別宮大山祇神社の御朱印~伊予国一宮・大山祇神社の別宮~(愛媛県今治市)

所在地愛媛県今治市別宮町3丁目6−1
祭 神大山積大神
札 所新四国曼荼羅霊場 第40番
由 緒703年、伊予国主・越智玉澄が文武天皇の勅命を受けて大三島に大山積明神を勧請し、大山祇神社と24坊の別当寺を建立。しかし、大三島に行くには海を渡らないと行けないため、712年に大山祇神社の別宮として伊予国・越智郡日吉村に創建したのがこの神社の始まりといいます。同時に別当寺院として8坊を移したそうです。それまで四国八十八ヶ所の55番札所は大三島の大山祇神社でしたが、参拝が不便なため別宮大山祇神社(光明寺)が札所になったそうです。1551年、落雷で社殿を焼失。その後、1575年に再建。江戸時代には藤堂高虎をはじめ、歴代今治藩主の保護を受けて繁栄したそうです。1945年、米軍の空襲を受けて社殿のほとんどを焼失しましたが、拝殿は焼失を免れたそうです。
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鳥居と狛犬

●鳥居

四国八十八ヶ所・第55番札所の南光坊の隣に鎮座しています別宮大山祇神社に到着。

別宮大山祇神社と書いてべっくおおやまづみ神社と読みます。

もともとは、この別宮大山祇神社四国八十八ヶ所第55番札所でしたが、明治時代の神仏分離により南光坊別宮大山祇神社分離

そして55番札所は南光坊が引き継ぐことになったんだって。

現在も南光坊と別宮大山祇神社をお参りする両所参りが習わしとのことなので、四国遍路の途中に立ち寄ってみました。

●別宮大山祇神社の由緒


703年、伊予国主・越智玉澄が文武天皇の勅命を受けて、瀬戸内海に浮かぶ大三島に大山積明神を勧請し、大山祇神社と24坊の別当寺を建立しました。


しかし、海を渡らないと参拝に行けないため、712年に大山祇神社の別宮として現在地に別宮大山祇神社を創建。
それがこの神社の始まりといわれています。

同時に別当寺院として、大三島の8坊を現在地へ移転したそうです。

それまで四国八十八ヶ所の55番札所は大三島の大山祇神社でしたが、参拝不便なため別宮大山祇神社(光明寺)が四国八十八ヶ所第55番札所となりました。

大三島から移された8坊はしばらく存続していましたが、1573~1592年に伊予国全土を襲った長宗我部氏の軍勢により焼き払われてしまったという。。

しかし、南光坊だけは大山祇神社の別当寺として再建されました。


その後1868年、神仏分離により南光坊別宮大山祇神社は分離。

そして四国八十八ヶ所第55番札所南光坊が引き継ぐこととなり、現在に至ります。
大山祇神社の御朱印~山祇神社・三島神社の総本社~(愛媛県今治市大三島町)
所在地愛媛県今治市大三島町宮浦3327祭 神大山積神(三島大明神)社 格・式内社(名神大)・伊予国一宮・旧国幣大社・別表神社由 緒伊予国風土記によると、仁徳天皇の時代、百済より摂津国に大山祇神を...

現在は瀬戸大橋が繋がっているので、大三島と四国の行き来は容易ですが、昔の人は舟での往来だったので参拝するのは大変だったしょうねぇ。

とか思いつつ参拝開始。


●狛犬

●狛犬
・1830年奉納

鳥居の両サイドには江戸時代後期に奉納された狛犬ちゃんがおられました。

垂れ耳でお座り型。
繋がった眉毛とグリグリお目々。
尻尾は浪速狛犬のトレードマークである扇尾。

ということで、おそらくこちらは浪速型の狛犬と思われます。
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拝殿と本殿

