浅草寺の御朱印~東京都内最古のお寺~(東京都台東区浅草)

都道府県別
所在地東京都台東区浅草2丁目3−1
宗 派聖観音宗(天台宗系単立)
札 所 ・坂東三十三ヶ所観音霊場 第13番
・江戸三十三ヶ所観音霊場 第1番
・浅草名所七福神(大黒天)
由 緒628年、檜前兄弟が隅田川で漁をしていたら網に仏像がかかったという。そんなこんなで、檜前兄弟がこの地域で物知りだった土師真中知に相談したところ、これは観音像であると教えられ、2人は毎日観音像に祈念するようになったそうです。その後、土師真中知は剃髪して僧となり、自宅をお寺に改めて供養したそうです。それが浅草寺の始まりといいます。942年、武蔵守・安房守平公雅が七堂伽藍を整備。1590年、江戸に入府した徳川家康が浅草寺を祈願所と定め、寺領500石を与えたそうです。その後、度々焼失しましたが、3代将軍・徳川家光の援助により、本堂・五重塔が再建。1685年、表参道には仲見世の前身である商店が設けられたそうです。近世になり、関東大震災、東京大空襲で被害に遭いますが、その都度再興して今日に至ります。
HP聖観音宗 あさくさかんのん 浅草寺 公式サイト
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雷門

●境内図

東京のお寺で真っ先に頭に浮かぶのは、やはり浅草寺!
ということで、浅草のシンボルならびに東京観光のシンボルであります浅草寺に到着。

通称・浅草観音と呼ばれる浅草寺は東京都内最古のお寺で、毎年国内外から約3000万人以上が訪れるという超人気観光スポットです!
東京というか日本を代表する観光スポットで、参拝客の数は全国トップ10に入るという!

そんなこんなで、参拝開始。


●雷門

●雷門
・1960年再建
・本瓦葺 切妻造 八脚門
・間口 11.4m
・高さ 11.7m
・鉄筋コンクリート造
・合成樹脂塗装
・松下幸之助が寄進


というか、なんじゃいこの人の多さは(笑)
人が多いところは嫌いじゃないので、妙な高揚感に包まれる私・・・気分はすっかりお寺巡りモードから観光モードへ。


●雷門の扁額

扁額には、山号であります金龍山の文字。
この文字は、京都・曼殊院門跡の良尚法親王筆の模写なんだそうです。


●雷門の大提灯

●雷門の大提灯
・1960年奉納
・直径3.3m
・高さ3.9m
・重さ700kg
・松下電器産業(パナソニック)が奉納

今でこそ雷門に提灯が吊るされるのが当たり前の風景になっていますが、提灯が吊るされるようになったのは1800年頃とされています。
雷門の屋根職人らが奉納したのが始まりなんだって。


雷門という名前で有名ですが、正式名称は風雷神門
ちなみに、なぜ雷門と呼ばれるようになったのかは不明です。
1804〜1818年の川柳に、風の神雷門に居候という句が見えることから、この頃にはすでに雷門という名称が一般化していたみたいです。

ちなみに 1856年に出版された歌川広重の浮世絵・浅草雷門前には、大提灯に志ん橋(新橋)と描かれています。

やっぱり雷門の方がしっくりしますね(笑)


ちなみに、雷門は松下電器産業(パナソニック)の創業者・松下幸之助さんが寄進したものだという!

