所在地 | 山口県岩国市横山1丁目10−27 |
---|---|
宗 派 | 臨済宗天龍寺派 |
札 所 | 岩国南八十八霊場 第11番・32番 |
由 緒 | 1309年、臨済宗の高僧・仏国国師を開山に、大内氏8代当主・大内弘幸が創建したお寺といいます。その後、大内氏9代当主・大内弘世が、父・弘幸の菩提を弔うため七堂伽藍を整備し、寺領を拡張。同時に室町幕府より官寺として認められ、格式の高いお寺として知られるようになったそうです。その後、1551年に大内氏の家臣・陶晴賢の謀反により大内氏は滅亡。そして陶晴賢は永興寺を陣屋として厳島の戦いに出陣しますが、毛利元就軍に敗れて自害しました。その後、毛利元就も永興寺に宿陣して周防国を平定。そして永興寺は毛利元就と輝元によって手厚く保護されたそうです。1600年の関ヶ原の戦い後、岩国を領することになった吉川広家が永興寺を解体し、その敷地を居館や武家屋敷などに転用。そのため永興寺はわずかな土地を残すのみとなり、廃寺同様になってしまったという。しかし、周伯玄雍が吉川広家に永興寺の再興を懇願。そんなこんなで、1616年に再興されたそうです。明治時代の廃仏毀釈で規模を縮小しながらも、現在まで存続する名刹となっております。 |
HP | 臨済宗天龍寺派 別格地 不動山 永興寺 |
山門
●錦帯橋
本日は山口県岩国市を旅しています。
●紅葉谷公園
そんなこんなで、岩国市の人気観光スポット・吉香公園に隣接する紅葉谷公園をプラプラと散策しているとお寺ストリートに到着。
ということで、立ち寄ることに。
ちなみに紅葉谷公園は、江戸時代からあったいくつかの寺院跡地を公園化したものです。
その昔は寺谷と呼ばれ、多くの寺院が集まっていたそうですが、現在は永興寺と洞泉寺の2ヶ寺のみが残っています。
●山門
●山門
・建立年不明
・瓦葺 切妻造 薬医門
まず最初に参拝したのは永興寺さん。
正式名称は不動山 永興寺。
不動山 永興寺と書いてふどうさん ようこうじと読むそうです。
あたしゃてっきりえいこうじだと思ってましたよ。
このお寺は大内氏8代当主・大内弘幸さんが創建したのが始まり。
その後、大内氏9代当主・大内弘世さんが、父・弘幸の菩提を弔うため七堂伽藍を整備し、寺領を拡張。
以後、約200年間、大内氏とともに歩んできたお寺といいます。
そんなこんなで、山門には大内氏の家紋・大内菱がありました。
山号は不動山。
その名の通り、もともとの御本尊は不動明王さんだったそうです。
しかし現在の御本尊は釈迦如来さん・・・(-“-;) ??
そんなこんなで、境外に追いやられた不動明王さんが虚しく思えたひと時でした。
ビックリすることに、最盛期には吉香公園全域が永興寺の境内だったという!
しかし1600年の関ヶ原の戦い後、岩国を治めることになった吉川広家さんが永興寺を解体し、その敷地を居館や武家屋敷などに転用。
そのため永興寺はわずかな土地を残すのみとなり、廃寺同様になってしまったんだと。
その後、周伯玄雍さんが吉川広家に永興寺の再興を懇願。
そんなこんなで、1616年に再興されたそうです。
がっ!
