洞泉寺の御朱印|岩国領主・吉川家の菩提寺(山口県岩国市)

所在地山口県岩国市横山1丁目10−31
宗 派曹洞宗
札 所岩国南八十八霊場 第12番
由 緒 1450年、安芸国の国人・吉川経信が芸州新庄(現・広島県山県郡北広島町)に盤目山 洞仙寺を創建したのが始まり。1600年、関ヶ原の戦いの後、毛利家が防長二州に移封された際、毛利家とともに吉川家も安芸国から周防国に移り住むことになりました。その際、洞仙寺も現在地に移転。そして洞仙寺から洞泉寺に改称しました。以後、吉川家の菩提寺となり、現在に至ります。
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境内入口と参道と臥龍の梅

●錦帯橋

本日は山口県岩国市を旅しています。


●紅葉谷公園

そんなこんなで、岩国市の人気観光スポット・吉香公園に隣接する紅葉谷公園をプラプラと散策しているとお寺を発見。

ということで、立ち寄ることに。


●境内入口

どうやらこちらは洞泉寺というお寺のようです。

正式名称は盤目山 洞泉寺

盤目山 洞泉寺と書いてばんもくさん とうせんじと読むそうです。


ちなみに紅葉谷公園は、江戸時代からあったいくつかの寺院跡地を公園化したものです。

その昔は寺谷と呼ばれ、多くの寺院が集まっていたそうですが、現在は洞泉寺と永興寺の2ヶ寺のみが残っています。


●参道

参道はとても広いです。

そのため、大きなお寺さんなのかなぁ〜と思っていたのですが、広いのはここだけ。

山裾のわずかな土地に建つ小さなお寺さんでした。

説明板によると、かつてこのお寺は岩国五山の筆頭だったそうですが、現在はその面影はなく・・・。

観光客もなく、静寂に包まれたお寺さんでした。

それにしても岩国五山ってどのお寺のことなんだろう?

調べてみたけど、わかりませんでした。


●臥龍の梅(がりょうのうめ)

●臥龍の梅
・樹齢300年

参道脇には樹齢300年を超える梅の木がありました。

この梅は臥龍の梅といい、このお寺の見どころの1つのようです。

それにしても樹齢300年にしちゃ、寂しい樹形だなぁ〜。

と思ったら、2004年の台風で幹や枝が折れるなどの被害に遭ってしまったのだとか。。


その他、参道脇には何本かの梅がありました。

ちなみに、毎年2月下旬〜3月中旬の梅のシーズンになると多くの観光客で賑わうそうですよ。

永興寺の御朱印|夢窓疎石の庭園と快慶の仏像(山口県岩国市)
所在地山口県岩国市横山1丁目10−27宗 派臨済宗天龍寺派札 所岩国南八十八霊場 第11番・32番由 緒1309年、臨済宗の高僧・仏国国師を開山に、大内氏8代当主・大内弘幸が創建したお寺といいま...
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山門と回廊

●山門

●山門
・建立年不明
・瓦葺 切妻造 四脚門

そんなこんなで、山門に到着。

小ぶりながらも、両サイドに回廊を備えた曹洞宗らしい面構えでした。


山門の扉には獅子の透かし彫りがありました。

さりげないワンポイントがオシャレな門だったなぁ。


その他、山門の蟇股(下)では岩国領主・吉川家の家紋であります輪九曜紋を確認することができました。


そんなこんなで、山門をくぐって回廊へ。


●回廊

左右の回廊にはそれぞれ仏様が安置されており、仏像さんの先は行き止まりになっていたため、回廊を歩くことはできませんでしたよ。

うぅ~ん、これは回廊というより塀といったほうがしっくりくる造りだなぁ。


そんなことより、向かって左側の回廊には地蔵菩薩さん。

そして、右側は・・・蔵王権現さん?