どうやら病気で悩んでいた松下幸之助さんは、病気平癒のために浅草観音に祈願していたみたいです。
そして無事、病気が治ったことにより雷門と大提灯を寄進したんだって。

提灯の底の部分には立派な龍の彫刻がありました。
当時、この地は木造建築が密集していて火事に弱い町でした。
そのため、雨を降らせて火事から人々を救ってくれる龍は、龍神として崇められてきたそうです。
ということで、この龍の彫刻は火災除けの意味があるんですね。


大提灯の裏側には風雷神門と書かれていました。
風雷神門とは雷門の正式名称です。

ちなみに、大提灯は三社祭と台風のときだけたたまれるそうですよ。


●雷門の風神・雷神像

●雷神像(左)
・頭部 江戸時代
・体部 1874年作
・像高 2.09m

●風神像(右)
・頭部 江戸時代作
・体部 1874年作
・像高 2.18m

雷門の両サイドには風神・雷神像が安置されていました。

風神・雷神像は、もともとは江戸時代に作られた像でしたが、慶応の大火で頭部を残して焼失してしまったそうです。
そんなこんなで、1874年に残った頭部と新たに彫刻した体部を合体させて現在に至ります。

ちなみに風神・雷神とは、風や雷をつかさどる神さまで、浅草寺の護法善神とされています。


●雷門の天龍・金龍像

●天龍像(左)
・1978年寄進
・像高 2.93m
・重さ 250kg
・木曾檜造
・平櫛田中作
・松下グループ有志が寄進

●金龍像(右)
・1978年寄進
・像高 2.74m
・重さ 200kg
・木曾檜造
・菅原安男作
・松下グループ有志が寄進

雷門の裏には、天龍像と金龍像が安置されていました。
向かって左側が天龍像で男性の姿
右側が金龍像で女性の姿になっています。

金龍と天龍は、水をつかさどる龍神で、仏教徒を守護する神さまとされています。
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仲見世通り

●仲見世

そんなこんなで、雷門をくぐると仲見世に突入。
ちなみに仲見世とは浅草寺の表参道のことです。

全長250mの通りに、お土産物屋さんや飲食店などがズラーと並んでいます。
お店の数は約90店舗。
一説によると仲見世は、現存する日本の商店街の中で最も古い商店街といわれています。


●仲見世の歴史
境内の清掃などをするかわりに、出店の許可を与えたのが仲見世の発祥といわれています。
少なくとも1685年頃には浅草寺の表参道に仲見世の前身である商店が設けられていたそうですよ。

景観を守るために電柱を撤去するなど、情緒あふれる景色になっているのも仲見世の大きな魅力ですね。


店内をのぞくと、外国人が好みそうな誇張した日本土産がたくさん売っています(笑)
そういう珍品を物色するのもひとつの楽しみ方かも知れませんね~。

揚げ饅頭や雷おこしなどを買って、食べ歩きをするのも楽しいです。
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宝蔵門

●宝蔵門

●宝蔵門
・1964年再建
・チタン瓦葺 五間三戸の入母屋造
・鉄筋コンクリート造
・高さ 21.7m
・横幅 21.1m
・合成樹脂塗装
・大谷米太郎夫妻が寄進

仲見世を過ぎると巨大な宝蔵門に到着。


かつては仁王門と呼ばれていましたが、1964年の再建後に宝蔵門と改称したそうです。

再建後は門の上層に収蔵庫が造られ、宝物を収蔵できるようになったんだって。
ということで、宝蔵門は読んで字のごとく宝蔵と門が合体した門です。


扁額には寺号であります浅草寺の文字。
この文字は雷門同様、京都・曼殊院門跡の良尚法親王筆の模写なんだそうです。

一見、瓦葺のように見えますが、これは軽量と耐食性に優れたチタン瓦です。
もともとは瓦葺でしたが、2007年の改修工事の際にチタン瓦に葺き替えたんだって。
しかもチタン瓦を使用したのは、この宝蔵門が全国初なんだって!

なにぶん建物好きなもんで、初めて拝見するチタン瓦に興奮の嵐でした。


●宝蔵門の大提灯

●宝蔵門の大提灯
・2014年奉納
・高さ 3.75m
・幅 2.7m
・重さ 450kg
・日本橋小舟町奉賛会が奉納(4回目)

宝蔵門の大提灯には小舟町と書かれていました。

●吊灯籠
・1988年奉納
・高さ 2.75m
・横幅 2m
・重さ 1000kg
・小舟町奉賛会と魚河岸講が奉納(2回目)

大提灯の両サイドには、魚がしと書かれた巨大な灯籠が吊るされていました。
小舟町の大提灯もデカいですが、魚がしの大灯籠もデカい!


