少林寺の御朱印情報~狂言・釣狐ゆかりのお寺〜(大阪府堺市堺区)

住 所大阪府堺市堺区少林寺町東3丁1−20
宗 派臨済宗大徳寺派
由 緒1330年、挑源宗悟が開山したお寺だそうです。寺号は、豪商・小林亮法の姓をとり小林寺(こばやし寺)としましたが、後に達磨大師の少林寺にならって小の字を少に改めました。かつては七堂伽藍を有する泉州随一の禅刹でしたが、寺地の多くを織田信長に没収され次第に衰退。しかしその後、豊臣秀吉が石田三成と小西行長に命じて境内の竹の伐採を禁止するなど、小さなお寺ながらも名刹の扱いを受けていたそうです。1615年、大坂夏の陣で焼失。鎮守は白蔵主稲荷明神で、白蔵主と稲荷明神のエピソードは、狂言・釣狐として上演されてるそうです。釣狐上演の際はこの寺に参詣し技芸の上達と上演の成功を祈願し、境内の逆芽竹を1本祈祷してもらい、上演の時に杖として使用するそうです。1733年、京都の吉田家より通心霊社の神号を与えられたそうです。
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山門と本堂

●山門

●山門
・建立年不明
・瓦葺 棟門

大阪府堺市堺区にあります少林寺に到着。
少林寺町という町名にもなっているお寺です。

かつては七堂伽藍を有する泉州随一の禅刹だったそうですが、寺領を織田信長に没収されて以来、次第に衰退・・・現在はとっても小さなお寺で、大寺院だった面影は皆無です。


寺名から想像するのはやはりカンフー的な中国拳法。

山門をくぐるや否や、ハッ!ハハッ!ズンズンボゴッ!と瞬殺されそうなイメージですが、少林寺拳法とは全く関係なく、小林という姓から小林寺となり、後に少林寺になったとのことです。

さらに調べてみると、ややこしいことに少林拳と少林寺拳法は無関係とのこと!

カンフー的なヤツが少林拳で、少林寺拳法は戦後に日本で造られた武道とのことです。

私、完全にごちゃ混ぜになっておりました!


●本堂

●本堂
・建立年不明
・瓦葺 寄棟造
・臨済宗大徳寺派
・本尊は釈迦牟尼仏

お家のような本堂でした。

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白蔵主稲荷明神

●白蔵主稲荷明神

小さな境内の片隅には薄毛の竹林が生えており、そこに白蔵主稲荷明神が祀られておりました。

どうやら、このお寺は狂言と関係が深いそうで、狂言・釣狐はこの白蔵主の伝説を元に作られたものらしいです。

今でも狂言・釣狐を上演する際は、狂言師がこのお寺に参拝し、ここの竹を頂いて舞台で杖として使ってるんだって。


石標の前には2体のキツネさんと1体のタヌキ!?

調べてみると、狂言・釣狐に似たようなキャラが登場しているので、この方はタヌキではなく、おそらく釣狐に由来する方だと思います。

その方をよく見てみると、竹の杖が立てかけてあるという。

私、狂言のことは全く無知なので、説明板を読んでもチンプンカンプンでしたが、いつか狂言・釣狐を見る機会があった時、竹の杖が登場した際は『少林寺の竹じゃー』と感動できそうな気がして。

そんなこんなで、その時がいつ訪れるのか楽しみにしながら生きていこうと思います。
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庭園

●庭園

本堂前には枯山水庭園がありました。

白砂ではなく、真砂土のような敷き砂で築庭されたちょっとシブい庭園でした。


説明板がないので定かではありませんが、おそらくこのお庭は蓬莱式枯山水庭園だと思われます。

ちなみに蓬莱式庭園とは、蓬莱山から流れた水が大海になる姿を表現したお庭のことです。


境内には古い石仏(石塔の一部かも)や、石臼をリサイクルしたつくばいが点在していました。

写真右は、施無畏印と与願印を結ぶ如来さんが彫られてました。
制作年は確認できませんでしたが、なかなか古そうです。


あとガスコンロがありました。
お庭観賞は奥が深い・・・。
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少林寺の地図

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御朱印情報

●御朱印情報
御朱印はあるそうですが、不在のため頂けませんでした。
 

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