●拝殿

●拝殿
・1575年再建
・檜皮葺 平入り切妻造
・来島通総が寄進
・愛媛県指定有形文化財

続いて、拝殿で参拝。

いい味出てるなぁ~と思ったら、なんとこちらは戦国時代に再建された社だという。

1573~1592年の長宗我部軍の戦火からも、1945年の今治空襲からも生き残った貴重な遺構となっております。


この拝殿は、1575年に来島城主の来島通総さんが再建したものといわれています。

江戸時代には藤堂高虎はじめ、歴代の今治藩主が社領寄進・社殿再建・修理を行うなどして維持に努めたそうです。

その後、1937年の新社殿造営に際に別の場所へ移築され、絵馬殿として使われることになったんだって。

しかし、1945年の今治空襲で新社殿が焼失。。

ということで、再び現在地へ移築し、拝殿として復活したんだって。

ちなみにこの拝殿は、この地方唯一の純和様神社建築として貴重なものらしいですよ。
そんなこんなで、愛媛県の有形文化財に指定されています。


拝殿正面がガラス戸になっているのがちょっと残念ですが、素敵な建物でした。


ちなみに拝殿前の橋(?)には社紋であります隅切三(折敷に三文字紋)がありました。

隅切三の紋は大山祇神社の社紋であるとともに、伊予の豪族・河野氏の家紋でもあります。

そして、時宗の開祖・一遍上人河野通信の孫ということで、時宗の宗紋も河野氏の家紋と同じ隅切三を使用しています。

ちなみに、四国の瀬戸内海沿岸部には大山祇神社を勧請した神社が多いので、隅切三の社紋に出会うことが多いです。


●本殿

●本殿
・建立年不明
・銅板葺 三間社流造

●祭神
・大山積大神


●大山積大神とは?

古事記では大山津見神
日本書紀では大山祇神と記されています。

ちなみに、オオヤマヅミもしくはオオヤマツミと読みます。

オオヤマヅミさんは、大山津見神大山祇神大山積神大山罪神など様々な書き方をされるので、各神社で表記の仕方が違います。

ということで、この神社は大山積神の表記を採用しているみたいです。

オオヤマヅミは、イザナギとイザナミのです。
アマテラスのでもあります。
イワナガヒメとコノハナサクヤヒメのでもあります。
またスサノオの嫁・クシナダヒメの祖父でもあります。

そんなこんなで、日本神話にちょいちょい登場する神話界の重鎮です。

オオヤマヅミは山の神ですが、大山祇神社が瀬戸内海に鎮座することから、海の神としての性格も持っています。

こちらにオオヤマヅミのことを書いています。
大山津見神(オオヤマツミ)
たくさんの国つ神を生んだ山の神! エピソード イザナギとイザナミの神生みで生まれた山の神だよ。 スサノオがヤマタノオロチを退治するくだりで出会う老夫婦の足名椎命・手名椎命(アシナヅチ・テナヅチ)の親神だよ。 足名椎命・手
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境内社

●清高稲荷​神社

●清高稲荷​神社
・宇迦之御魂神を祀る


説明板がなかったため由緒などの詳細は不明です。


●阿奈波神社

●阿奈波神社
・磐長姫大神を祀る

こちらは大三島の阿奈波神社から勧請された神社のようです。
別宮大山祇神社同様、おそらくこちらも大三島への参拝が不便ということで、別宮として創建された神社なのでしょう。

祭神のイワナガヒメはオオヤマヅミさんの長女
コノハナサクヤヒメの姉でもあります。

どうやらこちらの神社では、イワナガヒメは下の病に霊験があるみたいです。

そんなこんなで
はいドン!



ほぼキノコの男根!

パンパン!
いつまでも現役でいられますように!


●奈良原神社

●奈良原神社
・伊佐奈伎命・宇気母知命を祀る

こちらは、旧越智郡玉川町(現・今治市)の楢原山山頂に鎮座している奈良原神社の分霊を勧請して祀った神社のようです。

●奈良原神社の由緒

楢原山は役小角が開山した山といわれ、山岳修験の霊山だったそうです。

南北朝時代、都を追われた長慶天皇が、楢原山に身を隠していたといいます。
この際に牛や馬を乗り継いで入山したことから、牛馬の守護神として信仰されていたんだって。

ちなみに長慶天皇は、東温市牛渕の浮嶋神社に葬られたといわれています。
ということで、楢原山の奈良原神社には長慶天皇の御霊が合祀されているそうです。

その後、どういった経緯かわかりませんが、楢原山・奈良原神社の氏子全員が今治市内に移ることとなったため、現在地に分霊を勧請したそうです。

それがこの神社の始まりといいます。


●荒神社

●荒神社
・1794年建立
・瓦葺 入母屋造
・三宝荒神・大穴牟遅神を祀る

この神社は、もともと摩利支天宮として建てられたものらしいですよ。

1794年の建立ということなので、こちらも今治空襲の戦火を免れた貴重な古建築のようです。


そんなこんなで、参拝終了。

本日の歩数は44406歩!

30km以上も歩きました。

いい加減、足がモゲそうです。
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御朱印情報

●御朱印の種類
・別宮大山祇神社の御朱印

●御朱印の受付場所
・社務所

●御朱印の受付時間
・不明

●御朱印の料金
・300円

●期間限定・特別御朱印
・なし

●オリジナル御朱印帳
・なし

・2011年2月26日 参拝
・2021年7月 更新
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参拝情報とアクセス


●開門時間
・不明

●拝観料
・無料

●最寄りの駅
・JR今治駅から徒歩8分
・JR今治駅から車で3分

●最寄りのIC
・西瀬戸自動車道(しまなみ海道)
 今治ICから車で10分

●駐車場
・無料の専用駐車場あり(8台)

別宮大山祇神社の地図

 

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