宝寿寺の御朱印|四国霊場 第62番|納経時間は7時から17時(昼休憩なし)|四国八十八ヶ所 車遍路の旅(愛媛県西条市)

所在地愛媛県西条市小松町新屋敷甲428
宗 派真言宗系 単立寺院
札 所 ・四国八十八ヶ所 第62番
・四国(東予)七福神 布袋尊
前後札所 ・前 → 第61番札所・香園寺
・後 → 第63番札所・吉祥寺
本 尊十一面観世音菩薩
真 言おん まか きゃろにきゃ そわか
由 緒729~748年、聖武天皇の勅願により、道慈律師が創建。810~824年、空海(弘法大師)がこの地を訪れ、光明皇后を模写した十一面観世音菩薩像を刻んで本尊とし霊場に定めたそうです。空海は、当時の国司・越智氏の夫人が難産になったため、境内に玉の井を掘って湧き出た水を与えたという。そのことにより無事男子を出産。それ以来、安産の観音様として崇拝されたそうです。1585年、豊臣秀吉の四国征伐により焼失。その後、移転と再興を繰り返し現在に至るそうです。
HP天養山 観音院 宝寿寺 – 四国八十八ヶ所霊場会

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宝寿寺とは?


四国八十八ヶ所の第62番札所であります宝寿寺に到着。

第61番札所・香園寺から1.5km。
徒歩20分。
車で5分のところに位置しています。

宝寿寺と書いてほうじゅじと読みます。

●宝寿寺とは?

729~748年、聖武天皇が諸国に一宮を造営した際、この地に大国主大神など三神を祀る伊予国の一宮神社が建立されたという。

そして、勅命を受けた大和の僧・道慈律師が法楽所として別当寺を創建。
それがこのお寺の始まりという。

創建当初は金剛宝寺という寺号で、現在地から約1km離れた白坪という地にあったそうです。


810~824年、弘法大師がこの地を訪れた際、光明皇后を模写した十一面観世音菩薩像を刻んで本尊とし、四国八十八ヶ所の第62番札所に定めたそうです。

またこの頃、国司・越智氏が難産で苦しむ夫人のために弘法大師に祈念を頼んだといわれています。

弘法大師は境内に玉の井を掘り、湧き出た水を越智夫人に与えたところ、無事男子を出産。
これにちなみ、寺号を宝寿寺に改称。

それ以来、安産の観音様として信仰を集めるようになったそうです。

ちなみに玉の井は現存してないそうです。


その後、川の氾濫により度々洪水の被害を受けますが、1144年に再建。

しかし1585年に豊臣秀吉の四国征伐により焼失。
そして荒廃してしまったそうです。


1636年、宥伝上人が現在地付近に移転して再興。

当時の巡拝者は白坪の神社に札を納めた後、このお寺で納経を行うことになっていたそうですが、1679年に藩命により洪水を避けるため、今度は神社がこのお寺の横に移転。

ちなみに当時の納経には伊豫國一宮大明神 別當寶壽寺と書かれていたそうです。

しかし、明治時代の神仏分離令により一宮神社と分離して廃寺に。。
その後、1877年に大石龍遍上人が神社の隣に再興。

さらに1921年には予讃線の鉄道工事にともない現在地に移転。

それが現在の宝寿寺といわれています。

そんなこんなで、参拝開始。
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一国一宮!?

●境内入口

まず最初に登場するのは一國一宮 寶壽寺と書かれた寺号標。

この宝寿寺は古くから一宮神社の別当寺として存続してきたお寺といわれています。

ふむふむ・・・って、一国一宮!?

伊予国の一宮は大山祇神社のはず???


由緒によると、729~748年に聖武天皇が伊予国の一宮神社として創建。
古くから一国一宮伊予国一宮大明神と称していたといわれています。


かたや大山祇神社の創始は仁徳天皇の時代。
現在の大三島に遷座したのが594年といわれていますので、一国一宮より遥か昔に存在していた神社となります。

しかし、大山祇神社の由緒によると、大山祇神社が一宮となったのは中世からといわれています。
一般的に日本史の中世は、鎌倉時代から江戸時代とのことなので、大山祇神社の方が後に一宮になった???

もともとはこの一宮神社が伊予国の一宮だったのかぃ???

しかし、そんなことは一宮神社の由緒にも、大山祇神社の由緒にも触れてない・・・(-“-;) ??


過去、全国の一宮では時代時代で一宮が交代したり、複数の神社が一宮を巡って争った歴史があります。

もしかしたら、長い歴史の中で伊予国の一宮もそういった交代劇があったのかぃ?
そんな歴史はどこにも見当たらないけど・・・(笑)

ここで注目すべきは、一宮神社の祭神!

一宮神社の祭神は大国主命と事代主命と大山積大神!

もしかしたら、この一宮神社は大山祇神社から分霊を勧請した分社的な意味を持つ神社だったのかも?(推測)

あと考えられるとしたら、国の一宮ではなくその地域の一宮、または神戸八社のような裔神パターン?

