崇拝から始まったこの神社。
自然と神と人間が融合した風景に、否が応でも背筋がピシっとします。
そして2本の杉の間には小さな橋が架けられていました。
これは一体・・・
もしかしたら、根っこを踏ませないための配慮なのかも?
そんなこんなで、深く1礼して橋を渡りました。
●神門
●神門
・建立年不明
・銅板葺 軒唐破風 切妻造
・三間一戸 八脚門
橋を渡るとすぐ神門に到着。
三間一戸の八脚門なのですが、両サイドの外側には壁がなく、かなり変則的な八脚門となっておりました。
ちょっとだけ向唐門の成分もあり、なんとも不思議な門でしたよ。
そんなことより、神門の扉には大きな輪宝マークが!
なんと、この輪宝は霧島東神社の神紋なんだって!
神社なのに仏具を神紋にするのって珍しいですね!
かつて霧島修験道の根本道場として栄えた神社だけあって、神仏習合の影響をもろに感じた風景でしたよ。
●参道 猿田彦神社
そんなこんなで、神門をくぐると参道脇に猿田彦神社が登場。
その名の通り、サルタヒコさんを祀る神社です。
この霧島東神社が鎮座する高千穂峰は、ニニギさんが天降った、いわゆる天孫降臨の地です。
天孫降臨の際、ニニギさんを道案内したのがこのサルタヒコさん。
そんなこんなで、サルタヒコさんはこの霧島の地に深〜い関係をもつ神様なのですが、意外にも霧島六社権現の中でサルタヒコさんが祀られているのは、この霧島東神社だけだという!
●参道 門守社
●門守社
・建立年不明
・銅板葺 一間社流造
あと参道には豊磐間戸神と櫛磐間戸神を祀る門守社がありました。
・豊磐間戸神 → トヨイワマドの神
・櫛磐間戸神 → クシイワマドの神
と読みます。
ちなみにこの2神は、アマテラスが天岩戸から出たあと新殿に遷座した際、殿の門を守衛した神様です。
神社の随身門でお祀りされる神様です。
お寺でいう仁王さんみたいな役割のお方です。
●鳥居
・建立年不明
・両部鳥居
そんなこんなで、参拝開始。
笠木は黒。
島木は白。
貫・額束・柱は朱色。
このタイプの鳥居は、霧島・大隅・薩摩地方でよく見られる鳥居です。
鹿児島に近いからか、この宮崎でもちょいちょいこのタイプの鳥居に出会うことがありました。
それにしても、この3色鳥居にはどんな意味があるんだろうねぇ???
朱色は魔除けの色といいますし、
白は清浄や浄化、
黒は天、すなわち神様の住む世界といいますし。
なんだかこの鳥居だけで、神社の全てを表現しているような・・・そんなことを思ったひと時でした。
●参道
そんなこんなで、鳥居をくぐると参道に突入。
この霧島東神社は、高千穂峰の中腹・標高約500mのところに鎮座する神社です。
山奥に鎮座しているせいか、ゴールデンウィークなのに数名の参拝者しかいませんでした。
そのせいもあってか、とても神々しく感じる参道でした。
なんだか空気が身体に良さそう。
神成分とイオン成分が混じり合って、空気に栄養がありそうだ。
●門杉
参道を上りきると神門前に到着。
神門前には2本の杉がそびえ立っていました。
その2本の杉には注連縄が懸けられていて、その姿はまるで注連柱のようでした。
もともと自然崇拝から始まったこの神社。
自然と神と人間が融合した風景に、否が応でも背筋がピシっとします。
そして2本の杉の間には小さな橋が架けられていました。
これは一体・・・
もしかしたら、根っこを踏ませないための配慮なのかも?