雷門の大提灯同様、宝蔵門の大提灯にも立派な龍の彫刻がありました。
雷門同様、こちらも火災除けを願って彫られた龍です。


●仁王像

●仁王像 阿形(左)
・1964年作
・像高 4.54m
・錦戸新観 作

●仁王像 吽形(右)
・1964年作
・像高 4.93m
・村岡久作 作

なんとこの仁王さんにはモデルがいるという!
阿形のモデルは力士の元横綱・北の湖
吽形像のモデルは力士の明武谷なんだって!

まさに金剛力士像ですね!


ちなみにこちらが、北の湖さんと明武谷さん。
似て・・・はいない(笑)


●大わらじ

●大わらじ
・2018年奉納
・高さ 4.5m
・横幅 1.5m
・重さ 500kg
・山形県村山市の有志が奉納(8回目)

宝蔵門の裏には、これまた巨大な大わらじが奉納されていました。
ちなみに、この大わらじに触ると健脚・魔除けの御利益があるそうです。

ということで、触ってみよーっ!
と思ったけど、届かないーっ(笑)
そして、低身長の自分を嘆く・・・(笑)

ちなみに、この大わらじは10年ごとに新品のわらじと交換してるんだって。
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本堂(観音堂)

●本堂(観音堂)

●本堂(観音堂)
・1958年再建
・チタン瓦葺 入母屋造
・鉄筋コンクリート造
・高さ 29.4m
・横幅 34.5m
・奥行き 32.7m
・聖観音宗(天台宗系単立)
・本尊 聖観音菩薩像
・通称・浅草観音・浅草の観音様

そんなこんなで、宝蔵門をくぐって本堂に到着。


写真左は焼失前の宝蔵門と五重塔。
写真右は焼失前の本堂。

もともとは、国宝に指定された1649年再建の本堂が建っていましたが、1945年の東京大空襲で焼失してしまったんだって。。。
ということで、現在の本堂は1958年に再建されたものです。

再建の際、建設資金を捻出するために瓢箪池の敷地・2400坪を売り払ったといわれています。


●本堂前の常香炉

本堂でお詣りをする前に、まずは常香炉へ。

常香炉の周りにはたくさんの参拝者で賑わっていました。
そんなこんなで私も・・・お約束の煙浴びをしてきました。
これまたお約束の頭が良くなりますように!と願いつつ。

そもそもなんで煙を浴びるのかぃ???
調べてみるといくつかの理由があるみたいです。

① 体の悪い部分に煙を当てるとよくなる。
②煙には邪気を祓う効果がある。
③煙には精神を落ち着かせる効果がある。
④けがれを落とし身を清める。

煙を浴びるといいことばっかりだぁ。
一石四鳥ですね!



●本堂の大提灯
・2020年奉納
・高さ 4.5m
・横幅 3.5m
・重さ 600kg

本堂の大提灯には志ん橋と書かれていました。


そんなこんなで、身が清まったところで本堂内へ。

本堂・外陣には川端龍子作の龍の図と、堂本印象作の天人散華の図の天井画がありました。


●本尊・聖観音菩薩像(絶対秘仏)

●聖観音菩薩像
・像高 約5cm? 約20cm?
・絶対秘仏

本尊・聖観音菩薩像は絶対秘仏のため拝観することができませんでした。

どうやら、勝海上人の夢枕に『みだりに拝するなかれ』と観音さまからお告げがあったことにより秘仏になったんだって。

本尊・聖観音菩薩像は、長期間にわたって見る人がいなかったため、明治時代に本尊の実在が疑われてしまったという!
そんなこんなで、1869年に役人が調査を行ったところ、本尊は確かに存在していることが確認されたそうです。