明治時代の廃仏毀釈で規模を縮小・・・
それが現在の永興寺といわれています。
本日は吉香公園を隅々まで散策しましたが、足がもげそうなくらい広い公園でした。
かつてこの公園全域が永興寺の境内だったなんて・・・私の想像力じゃ追いつきません。
本日は山口県岩国市を旅しています。
●紅葉谷公園
そんなこんなで、岩国市の人気観光スポット・吉香公園に隣接する紅葉谷公園をプラプラと散策しているとお寺ストリートに到着。
ということで、立ち寄ることに。
ちなみに紅葉谷公園は、江戸時代からあったいくつかの寺院跡地を公園化したものです。
その昔は寺谷と呼ばれ、多くの寺院が集まっていたそうですが、現在は永興寺と洞泉寺の2ヶ寺のみが残っています。
●山門
●山門
・建立年不明
・瓦葺 切妻造 薬医門
まず最初に参拝したのは永興寺さん。
正式名称は不動山 永興寺。
不動山 永興寺と書いてふどうさん ようこうじと読むそうです。
あたしゃてっきりえいこうじだと思ってましたよ。
このお寺は大内氏8代当主・大内弘幸さんが創建したのが始まり。
その後、大内氏9代当主・大内弘世さんが、父・弘幸の菩提を弔うため七堂伽藍を整備し、寺領を拡張。
以後、約200年間、大内氏とともに歩んできたお寺といいます。
そんなこんなで、山門には大内氏の家紋・大内菱がありました。
山号は不動山。
その名の通り、もともとの御本尊は不動明王さんだったそうです。
しかし現在の御本尊は釈迦如来さん・・・(-“-;) ??
そんなこんなで、境外に追いやられた不動明王さんが虚しく思えたひと時でした。
ビックリすることに、最盛期には吉香公園全域が永興寺の境内だったという!
しかし1600年の関ヶ原の戦い後、岩国を治めることになった吉川広家さんが永興寺を解体し、その敷地を居館や武家屋敷などに転用。
そのため永興寺はわずかな土地を残すのみとなり、廃寺同様になってしまったんだと。
その後、周伯玄雍さんが吉川広家に永興寺の再興を懇願。
そんなこんなで、1616年に再興されたそうです。
がっ!
明治時代の廃仏毀釈で規模を縮小・・・
それが現在の永興寺といわれています。
本日は吉香公園を隅々まで散策しましたが、足がもげそうなくらい広い公園でした。
かつてこの公園全域が永興寺の境内だったなんて・・・私の想像力じゃ追いつきません。
洞泉寺の御朱印|岩国領主・吉川家の菩提寺(山口県岩国市)
所在地山口県岩国市横山1丁目10−31宗 派曹洞宗札 所岩国南八十八霊場 第12番由 緒1450年、安芸国の国人・吉川経信が芸州新庄(現・広島県山県郡北広島町)に盤目山 洞仙寺を創建したのが始ま...
本堂と新薬師堂と枯山水庭園
●本堂
●本堂
・建立年不明
・瓦葺 妻入り入母屋造
そんなこんなで、本堂で参拝。
御本尊は釈迦如来さん。
ちなみに、永興寺は岩国南八十八霊場の第11番と第32番札所となっております。
ネットの情報によると、岩国南八十八霊場は1900年に四国八十八ヶ所を模してつくられた霊場のようですよ。
●新薬師堂
●新薬師堂
・2012年建立
・瓦葺 宝形造
続いて、新薬師堂を参拝。
まだ新材の風合いが残る新しいお堂でした。
新薬師堂というくらいですから、以前は旧薬師堂があったのでしょうか?
その名の通り、御本尊は薬師如来さん。
なんとこの薬師如来さんは快慶作なんだとか!
公式ホームページによると、この薬師如来さんは1866年に廃寺となった瑞光寺(岩国市中津)から移された仏像で、南北朝時代に快慶の手によって作られたもの・・・と書いてありました。
って、南北朝時代!?
快慶さんは鎌倉時代の仏師のはず・・・(-“-;) ??
もしかして書き間違いかな?
●枯山水庭園
●枯山水庭園
・2014年築庭
・黒川造園 作
新薬師堂の前には素敵な枯山水庭園がありました。
ネットの情報によると、作庭者は岩国市の黒川造園さんとのことです。
そんなこんなで、しばし庭園観賞。
いい仕事してます、黒川さん。
●本堂
・建立年不明
・瓦葺 妻入り入母屋造
そんなこんなで、本堂で参拝。
御本尊は釈迦如来さん。
ちなみに、永興寺は岩国南八十八霊場の第11番と第32番札所となっております。
ネットの情報によると、岩国南八十八霊場は1900年に四国八十八ヶ所を模してつくられた霊場のようですよ。
●新薬師堂
●新薬師堂
・2012年建立
・瓦葺 宝形造
続いて、新薬師堂を参拝。
まだ新材の風合いが残る新しいお堂でした。
新薬師堂というくらいですから、以前は旧薬師堂があったのでしょうか?