そんなこんなで、深く1礼して橋を渡りました。
●神門
●神門
・建立年不明
・銅板葺 軒唐破風 切妻造
・三間一戸 八脚門
橋を渡るとすぐ神門に到着。
三間一戸の八脚門なのですが、両サイドの外側には壁がなく、かなり変則的な八脚門となっておりました。
ちょっとだけ向唐門の成分もあり、なんとも不思議な門でしたよ。
そんなことより、神門の扉には大きな輪宝マークが!
なんと、この輪宝は霧島東神社の神紋なんだって!
神社なのに仏具を神紋にするのって珍しいですね!
かつて霧島修験道の根本道場として栄えた神社だけあって、神仏習合の影響をもろに感じた風景でしたよ。
●参道 猿田彦神社
そんなこんなで、神門をくぐると参道脇に猿田彦神社が登場。
その名の通り、サルタヒコさんを祀る神社です。
この霧島東神社が鎮座する高千穂峰は、ニニギさんが天降った、いわゆる天孫降臨の地です。
天孫降臨の際、ニニギさんを道案内したのがこのサルタヒコさん。
そんなこんなで、サルタヒコさんはこの霧島の地に深〜い関係をもつ神様なのですが、意外にも霧島六社権現の中でサルタヒコさんが祀られているのは、この霧島東神社だけだという!
●参道 門守社
●門守社
・建立年不明
・銅板葺 一間社流造
あと参道には豊磐間戸神と櫛磐間戸神を祀る門守社がありました。
・豊磐間戸神 → トヨイワマドの神
・櫛磐間戸神 → クシイワマドの神
と読みます。
ちなみにこの2神は、アマテラスが天岩戸から出たあと新殿に遷座した際、殿の門を守衛した神様です。
神社の随身門でお祀りされる神様です。
お寺でいう仁王さんみたいな役割のお方です。
拝殿と本殿
●拝殿
●拝殿
・1722年再建
・銅板葺 唐破風向拝 入母屋造
・霧島六社権現の1社
そんなこんなで、拝殿に到着。
現在の社殿は1722年の再建。
この霧島東神社は、度重なる霧島山の噴火により、幾度となく再建を繰り返してきた神社なんだって。
つい2ヶ月前、霧島山(新燃岳)が噴火したばっかりなのでちょっと心配しておりましたが、どうやら大きな被害はなかったみたいなので安心しました。
●拝殿の扁額
・1666年作
・島津光久が寄進
拝殿には東霧島坐と書かれた扁額が掲げられていました。
この扁額は、薩摩藩2代藩主・島津光久さんが寄進したものなんだって。
木鼻は獅子と象。
蟇股に松。
唐破風には牡丹と雲が彫刻されていました。
なんだか落雁みたいな色合いで、ちょっとヨダレが出そうになりました。
あと、見事に見逃して帰りましたが、拝殿内奥の向拝柱には雌雄一対の龍柱があるそうですよ。
●本殿
●本殿
・1722年再建
・銅板葺 流造
続いて、本殿へ。
●主祭神
・伊弉諾尊
・伊弉冉尊
●配祀神
・天照大神・瓊瓊杵尊
・天忍穂耳尊・彦火火出見尊
・鵜葺草葺不合尊(神武天皇の父)
・神日本磐余彦尊(神武天皇)
本殿はなんとガラス張り!
と思ったら、どうやらこちらは覆屋でした。
ガラスの反射で中の様子を確認することができませんでしたが、きっと覆屋の中に1722年再建の本殿があると思われます。
もしかしたら、この覆屋は火山灰対策なのかな?
ちなみに本殿の屋根にも神紋の大日輪宝がありました。
そんなこんなで、しばらく社殿を眺めながら黄昏タイム。
もしかしてこれは・・・権現造?