なんか疑問符だらけで、結局なにが言いたいのよ的なまとまりのない文になりましたが、私みたいな素人がいくら考えて答えはわかりません(笑)

専門家もこのことについては大して研究をしてないみたいなので、どうでもいいことなのかも知れませんね!


●手水舎

●手水舎
・建立年不明
・銅板葺 切妻造

そんなこんなで、境内へ。
まずは手水舎でお清め。

そして鐘楼へ・・・と思ったら、このお寺には鐘楼はないみたいです。。

ということで、心の中でエアー鐘撞き。
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本堂と大師堂

●本堂

●本堂
・建立年不明
・銅板葺 妻入り入母屋造

●本尊
・十一面観世音菩薩

●真言
・おん まか きゃろにきゃ そわか

続いて、本堂で参拝。

このお寺の正式名称は天養山 観音院 宝寿寺

別称として、保壽寺・保寿寺・金剛寶寺・宝壽寺・一國一宮別當寶壽寺と呼ばれているようです。


御本尊は十一面観音さん。
いつ頃に造られたのかはわかりませんが、像高約60cmで玉眼の立像とのことです。

残念ながら秘仏のため拝顔することはできませんでしたが、噂によると御本尊は弘法大師作といわれています。

しかし御本尊は玉眼とのことなので、実際は鎌倉時代以降の作品なのでは?(推測)
と勝手に思っています。

ちなみに御本尊は2018年1月〜2019年12月まで特別開帳されたみたいですよ。


●大師堂

●大師堂
・建立年不明
・銅板葺 妻入り入母屋造
・本尊 弘法大師

続いて、大師堂を参拝。

御本尊はもちろんお大師さま。

堂内には御本尊の弘法大師像の他に、弘法大師像と弘法大師の肖像画が安置されていました。

そんなこんなで、堂内はお大師さま三昧になっております。

南無大師遍照金剛・・・
南無大師遍照金剛・・・
南無大師遍照金剛・・・
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一宮稲荷社と安産観音像と道標・丁石

●一宮稲荷社

●一宮稲荷社
・1877年建立(?)
・銅板葺 流造
・祭神 稲荷大明神

続いて、一宮稲荷社を参拝。

この稲荷社は、1877年に大石龍遍上人がお寺を再興した際、京都の伏見稲荷と岡山の最上稲荷と愛知の豊川稲荷を護法神として勧請したのが始まりなんだって。

お寺の繁栄と人々の護世安楽を祈願して建立したそうですよ。

ちなみに、失せ物と合格祈願に御利益があるみたいです。


それにしても気になるのがHOKKAIDOのノレン。

なんだろう・・・屋台?

ノレンをくぐると捻りハチマキのお稲荷さんが・・・

ラーメン屋さんかな?


●安産観音像

境内には個性的な顔立ちの安産観音さんがおられました。

このお寺は、810~824年に弘法大師が難産で苦しむ国司・越智夫人を安産に導いたため、安産の観音さまとして信仰を集めているそうです。

このユル〜い表情みたいに苦しむことなく安産できますように!


●道標と丁石

その他、境内には古い道標丁石が乱立していました。

●武田徳右衛門の丁石(1番右)
武田徳右衛門さんは、1794年に四国八十八ヶ所丁石建立を発願したお方です。
そして1807年に丁石の建立を成就したんだって。

ちなみに武田徳右衛門さんが建立した丁石は、四国に100基以上現存しているそうですよ。


●和田屋利平の道標(左から2番目)
和田屋利平さんは、江戸時代末期から明治時代にかけて小松を中心に遍路道標を建立したお方です。

ちなみに、この道標は1881年建立でした。

その他、江戸時代初期の修行僧・真念法師が建立した道標があったみたいですが、現在は愛媛県歴史文化博物館で長期展示中とのことです。


それにしても境内は立ち入り禁止の場所が多く、いろんな物が倒れていました。
間違いなく今まで巡ってきた四国霊場のお寺の中で1番衰えたお寺でした。

そして、納経所が小屋でした。
納経の対応もぅん!?と思う瞬間もありーの・・・。
ヤル気のなさも四国霊場一でした。

間違いなく境内で1番ヤル気があったのは私だったため、テンションの差にビックリですよ(笑)

それもそのはず、このお寺さんにはこうなる事情があったのです。
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四国八十八ヶ所霊場会退会問題