いや、この足の上げ方は烏枢沙摩明王さんかも知れません。

烏枢沙摩明王さんといえばトイレの神様として知られています。

もしかしたら、烏枢沙摩明王さん側の回廊には東司(トイレ)があるのかな?

とかなんとか思いつつ。
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本堂と金銅如来形坐像

●本堂

●本堂
・建立年不明
・瓦葺 入母屋造

続いて、本堂で参拝。

山門と本堂の距離が近いため、とても窮屈に感じる境内でした。

ちなみにこのお寺さんは岩国南八十八霊場の第12番札所となっております。


扁額には山号の盤目山

もともとこのお寺は、1450年に安芸国の国人・吉川経信が現・広島県山県郡北広島町の山中にある盤の目というところに創建したのが始まりなんだそうです。

その盤の目が盤目山という山号の由来なんだとか(ネット情報)


広島から岩国に移転したのは関ヶ原の戦い後の1603年。

関ヶ原の戦いで、西軍の総大将だった毛利家が敗戦したことにより、毛利家は112万石の大大名から防長二州の36万9千石へと大減封。

そんなこんなで、毛利家の移封にともない吉川家も安芸国から周防国に移り住むこととなり、このお寺も現在地に移転してきたんだって。

その際、寺号を洞寺から洞寺に改称したそうです。

以後、岩国領(藩)吉川家の菩提寺となり、岩国五山の筆頭寺院になったんだと。

そんなこんなで、領内第一の大寺として発展し、歴代住職には名僧が選ばれたんだって。


●金銅如来形坐像

●金銅如来形坐像
・高麗時代後期作
・像高 66.5cm
・膝張り 49.4cm
・銅製
・山口県指定有形文化財

説明板によると、寺宝として金銅如来形坐像があるんだとか。

どうやらこの仏像さんの材質は銅製で、高麗時代後期作の渡来仏のようです。

高麗時代後期は日本でいう室町時代

ちなみに、この仏像さんが広島の洞仙寺から移ってきたのか、はたまたこのお寺が岩国に移転した後に移ってきたのか、それとも別のお寺から移ってきたのかは不詳のようです。


そんなこんなで、参拝終了。

いやはや、素敵なお寺さんでした。
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吉川家墓所

●吉川家墓所

そんなこんなで参拝後、洞泉寺から徒歩すぐのところにある吉川家墓所を参拝してきました。

洞泉寺の隣には永興寺があり、その永興寺の隣に吉川家墓所はあります。


吉川家墓所には岩国領主(藩主)・吉川家の代々のお墓が立ち並んでいるのですが、その数50基以上!

初代領主・広家さんから12代領主(初代藩主)経幹さん(第6代と2代藩主を除く)、ならびに一族のお墓が立ち並んでいるという!

ちなみに吉川家墓所は山口県の史跡に指定されています。


墓所内にはたくさんお墓が点在しているのですが、墓地から墓地に繋がる道はとても複雑に入り込んでおり、まるで巨大迷路のようになってました。


行き止まりだらけの巨大迷路!



その行き止まりには巨大な墓石が立っており、それはモンスターのごとく。

まるで実写版ドラクエ!

ダンジョンのようでしたよ!


この方は参拝して、この方は参拝しない、という区別をしたくないので、全てのお墓を参拝したわけなのですが、かなり疲れましたよ。

これはある意味、スポーツ参拝。

●吉川家墓所の内訳

■■■ 男性 ■■■
・初代領主 吉川広家
・2代領主 吉川広正
・3代領主 吉川広嘉
・4代領主 吉川広紀
・5代領主 吉川広逵
・7代領主 吉川経倫
・8代領主 吉川経忠
・9代領主 吉川経賢
・10代領主 吉川経礼
・11代領主 吉川経章
・12代領主 吉川経幹(初代藩主)

※6代領主・吉川経永と2代藩主・吉川経健の墓所は実相院にあります。


■■■ 女性 ■■■
新庄局
(熊谷信直の娘、吉川元春の妻)