調査の結果、本尊は奈良時代様式の聖観音像で、像高は約20cm
本尊には焼けた跡があり、両手足がなかったといわれています。

本尊の大きさは約5cmと伝わっていますが、浅草寺によれば約5cmというのは江戸時代以降の俗説らしいですよ。

本堂には本尊の他に、お前立、梵天・帝釈天像、愛染明王像、不動明王像などを安置。
さらに、徳川家康・徳川家光・公遵法親王それぞれが奉納した観音像が安置されていました。
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二天門と五重塔

●二天門

●二天門
・1649年頃再建
・本瓦葺 切妻造
・三間一戸 八脚門
・国指定重要文化財

●二天門の扁額
・1837〜1891年作
・三条実美の筆

この二天門は、もともとは1618年に東照宮の随身門として建立された門なんだって。
建立当時は、随身像(豊岩間戸命・櫛岩間戸命)が祀られていたそうですよ。

しかし、1884年に神仏分離令により随身像は浅草神社に遷されたんだって。
そして随身門から二天門にかわったそうです。

浅草寺は戦後に再建された近代建築が多いです。
そんな中、この二天門は戦火から免れた貴重な遺構です。
木造建築っていうだけで、こんなに萌えてしまうとはっ!


●増長天・持国天像
・江戸時代前期作
・吉田兵部藤房作

この像は、もともと上野・寛永寺の厳有院(四代将軍徳川家綱霊廟)に安置されていましたが、1957年にこの二天門にお引越ししてきたんだって。

ちなみに、左が増長天さんで、右が持国天さんです。


●五重塔

●五重塔
・1973年再建
・チタン瓦葺 鉄筋コンクリート造
・高さ 53.32m
・江戸四塔・江戸六塔の1つ

もともとは1648年に徳川家光が建立した五重塔でしたが、1945年の東京大空襲で焼失。。。
その後、再建されました。

江戸時代、上野寛永寺の五重塔、芝増上寺の五重塔、谷中天王寺の五重塔とともに江戸四塔の1つに数えられ、浅草のランドマーク的な存在だったそうですよ。

その他の見どころ

●影向堂

●影向堂
・1994年建立
・錣葺 寄棟造
・鉄筋コンクリート造

影向堂は、浅草寺中興開山慈覚大師円仁生誕生1200年を記念して建立されたお堂らしいです。
ちなみに、影向堂と書いてようごうどうと読みます。

●影向とは?
影向とは観世音菩薩に協力する仏さまのことです。
ということで、堂内には本尊・聖観音菩薩像と生まれ年(干支)ごとの影向衆が安置されていました。

・千手観音(子年)
・虚空蔵菩薩(丑寅年)
・文殊菩薩(卯年)
・普賢菩薩(辰巳年)
・勢至菩薩(午年)
・大日如来(未申年)
・不動明王(酉年)
・阿弥陀如来(戊亥年)

ちなみに、浅草寺の御朱印は影向堂で頂けます。


●不動堂(宝光山大行院)

●不動堂
・建立年不明
・本瓦葺 宝形造
・本尊は不動明王像
・通称・浅草不動尊

この不動堂の正式名称は宝光山大行院
浅草寺の塔頭かな?
・・・と思ったら、浅草寺とは関係ないみたいです。
浅草寺の境内にあるので、てっきり塔頭だと思ってました(^^;)

通称・浅草不動尊と呼ばれる天台宗のお寺のようです。
かつては関東三十六不動尊の1つだったそうですが、現在は札所から外れているみたいです。

ちなみに、御朱印は対応してないみたいです。


●恵日須・大黒天堂

●恵日須・大黒天堂
・建立年不明
・瓦葺 平入りの切妻造
・恵日須・大黒天像を祀る

境内をブラブラと散策していると、小さなお堂を発見。
ということで、立ち寄ることに。


お堂の扁額には、大黒天恵日須・・・
・・・そして弘法大師作!

さすが石造だ。
平安時代の遺構が戦災で焼けることなく残っているとは!