調べてみると、やっぱり権現造でした。
気付くの遅っ。
●脇社
あと、本殿の両サイドには火闌降尊と火明尊を祀る脇社もありましたよ。
●拝殿
・1722年再建
・銅板葺 唐破風向拝 入母屋造
・霧島六社権現の1社
そんなこんなで、拝殿に到着。
現在の社殿は1722年の再建。
この霧島東神社は、度重なる霧島山の噴火により、幾度となく再建を繰り返してきた神社なんだって。
つい2ヶ月前、霧島山(新燃岳)が噴火したばっかりなのでちょっと心配しておりましたが、どうやら大きな被害はなかったみたいなので安心しました。
●拝殿の扁額
・1666年作
・島津光久が寄進
拝殿には東霧島坐と書かれた扁額が掲げられていました。
この扁額は、薩摩藩2代藩主・島津光久さんが寄進したものなんだって。
木鼻は獅子と象。
蟇股に松。
唐破風には牡丹と雲が彫刻されていました。
なんだか落雁みたいな色合いで、ちょっとヨダレが出そうになりました。
あと、見事に見逃して帰りましたが、拝殿内奥の向拝柱には雌雄一対の龍柱があるそうですよ。
●本殿
●本殿
・1722年再建
・銅板葺 流造
続いて、本殿へ。
●主祭神
・伊弉諾尊
・伊弉冉尊
●配祀神
・天照大神・瓊瓊杵尊
・天忍穂耳尊・彦火火出見尊
・鵜葺草葺不合尊(神武天皇の父)
・神日本磐余彦尊(神武天皇)
本殿はなんとガラス張り!
と思ったら、どうやらこちらは覆屋でした。
ガラスの反射で中の様子を確認することができませんでしたが、きっと覆屋の中に1722年再建の本殿があると思われます。
もしかしたら、この覆屋は火山灰対策なのかな?
ちなみに本殿の屋根にも神紋の大日輪宝がありました。
そんなこんなで、しばらく社殿を眺めながら黄昏タイム。
もしかしてこれは・・・権現造?
調べてみると、やっぱり権現造でした。
気付くの遅っ。
●脇社
あと、本殿の両サイドには火闌降尊と火明尊を祀る脇社もありましたよ。
天狗堂と神龍泉と御池など
●天狗堂
●天狗堂
・建立年不明
・銅板葺 一間社流造
・霧嶋山大津坊を祀る
その他、境内には霧島山大津坊という天狗を祀る社がありました。
これもまた神仏習合の名残ですね。
●神龍乃泉社
天狗堂の前には霧島九頭龍王を祀る神龍泉もありました。
この泉は龍神の安息池なんだって。
古来より霊泉として効能があるそうですよ。
しかし!
東方からこの泉に女人の影が映ると、たちまちのうちに異変が起こるといわれています!
((((;゚Д゚)))))))
こんなの怖くてのぞけない!
●御池
ちなみに境内からは龍が棲んでいるといわれる御池を望むことができます。
この御池には、霧島山岳信仰の基盤を作った性空上人が池のほとりで修業をしている際、九頭龍が現れて宝珠を渡したという伝説が残ってるんだって。
●御池
・直径 約1km
・周囲 約3.9km
・深さ 約100m
御池は、約4600年前におこった噴火の火口に地下水が溜まって出来た火山湖なんだって。
なんと!
幼少時代の神武天皇が御池の水辺で遊んだという伝説が残ってるという!
ちなみに御池、ならびに霧島東神社の近くには、神武天皇が誕生した際に身体を祓い清めた祓原と祓川があります。
●性空上人の開山碑
参道脇には、霧島山岳信仰の基盤を作った性空上人の開山碑がありました。
●祓所
性空上人の開山碑の前には祓戸大神を祀る祓所もありました。
●天狗堂
・建立年不明
・銅板葺 一間社流造
・霧嶋山大津坊を祀る
その他、境内には霧島山大津坊という天狗を祀る社がありました。
これもまた神仏習合の名残ですね。
●神龍乃泉社
天狗堂の前には霧島九頭龍王を祀る神龍泉もありました。
この泉は龍神の安息池なんだって。
古来より霊泉として効能があるそうですよ。
しかし!
東方からこの泉に女人の影が映ると、たちまちのうちに異変が起こるといわれています!
((((;゚Д゚)))))))
こんなの怖くてのぞけない!