高玄院
(毛利輝元の娘・竹姫、吉川広正の妻)

天長院
(大納言・鷲尾隆量の娘、吉川広嘉の妻)

蓮徳院
(旗本・石川義当の娘・喜井、吉川広紀の妻)

正理院
(栗原忠良の娘・多喜、吉川広逵の妻)

瑞蓮院
(旗本・中条信実の娘、吉川経永の妻)

華厳院
(小野藩主・一柳末栄の娘、吉川経倫の妻)

喬松院
(柏原藩主・織田信憑の娘、吉川経忠の妻)

円成院
(日出藩主・木下俊懋の娘、吉川経礼の妻)

成豊院
(吉川経礼の後妻)

木下順子
(足守藩主・木下利愛の娘、吉川経幹の妻)


■■■ 子 ■■■
新八郎
(2代領主・吉川広正の7男)

道祖太郎
(2代領主・吉川広正の9男)

礒姫
(4代領主・吉川広紀の長女)

友千代
(6代領主・吉川経永の長男)

代八
(6代領主・吉川経永の次男)

富姫
(6代領主・吉川経永の長女)

佐久姫
(6代領主・吉川経永の次女)

益姫
(6代領主・吉川経永の3女)

三千菊姫
(6代領主・吉川経永の4女)

吉五郎
(7代領主・吉川経倫の次男)

万千代姫
(7代領主・吉川経倫の長女)

勝姫
(7代領主・吉川経倫の3女)

修姫
(8代領主・吉川経忠の長女)

憲太能
(10代領主・吉川経礼の長男)

数姫
(12代領主・吉川経幹の娘)

合祀墓(初代・2代藩主の6人の子を埋葬)
① 俗名不明
(初代領主・吉川広家の3男)
② 竹搥姫
(2代領主・吉川広正の10女)
③ 千代松姫
(2代領主・吉川広正の11女)
④ 長吉
(2代領主・吉川広正の4男)
⑤ 金三郎
(2代領主・吉川広正の5男)
⑥ 大助
(2代領主・吉川広正の6男)


というか、なんでこんなに迷路のようにしたんだろう・・・(-“-;) ??

どうやらこの墓所は初代領主・広家さんが没した1625年頃から順次つくられたものなんだとか。

ということで、領主がお亡くなりになる度に、墓域を拡張していった結果、このような迷路になった・・・と勝手に推測しつつ。

ちなみに3代領主・吉川広嘉さんや4代領主・広紀さんなどが眠るエリアを寺谷のお塔と呼び、初代領主・広家さんや 12代領主(初代藩主)・経幹さんが眠るエリアを山のお塔と呼ぶそうです。


そんなこんなで、ラスボスにあたる初代当主・吉川広家さんのお墓を参拝。

吉川広家さんのお墓は薄気味悪い山道を登った場所ありました。

どうでもいい話ですが、光量不足のためピンボケ写真になってしまいました。


●みみずくの手水鉢
・1625年寄進

ボス、いわゆる吉川広家の墓石の横にはポップな手水鉢がありました。

なんとこの手水鉢は、広島藩の茶人・上田宗箇さんが広家に贈ったものだという!

それにしてもポップなモンスターだ。

な~んとなく鳥山明さんが描きそうなフクロウのモンスターでしたよ。

そんなこんなで、勇者である私は会心の一撃『写真攻撃』で倒す。

そしてラスボス、いわゆる吉川広家さんのお墓の前で手を合わせてエンディングを迎えたのでありました。

って、なんのこっちゃ。
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周辺の見どころ(吉香公園)

●錦帯橋

紅葉谷公園に隣接する吉香公園にはたくさんの見どころがありました。

なかでも1番有名なのが岩国のシンボルであります錦帯橋!

