所在地 | 広島県尾道市西久保町8−3 |
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宗 派 | 時宗 |
由 緒 | もともと、この地には天台宗の小堂が建っていたという。1309年、時宗第2祖・他阿真教上人が諸国を巡錫中、尾道にとどまり念仏を布教していたという。その際、霊夢を感じたため、その地に生えていた榧の大木でお堂を建立。それが時宗寺院としての始まりといわれています。そのためかつては榧堂と呼ばれ、時宗念仏の大道場として隆盛を誇ったそうです。その後、光明天皇の祈願所となり、尾陽山願王院の称号を得たという。1340年、足利尊氏の寄進により七堂伽藍を構えますが、1352〜1356年に火災により本堂を残して焼失。その後も焼失と再建を繰り返し、現在に至るそうです。 |
常称寺とは?
尾道市街地の線路沿いにはたくさんのお寺が点在しています。
そして線路沿いには各寺の道標が立っているので、ついつい立ち寄りたくなっちゃう!
そんなこんなで、尾道 古寺めぐりコースの1つであります、常称寺に到着。
このお寺の正式名称は尾陽山 願王院 常称寺。
尾陽山 願王院 常称寺と書いてびようざん がんおういん じょうしょうじと読みます。
尾道市内には国重文の建造物があるお寺が6ヶ寺あるという。
その1つが常称寺です。
●尾道市内の国重文の建造物
①浄土寺 11件(国宝 2棟)
②西国寺 2件
③天寧寺 1件
④西郷寺 2件
⑤常称寺 4件(附・墓処門)
⑥光明坊 1件
①浄土寺 11件(国宝 2棟)
②西国寺 2件
③天寧寺 1件
④西郷寺 2件
⑤常称寺 4件(附・墓処門)
⑥光明坊 1件
常称寺には本堂・観音堂・鐘撞堂・大門(附・墓処門)の4棟が国重文に指定されており、室町時代前期から江戸時代前期にわたって建立された建造物は当時の時宗寺院の伽藍構成を理解する上で学術的に非常に価値が高いんだとか!
宗派は時宗遊行派。
常称寺は広島の時宗寺院の中で筆頭格・拠点的寺院なんだとか。
現在、全国に時宗の寺院は約400寺しかありません。
そのうち広島県内には8ヶ寺。
その8ヶ寺のうち6ヶ寺が尾道に集中しているという!
尾道という小さな町に6ヶ寺の時宗寺院が集中しているのは、他の地域に比べるとちょっと異常ですね。
ちなみに現在、尾道市街地には25の寺院があります。
●宗派の内訳
・真言宗 8ヶ寺
・時宗 6ヶ寺
・浄土宗 5ヶ寺
・浄土真宗 3ヶ寺
・曹洞宗 2ヶ寺
・日蓮宗 1ヶ寺
・真言宗 8ヶ寺
・時宗 6ヶ寺
・浄土宗 5ヶ寺
・浄土真宗 3ヶ寺
・曹洞宗 2ヶ寺
・日蓮宗 1ヶ寺
時宗が第2位にランクインしているという!
やはり尾道のお寺事情は独特だぁ。
常称寺の境内は線路と国道で分断されています。
そのため、大門だけ民家の中に取り残された形になっています。
常称寺に限らず、尾道の線路沿いにある寺社は鉄道と国道の開通により、寺領の分断・縮小もしくは移転を余儀なくされています。
例えば、亀山八幡宮(久保八幡神社)も線路と国道を挟んだところに鳥居と随身門が取り残されています。
浄泉寺も線路と国道を挟んだところに参道が残っています。
そんなこんなで、参拝開始。
大門(山門)
●大門(山門)
・1353年建立
・瓦葺 切妻造 四脚門
・国指定重要文化財
いきなり本堂エリアから参拝しようかと思いましたが、せっかくなので民家の中に取り残された大門から参拝スタート。
なんとこの大門は常称寺最古の建造物なんだとか。
時宗第2祖・他阿真教上人が常称寺を創建した際、大門周辺の参道に布施屋を設けていたそうです。
そのことからもわかるように、時宗は民衆のなかに融けこんで布教活動をしていたみたいですね。
ちなみに、布施屋とは今でいう簡易宿舎や診療所的なものです。
大門の大棟には巴紋が確認できました。
って、お寺なのに巴紋!?