●四国八十八ヶ所霊場会退会問題

皆さんの記憶にも新しい第62番札所・宝寿寺の四国霊場会退会問題

2017年に霊場会のルールを巡って裁判が行われ宝寿寺は四国八十八ヶ所霊場会の退会が認められました。

そもそもなんで霊場会と宝寿寺が争ったのかというと、霊場会が定めたルールを宝寿寺が守らなかったから。

正午12時から13時までの間はお昼休憩をとって納経受付をしなかったり 、納経料かったり、会費の未払い暴言などなど・・・。

そんなこんなで、2015年に霊場会は宝寿寺の住職に対して霊場会の運営要領を遵守することおよび未払いの会費の支払を求めて民事提訴を起こしました。

しかし、ややこしいのは宝寿寺の住職さんは2008年の就任時に会員にはならない通告してたんですよね。

ということで、宝寿寺の住職さんは霊場会に加入しているという意識はさらさらなかったみたいです。

●霊場会の主張
・霊場会のルールを遵守
・暴言などで遍路巡礼を妨害しないで

●宝寿寺の主張
・退会しているためルールは知らん
・妨害行為は無い

裁判では、宝寿寺の住職は2008年の就任時に会員にはならないと通告していたため、霊場会のルールに従う必要はないのではないかと主張。

そして宝寿寺には住職1人しかいないため、休憩なしにすると労働基準法に違反するのではないのかと主張しました。

そして裁判の判決が下されました。

裁判の結果は、霊場会は住職個人が会員となる任意団体のため加入を強制する法的根拠がない。
そのため霊場会のルールに従う義務はないですよ〜というものでした。

そのことにより、宝寿寺は霊場会からの退会が認められました。

まぁ、いろいろとありますなぁ・・・

というわけにはいかない!

そのことにより、第62番札所は空き番になってしまったという!

しかし霊場会側からすれば空き番になりますが、宝寿寺側は退会したけど第62番札所としては否定しないスタイルで存続。

霊場会が任意団体である以上、宝寿寺から第62番札所を剥奪することはできないのでありました。

霊場会側はその対応措置として第61番札所・香園寺駐車場に第62番札所・宝寿寺の仮設礼拝所を設置し、お遍路さんを宝寿寺の代わりに礼拝所を参拝するように促しました。

そのことにより、第62番札所が2ヶ所存在することに・・・。

このことが余計にややこしくさせることになったのです。

礼拝所を参拝するように促したことにより、団体ツアーを主催する旅行会社の多くは宝寿寺には行かずに礼拝所へ。

でも個人で巡る人たちは、あくまで第62番札所は宝寿寺なのだから礼拝所よりも宝寿寺へ。

そんなこんなで、お遍路さんはどちらをお参りすべきなのかと混乱してしまう事態に発展しました。

そんな状態が数年間続きました。

しかし!

2019年12月より宝寿寺の全ての運営を第86番札所・志度寺が引き継ぐことになり、霊場会に再加入!

これにより香園寺の駐車場にあった仮設礼拝所撤去する運びとなりました。

ということで、現在は従来通り宝寿寺納経が行われるようになっています。

めでたし、めでたし。

●まとめ

①2019年12月より宝寿寺は霊場会に再加入。

②納経時間
 7:00〜17:00(休憩時間なし)

③納経料
 300円

④宝寿寺の渡部実厳さんは住職を退く。

⑤香園寺にあった第62番礼拝所は閉鎖。

⑥宝寿寺の全ての運営は第86番札所・志度寺が兼務。


・霊場会は住職個人が会員となる任意団体。

・住職は2008年の時点で退会を通告していた。
しかし霊場会はそれを認めず(?)ルールの遵守と会費の請求。

宝寿寺は住職1人で運営していたため、霊場会が定めた納経時間7:00〜17:00を守ると休憩時間がとれない。これは労基基準法に反する。

裁判で霊場会は敗北。

その対応策として、礼拝所を設けて礼拝所での参拝を促す。

宝寿寺は参拝者が激減し財政が厳しくなる。

宝寿寺の住職は退き、第86番札所・志度寺が兼務。

納経を受け付けない時間がある、納経料が高い、会費の未払いなどなど、最初にこのニュースを知ったときは100%宝寿寺が悪い〜とか思ってたけど、知れば知るほどそうじゃないような気がしてきました。

お遍路さんを思う霊場会の気持ちもわかりますし、個人事情の住職さんの気持ちもわかりますし。(賛否両論)

何だかんだ、結果的に宝寿寺は霊場会に乗っとられた感じ?

まぁ、いろいろありますね。


と、明言を避けたところで、参拝終了。

第63番・吉祥寺へ続く。

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御朱印情報

●御朱印の種類
・四国八十八ヶ所の御朱印
・四国(東予)七福神の御朱印(布袋尊)

●御朱印の受付場所
・納経所

●御朱印の受付時間
・7:00~17:00(休憩時間なし)

●御朱印の料金
・四国八十八ヶ所 500円
・四国(東予)七福神(布袋尊)300円

●期間限定・特別御朱印
・なし

●オリジナル御朱印帳
・なし

・2011年5月28日 参拝
・2024年3月 最終更新
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参拝情報とアクセス

●拝観料
・無料

●宿坊
・なし

●前後札所
・第61番札所・香園寺へ1.5km
 徒歩20分
 車で5分

・第63番札所・吉祥寺へ1.5km
 徒歩20分
 車で4分

●最寄りの駅
・JR伊予小松駅から徒歩3分

●最寄りのバス停
・せとうちバス
 小松駅前 バス停から徒歩2分

●最寄りのIC
・松山自動車道
 いよ小松ICから車で10分

●駐車場
・無料の専用駐車場あり(5台)

宝寿寺の地図

 

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