錦帯橋は錦川に架けられた5連の木造アーチ橋で、日本三名橋日本三大奇橋に数えられています。


●錦帯橋
・1673年架橋
・1952年再架橋
・全長 約193.3m
・幅 約5m
・5連の木造アーチ橋
・国指定名勝

1673年、岩国領3代領主・吉川広嘉さんが現在の橋の原型となる木造橋を架けたのが始まり。

しかし、その後すぐに錦川の洪水により流失してしまったという。

そんなこんなで1674年、改良を加えて再架橋。

以後、1950年の台風で流失するまで276年間、その威容を保ち続けたという!

現在の錦帯橋は1953年に再建されたもので、2002〜2004年の平成の架け替え事業では劣化した木造部分が架け替えられたんだと。


ちなみに園内には錦帯橋を架橋した吉川広嘉さんの銅像がありました。


橋の長さは、直線距離で約193.3m。

橋面に沿った歩行距離は約210m。

橋幅は約5m。

そして橋台の高さは6.6mもある巨大木造橋!


橋は複雑な木組みで造られており、大工さんの技術の高さに感動したひと時でした。

ちなみに、釘はステンレス製ではなく、全て手打ちしたたたら鉄の和釘が使用されてるんだとか!


●岩国城

目線を上に向けると山上には岩国城


岩国城は岩国領初代領主・吉川広家さんが1608年に築城したお城です。

築城当初は3層4階の桃山風南蛮造りだったそうですが、築城して7年後に一国一城令により取り壊されてしまったという。。

そんなこんなで、現在の天守は1962年に再建された模擬天守となっております。


天守からは錦帯橋をはじめ、吉香公園・城下町・岩国市内、さらには瀬戸内海の島々を一望できるという!

爽快!

ちなみに、岩国城へはロープウェイで行くことができます。


●シロヘビの館(旧・シロヘビ観覧所)

岩国といえば国指定天然記念物のシロヘビも有名です。

ヘビ・・・苦手なんだよな(笑)

でもせっかく来たのだから、意を決して入館。


ヘビは好き嫌いが分かれる動物の1つですが、岩国市では古くからシロヘビさんと呼ばれて親しまれているのだとか!

ちなみに岩国のシロヘビはアオダイショウが突然変異によって白化したものなんだって。


シロ猫とシロヘビ観覧所。


シロヘビとシロおばちゃん。

岩国白蛇神社の御朱印|蛇づくしの境内でシロヘビ観賞(山口県岩国市)
所在地山口県岩国市今津町6丁目4−2祭 神・田心姫神・湍津姫神・市杵島姫神・宇迦之御魂神(宇賀弁財天)由 緒今津地域の人々をはじめ、岩国市民の長年にわたる白蛇の保護と信仰に基づき、2012年12月1...


●巌流ゆかりの柳

錦川の川岸には巌流ゆかりの柳がありました。

巌流といえば佐々木小次郎さん!

宮本武蔵さんと戦った巌流島の決闘で有名なお方です。

吉川英治さんの小説・宮本武蔵によると、佐々木小次郎さんは岩国出身で必殺技の燕返し錦川の河岸で柳の枝や燕を切ることで編み出された技なんだとか!

その物語に基づいて名付けられたのがこの巌流ゆかりの柳なんだって。


公園内には小次郎さんの銅像もありました。

一般的に佐々木小次郎さんは出生地・年齢不詳とされています。

そんなこんなで、岩国における小次郎伝説は吉川英治さんの創作の可能性が高そうですが、なぜか小次郎推しをする岩国なのでありました。


ちなみに吉香公園内では佐々木屋小次郎商店とお食事処・むさしによる熱いソフトクリームバトルが繰り広げられていました!

宮本武蔵 vs 佐々木小次郎のソフトクリーム巌流島だ!


と言いたいところですが、武蔵は平仮名表記のむさし

小次郎は、佐々木小次郎ではなく佐々木小次郎!

ということで、ソックリさん対決の巌流島!


武蔵のソフトクリームは、なんと100種類!