その名の通り、御本尊は薬師如来さん。
なんとこの薬師如来さんは快慶作なんだとか!
公式ホームページによると、この薬師如来さんは1866年に廃寺となった瑞光寺(岩国市中津)から移された仏像で、南北朝時代に快慶の手によって作られたもの・・・と書いてありました。
って、南北朝時代!?
快慶さんは鎌倉時代の仏師のはず・・・(-“-;) ??
もしかして書き間違いかな?
●枯山水庭園
●枯山水庭園
・2014年築庭
・黒川造園 作
新薬師堂の前には素敵な枯山水庭園がありました。
ネットの情報によると、作庭者は岩国市の黒川造園さんとのことです。
そんなこんなで、しばし庭園観賞。
いい仕事してます、黒川さん。
永興寺庭園
●永興寺庭園
●永興寺庭園
・室町時代築庭
・夢窓疎石 作
・枯山水庭園
・岩国市指定文化財(名勝)
その後、境内を散策していると庫裏の裏にて荒れたお庭を発見。
なんとこちらは、かの有名な夢窓疎石さんが作庭した庭園なんだという!
夢窓疎石さんといえば、京都・天龍寺や西芳寺(苔寺)など、全国に名庭園を作庭したお方。
まさか山口にも夢窓疎石さんのお庭があるとはね!
ビックリすることに、公式ホームページによると夢窓疎石さんは永興寺の2代目住職を務めたのだとか!
って、なんで夢窓疎石さんが岩国に???
大内弘幸ならびに大内弘世さんは室町幕府初代将軍・足利尊氏さんと交流があったそうです。
京都・天龍寺の開基は足利尊氏さん。
開山は夢窓疎石さん。
このようなことから、京に憧れていた大内弘世さんが足利尊氏を通じて夢窓疎石さんを岩国に招いたのかも???
とか何とか想像しつつ。
お庭は回遊式になっていたので歩いてみることに。
それにしても、ハゲ散らかった苔のせいでお庭の境目がわかんない・・・どっからどこまでがお庭なんだろうねぇ。
これ、作庭者が夢窓疎石さんだから何往復もしてるけど・・・
側から見たら、ただただ荒地を徘徊してるヤバいオジさんのようだな。
ちなみに永興寺庭園は岩国市の文化財に指定されています。
●寺務所(庫裏)
そんなこんなで、参拝終了。
御朱印は寺務所(庫裏)で頂けました。
いやはや、素敵なお寺さんでした。
●永興寺庭園
・室町時代築庭
・夢窓疎石 作
・枯山水庭園
・岩国市指定文化財(名勝)
その後、境内を散策していると庫裏の裏にて荒れたお庭を発見。
なんとこちらは、かの有名な夢窓疎石さんが作庭した庭園なんだという!
夢窓疎石さんといえば、京都・天龍寺や西芳寺(苔寺)など、全国に名庭園を作庭したお方。
まさか山口にも夢窓疎石さんのお庭があるとはね!
ビックリすることに、公式ホームページによると夢窓疎石さんは永興寺の2代目住職を務めたのだとか!
って、なんで夢窓疎石さんが岩国に???
大内弘幸ならびに大内弘世さんは室町幕府初代将軍・足利尊氏さんと交流があったそうです。
京都・天龍寺の開基は足利尊氏さん。
開山は夢窓疎石さん。
このようなことから、京に憧れていた大内弘世さんが足利尊氏を通じて夢窓疎石さんを岩国に招いたのかも???
とか何とか想像しつつ。
お庭は回遊式になっていたので歩いてみることに。
それにしても、ハゲ散らかった苔のせいでお庭の境目がわかんない・・・どっからどこまでがお庭なんだろうねぇ。
これ、作庭者が夢窓疎石さんだから何往復もしてるけど・・・
側から見たら、ただただ荒地を徘徊してるヤバいオジさんのようだな。
ちなみに永興寺庭園は岩国市の文化財に指定されています。
●寺務所(庫裏)
そんなこんなで、参拝終了。
御朱印は寺務所(庫裏)で頂けました。
いやはや、素敵なお寺さんでした。
周辺の見どころ(吉香公園)
●錦帯橋
紅葉谷公園に隣接する吉香公園にはたくさんの見どころがありました。
なかでも1番有名なのが岩国のシンボルであります錦帯橋!