いやはや・・・感動。
と思ったのも束の間。
説明板に1675年奉納って書いてある!(笑)

こういうことはよくあることで、これはお寺あるあるの1つです。

でも全肯定で生きている私は、この石像は弘法大師作と信じたい。
あくまでではなく奉納・・・
弘法大師が作ったものを、1675年に奉納した・・・と私は思いたい(笑)

ちなみに浅草名所七福神の大黒天は、こちらではなく影向堂に祀られています。


●西仏板碑と六地蔵石燈籠

●六地蔵石燈籠(写真左)
・建立年不明
・高さ 約180cm
・東京都指定有形文化財

建立年には諸説あるそうです。

●説①
1145~1151年に源義朝が参拝した際に鎌田政清が建立したという説。

●説②
1368~1375年に建立したという説。

いずれにしても、東京都内に現存している石燈籠の中で最も古い時代に作られた石灯籠の1つなんだって。


●西仏板碑(写真右)
・鎌倉時代末期~室町時代初期建立
・高さ 217.9m
・横幅 48cm
・厚さ 4.7cm
・材質 秩父粘板岩(青石)
・東京都指定有形文化財

建立者の西仏については不明ですが、この板碑は妻子の後世安楽を願って建立したものと思われています。


●浅草神社

浅草寺の隣には浅草神社がありました。
浅草寺はせんそうじと読むのに対して浅草神社はあさくさ神社と読みます。

その他、六角堂・淡島堂・鎮護堂などがありました。



境内からは東京スカイツリーを望むことができました。
いやはや、素敵なお寺さんでした。


その後、浅草寺周辺を観光してきました。


もんじゃ焼きを食べたり


東京スカイツリーに行ったり。
絶賛、満喫中。

浅草寺の逸話

●おみくじ
浅草寺のおみくじは日本一凶が多いという噂があります。


●日本最古の招き猫ゆかりの地

浅草寺もしくは浅草神社は招き猫発祥の地という説があります。

世田谷の豪徳寺、浅草今戸神社、落合南長崎の自性院など、各地に招き猫の発祥地がありますが、浅草寺には記録・実物・錦絵などが残っていることから招き猫発祥の地の可能性が高いといわれています。

御朱印情報

●御朱印情報

浅草寺で頂ける御朱印は3種

●御朱印の種類
①本尊・聖観世音菩薩の御朱印
(坂東三十三ヶ所観音霊場 第13番)

②本尊・聖観世音菩薩の御朱印
(江戸三十三ヶ所観音霊場 第1番)

③大黒天の御朱印
(浅草名所七福神)

●終了した御朱印
・九尊佛の御朱印

●期間限定・特別御朱印
・未確認

●御朱印の受付場所
・影向堂

●御朱印の受付時間
・8:00~17:00
※正月・四万六千日は特別時間になります。

●御朱印の料金
・各500円

(2020年10月現在)


●オリジナル御朱印帳

●金龍(紺)
・18cm × 12cm
・1500円


●金龍・大(朱)
・18cm × 12cm
・1500円

●金龍・小(朱)
・16cm × 11cm
・1300円


●蒔絵(白・赤)
・18cm × 12cm
・3000円

参拝情報とアクセス

●参拝情報
●開門時間
・境内は24時間開いています
・本堂の開門時間は6:00~17:00
(10月~3月は6:30~17:00)


●アクセス
●最寄りの駅
・東武スカイツリーライン
 浅草駅より徒歩5分

・東京メトロ銀座線
 浅草駅より徒歩5分

・つくばエクスプレス
 浅草駅より徒歩5分

・都営地下鉄浅草線
 浅草駅A4出口より徒歩5分

●最寄りのバス停
・都営バス・・・浅草雷門バス停
・都営バス・・・東武浅草駅バス停
・北めぐりん・都営バス・・・二天門バス停
・北めぐりん・・・浅草寺北バス停

●駐車場
・専用駐車場はありません

浅草寺の地図

 

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