数では武蔵の勝利ですが、小次郎は3年連続三ツ星を受賞しているという!

こうなれば自らの舌で両者の勝敗をつけたい・・・


そんなこんなで、両者の味を確かめてみましたが、味音痴の私はどちらも同じ味がした・・・(笑)

船島神社(巌流島)の御朱印|宮本武蔵 vs 佐々木小次郎の巌流島に鎮座|御朱印は彦島八幡宮で|(山口県下関市)
所在地山口県下関市大字彦島字船島648番地祭 神地神大神・龍神大神由 緒創建年不詳。船島(巌流島)の守護神といわれています。2003年に彦島八幡宮が祭禮を復活させ、現在に至ります。HPしものせき...



その他、吉香公園には白山比咩神社・吉香神社・香川家長屋門・旧目加田家住宅・吉川史料館・岩国徴古館などがありますが、全てを紹介するととてつもなく長い記事になりそうなので割愛!

まるまる1日遊べちゃうボリュームたっぷりの公園でした。

また行きたいな。

白山比咩神社の御朱印|吉香公園内に鎮座する岩国領主・吉川氏の産土神(山口県岩国市)
所在地山口県岩国市横山2-8−10祭 神菊理媛命・小白山比咩命・大己貴命由 緒創建年は不詳。しかし旧記によると、876年に勧請、884年に社殿を建立と記されているそうです。その後、1368〜1375年に...
吉香神社の御朱印|岩国領主・吉川氏の歴代祖霊を祀る|国重文の社殿に感動(山口県岩国市)
所在地山口県岩国市横山2-8−5祭 神吉川経義・吉川友兼・吉川経基吉川興経・吉川元春・吉川元長吉川広家・吉川広嘉・吉川経幹由 緒1573年、安芸国山県郡新庄村(現・広島県山県郡大朝町)の竜山八幡...
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御朱印情報


●御朱印の種類
・洞泉寺の御朱印(護龍法窟)

●御朱印の受付場所
・本堂

※御朱印は本堂前に書置きが用意されていました。

●御朱印の受付時間
・不明

●御朱印の料金
・300円

●期間限定・特別御朱印
・なし

●オリジナル御朱印帳
・なし

・2010年5月29日 参拝
・2023年3月11日 参拝
・2023年5月 更新

永興寺の御朱印|夢窓疎石の庭園と快慶の仏像(山口県岩国市)
所在地山口県岩国市横山1丁目10−27宗 派臨済宗天龍寺派札 所岩国南八十八霊場 第11番・32番由 緒1309年、臨済宗の高僧・仏国国師を開山に、大内氏8代当主・大内弘幸が創建したお寺といいま...
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参拝情報とアクセス

●洞泉寺の開門時間
・不明

●洞泉寺の拝観料
・無料

●吉川家墓所の開門時間
・7:00~20:00

●吉川家墓所の拝観料
・無料

●最寄りの駅
・JR岩徳線
 西岩国駅から車で10分
 西岩国駅から徒歩35分

・JR山陽本線
 岩国駅から車で15分
 岩国駅から徒歩1時間10分

●最寄りのバス停
・いわくにバス
 錦帯橋 バス停から徒歩15分

●最寄りのIC
・山陽自動車道
 岩国ICから車で10分

●駐車場
・なし

※洞泉寺には専用駐車場はありません
ですので、吉香公園のロープウェイ前の駐車場、もしくは錦川の河川敷にある下河原駐車場か上河原駐車場に駐車することになります。

いずれの駐車場も無料ですが、多客時の昼間は有料となります。

駐車場名台数料金時間
下河原約300台無料
(多客時 300円)
24時間
上河原
(乗用車のみ)
約130台無料
(多客時 300円)
24時間
ロープウエイ前
(乗用車のみ)
約58台無料7:00~20:00
※下河原・上河原駐車場は河川の増水により閉鎖の場合あり。
※花火大会の日は料金変更あり。

洞泉寺の地図

 

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