錦帯橋は錦川に架けられた5連の木造アーチ橋で、日本三名橋や日本三大奇橋に数えられています。
●錦帯橋
・1673年架橋
・1952年再架橋
・全長 約193.3m
・幅 約5m
・5連の木造アーチ橋
・国指定名勝
1673年、岩国領3代領主・吉川広嘉さんが現在の橋の原型となる木造橋を架けたのが始まり。
しかし、その後すぐに錦川の洪水により流失してしまったという。
そんなこんなで1674年、改良を加えて再架橋。
以後、1950年の台風で流失するまで276年間、その威容を保ち続けたという!
現在の錦帯橋は1953年に再建されたもので、2002〜2004年の平成の架け替え事業では劣化した木造部分が架け替えられたんだと。
ちなみに園内には錦帯橋を架橋した吉川広嘉さんの銅像がありました。
橋の長さは、直線距離で約193.3m。
橋面に沿った歩行距離は約210m。
橋幅は約5m。
そして橋台の高さは6.6mもある巨大木造橋!
橋は複雑な木組みで造られており、大工さんの技術の高さに感動したひと時でした。
ちなみに、釘はステンレス製ではなく、全て手打ちしたたたら鉄の和釘が使用されてるんだとか!
●岩国城
目線を上に向けると山上には岩国城。
岩国城は岩国領初代領主・吉川広家さんが1608年に築城したお城です。
築城当初は3層4階の桃山風南蛮造りだったそうですが、築城して7年後に一国一城令により取り壊されてしまったという。。
そんなこんなで、現在の天守は1962年に再建された模擬天守となっております。
天守からは錦帯橋をはじめ、吉香公園・城下町・岩国市内、さらには瀬戸内海の島々を一望できるという!
爽快!
ちなみに、岩国城へはロープウェイで行くことができます。
●シロヘビの館(旧・シロヘビ観覧所)
岩国といえば国指定天然記念物のシロヘビも有名です。
ヘビ・・・苦手なんだよな(笑)
でもせっかく来たのだから、意を決して入館。
ヘビは好き嫌いが分かれる動物の1つですが、岩国市では古くからシロヘビさんと呼ばれて親しまれているのだとか!
ちなみに岩国のシロヘビはアオダイショウが突然変異によって白化したものなんだって。
シロ猫とシロヘビ観覧所。
シロヘビとシロおばちゃん。
●巌流ゆかりの柳
錦川の川岸には巌流ゆかりの柳がありました。
巌流といえば佐々木小次郎さん!
宮本武蔵さんと戦った巌流島の決闘で有名なお方です。
吉川英治さんの小説・宮本武蔵によると、佐々木小次郎さんは岩国出身で必殺技の燕返しは錦川の河岸で柳の枝や燕を切ることで編み出された技なんだとか!
その物語に基づいて名付けられたのがこの巌流ゆかりの柳なんだって。
公園内には小次郎さんの銅像もありました。
一般的に佐々木小次郎さんは出生地・年齢不詳とされています。
そんなこんなで、岩国における小次郎伝説は吉川英治さんの創作の可能性が高そうですが、なぜか小次郎推しをする岩国なのでありました。
ちなみに吉香公園内では佐々木屋小次郎商店とお食事処・むさしによる熱いソフトクリームバトルが繰り広げられていました!
宮本武蔵 vs 佐々木小次郎のソフトクリーム巌流島だ!
と言いたいところですが、武蔵は平仮名表記のむさし。
小次郎は、佐々木小次郎ではなく佐々木屋小次郎!
ということで、ソックリさん対決の巌流島!
武蔵のソフトクリームは、なんと100種類!
数では武蔵の勝利ですが、小次郎は3年連続三ツ星を受賞しているという!
こうなれば自らの舌で両者の勝敗をつけたい・・・
そんなこんなで、両者の味を確かめてみましたが、味音痴の私はどちらも同じ味がした・・・(笑)
その他、吉香公園には白山比咩神社・吉香神社・香川家長屋門・旧目加田家住宅・吉川史料館・岩国徴古館などがありますが、全てを紹介するととてつもなく長い記事になりそうなので割愛!