●御池
ちなみに境内からは龍が棲んでいるといわれる御池を望むことができます。
この御池には、霧島山岳信仰の基盤を作った性空上人が池のほとりで修業をしている際、九頭龍が現れて宝珠を渡したという伝説が残ってるんだって。
●御池
・直径 約1km
・周囲 約3.9km
・深さ 約100m
御池は、約4600年前におこった噴火の火口に地下水が溜まって出来た火山湖なんだって。
なんと!
幼少時代の神武天皇が御池の水辺で遊んだという伝説が残ってるという!
ちなみに御池、ならびに霧島東神社の近くには、神武天皇が誕生した際に身体を祓い清めた祓原と祓川があります。
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●性空上人の開山碑
参道脇には、霧島山岳信仰の基盤を作った性空上人の開山碑がありました。
●祓所
性空上人の開山碑の前には祓戸大神を祀る祓所もありました。
天逆鉾
●天逆鉾
~画像は説明板より~
霧島東神社が鎮座する高千穂峰は、天孫降臨の際、ニニギさんが天降った地として知られています。
なんと!
この霧島東神社は、高千穂峰の山頂を飛び地境内としており、山頂に突き刺さる天逆鉾を社宝として祀ってるんだと!
この天逆鉾は、ニニギさんが突き立てたとも、イザナギ・イザナミさんが突き立てたともいわれる神話浪漫ビンビンの鉾なんです!
天逆鉾が突き立てられた時期は定かではありませんが、少なくとも江戸時代には存在していたんだって。
江戸時代末期、坂本龍馬が日本初といわれる新婚旅行で霧島連山を訪れた際、高千穂峰に登って天逆鉾を引っこ抜いてしまったという伝説があります! ・・・さすが大物!
その後、天逆鉾は火山の噴火で折れてしまったため、現在の天逆鉾はレプリカだという・・・。
しかし!
全てがレプリカというわけではなく、オリジナルの柄の部分は現在も地中に残ってるという!
刃の部分は島津家に献上され荒武神社に奉納されましたが、その後、様々な人の手に渡り、現在は行方不明になってるんだって・・・嗚呼。
ちなみに霧島東神社には、高千穂峰の登山口があります。
霧島東神社から高千穂峰の山頂(標高1574m)までは、約3時間~3時間半といわれています。
下りは2時間半らしいです。
ということで、霧島東神社からの登山は初心者にはちょっとしんどいコースになりそうです。
しかし、高千穂河原ビジターセンターからのルートで登ると、登り1時間半。
下りは1時間らしいです。
ということで、高千穂峰(天逆鉾)登山をしてきました!
こちらが高千穂峰(天逆鉾)の登拝記です。
●霧島連山とは?
●霧島連山とは?
最高峰の韓国岳(1700m)を中心として
天孫降臨の舞台となった高千穂峰(1574m)
新燃岳(1421m)白鳥山(1363m)
甑岳(1301m)など23の火山で成り立つ山の総称です。
~画像は説明板より~
霧島東神社が鎮座する高千穂峰は、天孫降臨の際、ニニギさんが天降った地として知られています。
なんと!
この霧島東神社は、高千穂峰の山頂を飛び地境内としており、山頂に突き刺さる天逆鉾を社宝として祀ってるんだと!
この天逆鉾は、ニニギさんが突き立てたとも、イザナギ・イザナミさんが突き立てたともいわれる神話浪漫ビンビンの鉾なんです!
天逆鉾が突き立てられた時期は定かではありませんが、少なくとも江戸時代には存在していたんだって。
江戸時代末期、坂本龍馬が日本初といわれる新婚旅行で霧島連山を訪れた際、高千穂峰に登って天逆鉾を引っこ抜いてしまったという伝説があります! ・・・さすが大物!
その後、天逆鉾は火山の噴火で折れてしまったため、現在の天逆鉾はレプリカだという・・・。
しかし!