まるまる1日遊べちゃうボリュームたっぷりの公園でした。
また行きたいな。
紅葉谷公園に隣接する吉香公園にはたくさんの見どころがありました。
なかでも1番有名なのが岩国のシンボルであります錦帯橋!
錦帯橋は錦川に架けられた5連の木造アーチ橋で、日本三名橋や日本三大奇橋に数えられています。
●錦帯橋
・1673年架橋
・1952年再架橋
・全長 約193.3m
・幅 約5m
・5連の木造アーチ橋
・国指定名勝
1673年、岩国領3代領主・吉川広嘉さんが現在の橋の原型となる木造橋を架けたのが始まり。
しかし、その後すぐに錦川の洪水により流失してしまったという。
そんなこんなで1674年、改良を加えて再架橋。
以後、1950年の台風で流失するまで276年間、その威容を保ち続けたという!
現在の錦帯橋は1953年に再建されたもので、2002〜2004年の平成の架け替え事業では劣化した木造部分が架け替えられたんだと。
ちなみに園内には錦帯橋を架橋した吉川広嘉さんの銅像がありました。
橋の長さは、直線距離で約193.3m。
橋面に沿った歩行距離は約210m。
橋幅は約5m。
そして橋台の高さは6.6mもある巨大木造橋!
橋は複雑な木組みで造られており、大工さんの技術の高さに感動したひと時でした。
ちなみに、釘はステンレス製ではなく、全て手打ちしたたたら鉄の和釘が使用されてるんだとか!
●岩国城
目線を上に向けると山上には岩国城。
岩国城は岩国領初代領主・吉川広家さんが1608年に築城したお城です。
築城当初は3層4階の桃山風南蛮造りだったそうですが、築城して7年後に一国一城令により取り壊されてしまったという。。
そんなこんなで、現在の天守は1962年に再建された模擬天守となっております。
天守からは錦帯橋をはじめ、吉香公園・城下町・岩国市内、さらには瀬戸内海の島々を一望できるという!
爽快!
ちなみに、岩国城へはロープウェイで行くことができます。
●シロヘビの館(旧・シロヘビ観覧所)
岩国といえば国指定天然記念物のシロヘビも有名です。
ヘビ・・・苦手なんだよな(笑)
でもせっかく来たのだから、意を決して入館。
ヘビは好き嫌いが分かれる動物の1つですが、岩国市では古くからシロヘビさんと呼ばれて親しまれているのだとか!
ちなみに岩国のシロヘビはアオダイショウが突然変異によって白化したものなんだって。
シロ猫とシロヘビ観覧所。
シロヘビとシロおばちゃん。
岩国白蛇神社の御朱印|蛇づくしの境内でシロヘビ観賞(山口県岩国市)
所在地山口県岩国市今津町6丁目4−2祭 神・田心姫神・湍津姫神・市杵島姫神・宇迦之御魂神(宇賀弁財天)由 緒今津地域の人々をはじめ、岩国市民の長年にわたる白蛇の保護と信仰に基づき、2012年12月1...
●巌流ゆかりの柳
錦川の川岸には巌流ゆかりの柳がありました。
巌流といえば佐々木小次郎さん!
宮本武蔵さんと戦った巌流島の決闘で有名なお方です。
吉川英治さんの小説・宮本武蔵によると、佐々木小次郎さんは岩国出身で必殺技の燕返しは錦川の河岸で柳の枝や燕を切ることで編み出された技なんだとか!
その物語に基づいて名付けられたのがこの巌流ゆかりの柳なんだって。
公園内には小次郎さんの銅像もありました。
一般的に佐々木小次郎さんは出生地・年齢不詳とされています。
そんなこんなで、岩国における小次郎伝説は吉川英治さんの創作の可能性が高そうですが、なぜか小次郎推しをする岩国なのでありました。
ちなみに吉香公園内では佐々木屋小次郎商店とお食事処・むさしによる熱いソフトクリームバトルが繰り広げられていました!
宮本武蔵 vs 佐々木小次郎のソフトクリーム巌流島だ!
と言いたいところですが、武蔵は平仮名表記のむさし。
小次郎は、佐々木小次郎ではなく佐々木屋小次郎!
ということで、ソックリさん対決の巌流島!
武蔵のソフトクリームは、なんと100種類!
数では武蔵の勝利ですが、小次郎は3年連続三ツ星を受賞しているという!
こうなれば自らの舌で両者の勝敗をつけたい・・・
そんなこんなで、両者の味を確かめてみましたが、味音痴の私はどちらも同じ味がした・・・(笑)
船島神社(巌流島)の御朱印|宮本武蔵 vs 佐々木小次郎の巌流島に鎮座|御朱印は彦島八幡宮で|(山口県下関市)
所在地山口県下関市大字彦島字船島648番地祭 神地神大神・龍神大神由 緒創建年不詳。船島(巌流島)の守護神といわれています。2003年に彦島八幡宮が祭禮を復活させ、現在に至ります。HPしものせき...
その他、吉香公園には白山比咩神社・吉香神社・香川家長屋門・旧目加田家住宅・吉川史料館・岩国徴古館などがありますが、全てを紹介するととてつもなく長い記事になりそうなので割愛!
まるまる1日遊べちゃうボリュームたっぷりの公園でした。
また行きたいな。
白山比咩神社の御朱印|吉香公園内に鎮座する岩国領主・吉川氏の産土神(山口県岩国市)
所在地山口県岩国市横山2-8−10祭 神菊理媛命・小白山比咩命・大己貴命由 緒創建年は不詳。しかし旧記によると、876年に勧請、884年に社殿を建立と記されているそうです。その後、1368〜1375年に...
吉香神社の御朱印|岩国領主・吉川氏の歴代祖霊を祀る|国重文の社殿に感動(山口県岩国市)
所在地山口県岩国市横山2-8−5祭 神吉川経義・吉川友兼・吉川経基吉川興経・吉川元春・吉川元長吉川広家・吉川広嘉・吉川経幹由 緒1573年、安芸国山県郡新庄村(現・広島県山県郡大朝町)の竜山八幡...
御朱印情報
●御朱印の種類
・永興寺の御朱印(本尊 釈迦牟尼仏)
●御朱印の受付場所
・寺務所(庫裏)
寺務所ではお寺の方が優しく対応してくれました。
●御朱印の受付時間
・不明
●御朱印の料金
・300円
●期間限定・特別御朱印
・なし
●オリジナル御朱印帳
・なし
・2010年5月29日 参拝
・2023年3月11日 再訪
・2023年5月 更新
・永興寺の御朱印(本尊 釈迦牟尼仏)
●御朱印の受付場所
・寺務所(庫裏)
寺務所ではお寺の方が優しく対応してくれました。
●御朱印の受付時間
・不明
●御朱印の料金
・300円
●期間限定・特別御朱印
・なし
●オリジナル御朱印帳
・なし
・2010年5月29日 参拝
・2023年3月11日 再訪
・2023年5月 更新
洞泉寺の御朱印|岩国領主・吉川家の菩提寺(山口県岩国市)
所在地山口県岩国市横山1丁目10−31宗 派曹洞宗札 所岩国南八十八霊場 第12番由 緒1450年、安芸国の国人・吉川経信が芸州新庄(現・広島県山県郡北広島町)に盤目山 洞仙寺を創建したのが始ま...
参拝情報とアクセス
●開門時間
・不明
●拝観料
・無料
●最寄りの駅
・JR岩徳線
西岩国駅から車で10分
西岩国駅から徒歩35分
・JR山陽本線
岩国駅から車で15分
岩国駅から徒歩1時間10分
●最寄りのバス停
・いわくにバス
錦帯橋 バス停から徒歩15分
●最寄りのIC
・山陽自動車道
岩国ICから車で10分
●駐車場
・無料の専用駐車場あり
・不明
●拝観料
・無料
●最寄りの駅
・JR岩徳線
西岩国駅から車で10分
西岩国駅から徒歩35分
・JR山陽本線
岩国駅から車で15分
岩国駅から徒歩1時間10分
●最寄りのバス停
・いわくにバス
錦帯橋 バス停から徒歩15分
●最寄りのIC
・山陽自動車道
岩国ICから車で10分
●駐車場
・無料の専用駐車場あり