全てがレプリカというわけではなく、オリジナルの柄の部分は現在も地中に残ってるという!
刃の部分は島津家に献上され荒武神社に奉納されましたが、その後、様々な人の手に渡り、現在は行方不明になってるんだって・・・嗚呼。
ちなみに霧島東神社には、高千穂峰の登山口があります。
霧島東神社から高千穂峰の山頂(標高1574m)までは、約3時間~3時間半といわれています。
下りは2時間半らしいです。
ということで、霧島東神社からの登山は初心者にはちょっとしんどいコースになりそうです。
しかし、高千穂河原ビジターセンターからのルートで登ると、登り1時間半。
下りは1時間らしいです。
ということで、高千穂峰(天逆鉾)登山をしてきました!
こちらが高千穂峰(天逆鉾)の登拝記です。
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●霧島連山とは?
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最高峰の韓国岳(1700m)を中心として
天孫降臨の舞台となった高千穂峰(1574m)
新燃岳(1421m)白鳥山(1363m)
甑岳(1301m)など23の火山で成り立つ山の総称です。
石の天逆鉾
●石の天逆鉾
ちなみに境内には石の天逆鉾というものがありました!
その昔、1人の男性が天逆鉾を担いで高千穂峰から祓川まで降りてきたという事件があったんだって。
祓川の人々は男を問い詰めて、何とか無事に逆鉾を取り戻したそうです。
しかし突如、その男は姿を消したという・・・。
そんなこんなで、人々はこの逆鉾が自らの意思で降りてきたのだと思い、逆鉾を山頂に返し、その代わり石で逆鉾を作って祓川に祀ったといいます。
その後、現在地に移設したのが、この石の天逆鉾なんだって。
●境内からの景色
それにしても、ものすごいジオっぷり!
行ったことないけど恐竜時代みたいだ!
●境内の風景
いやはや、素敵な神社でした。
神道ありーの権現信仰ありーの天狗信仰ありーの龍神信仰ありーので盛りだくさんな時間を過ごすことができました。
ちなみに境内には石の天逆鉾というものがありました!
その昔、1人の男性が天逆鉾を担いで高千穂峰から祓川まで降りてきたという事件があったんだって。
祓川の人々は男を問い詰めて、何とか無事に逆鉾を取り戻したそうです。
しかし突如、その男は姿を消したという・・・。
そんなこんなで、人々はこの逆鉾が自らの意思で降りてきたのだと思い、逆鉾を山頂に返し、その代わり石で逆鉾を作って祓川に祀ったといいます。
その後、現在地に移設したのが、この石の天逆鉾なんだって。
●境内からの景色
それにしても、ものすごいジオっぷり!
行ったことないけど恐竜時代みたいだ!
●境内の風景
いやはや、素敵な神社でした。
神道ありーの権現信仰ありーの天狗信仰ありーの龍神信仰ありーので盛りだくさんな時間を過ごすことができました。
御朱印情報
●御朱印の種類
・霧島東神社の御朱印
●御朱印の受付場所
・社務所
●御朱印の受付時間
・不明
●御朱印の料金
・300円
●期間限定・特別御朱印
・なし
●オリジナル御朱印帳
・なし
・2018年5月5日 参拝
・2021年4月 更新
・霧島東神社の御朱印
●御朱印の受付場所
・社務所
●御朱印の受付時間
・不明
●御朱印の料金
・300円
●期間限定・特別御朱印
・なし
●オリジナル御朱印帳
・なし
・2018年5月5日 参拝
・2021年4月 更新
参拝情報とアクセス
●開門時間
・不明
●定休日
・無休
●拝観料
・無料
●最寄りのIC
・宮崎自動車道
高原ICから車で15分
●駐車場
・無料の専用駐車場あり
・不明
●定休日
・無休
●拝観料
・無料
●最寄りのIC
・宮崎自動車道
高原ICから車で15分
●駐車場
・無料の専用駐車場あり
霧島東神社の地図
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