実はかつて境内には鎮守社として牛頭天王を祀る祇園社が鎮座していたそうです。
尾道を代表するお祭りである祇園祭(通称・三体まわし)は、常称寺の祇園社が起源なんだって。
ちなみに祇園社は明治時代の神仏分離令により厳島神社に合祀されたそうです(現・厳島 八坂神社)
ということで、巴紋があるのは祇園社の名残というわけだ。
どうやら門は朱色に彩色されていたみたいですね。
この彩色が当時のものなのか、はたまた後の時代に塗り直されたものなのかはわかりませんが、往時は今の姿からは想像できないくらい鮮やかな門だったんだろうなぁ。
門の側面には袖塀の跡がありました。
ということで、もともとこの門は袖塀付きの四脚門だったみたいですね。
それにしても傷みが激しかったです。
屋根にはビニールシートが・・・。
柱も朽ちてました・・・。
礎石ならぬ礎ブロック!
こんな基礎でも倒れてないことに軽く感動してしまいました。
大門から国道を望む。
国道は交通量が多く、車がビュンビュンと走っていました。
もともとは大門をくぐると本堂まで参道が続いていたんだろうなぁ・・・全く想像できないや(笑)
ちなみに大門をくぐることはできませんでした。
そんなこんなで、国道を渡りーの、線路を渡りーので本堂エリアに到着。
本堂
●本堂
・室町時代中期建立
・瓦葺 入母屋造
・国指定重要文化財
本堂は古寺オーラがビンビン!
歴史を感じる古瓦。
優雅に伸びる軒先。
どこかしら奈良の古寺に似たシンプルで素朴なお堂でした。
説明板によると外観は和様。
内部構成は禅宗様になっているみたい。
内陣・外陣・脇陣を一体的空間にするなど,室町〜安土桃山時代における時宗本堂の特徴をよく表してるんだとか。
●堂内の天井画
・1840年作
ありがたいことに戸が開いていたので、堂内をのぞいてみることに。
すると天女さんと目が合った!
なんて素晴らしい天井画なんでしょ!
この天井画は1840年作。
本堂は室町時代中期の建立ですので、この天井画は本堂の建立から約450年経ってから描かれたものみたいだね。
●阿弥陀如来立像
・1325年作
・像高 130.9cm
・寄木造
・作者 法橋宗擔
・広島県指定有形文化財
御本尊は阿弥陀如来さん。
その他、堂内には時宗第2祖・他阿真教上人像が安置されているみたいです。
●須弥壇と厨子
・1366年作
・須弥壇 約1.03m
・厨子 約2.62m
・国指定重要文化財
もともと須弥壇と厨子は県重文でしたが、現在は国重文に格上げされています。
本堂の降棟の先端には龍頭瓦。
その名の通り、龍頭瓦は龍の頭をした瓦です。
ネットの情報によると、龍頭瓦が葺かれている中世の建物は非常に珍しいんだとか。
龍神は水を司る水神で火災避けの意味があります。
そんなこんなで、龍はお寺の屋根瓦や堂内の天井に描かれることが多いです。
なぁ~んとなく、降棟が胴体に見えたひと時。
観音堂と鐘撞堂と墓処門
●観音堂
●観音堂
・室町時代後期建立
・瓦葺 宝形造
・国指定重要文化財
続いて、観音堂を参拝。
観音堂は、桁行3間、梁間3間。
正面1間に向拝が付いた小さなお堂でした。
大門・本堂同様、このお堂もかなり年季が入っていましたよ。
ガラスが反射してはっきりと見えなかったのですが、堂内には立派な観音坐像が安置されていました。
●鐘撞堂
●鐘撞堂
・江戸時代前期建立
・瓦葺 入母屋造
・国指定重要文化財
続いて、鐘撞堂へ。
鐘楼は隣接する保育園の敷地内に建っていました。
遊具に混ざって、保育園の風景に馴染んでいましたよ。
ちなみに鐘は吊るされていませんでした。
子供たちが遊具と間違えて鐘を鳴らしまくるのを防ぐためかも?
・・・って、さすがにそれはないか。
●墓処門
●墓処門
・室町時代中期建立
・瓦葺 切妻造 薬医門
・国指定重要文化財
続いて、墓処門へ。
その名の通り、墓所入口の門です。
一見、何の変哲もない門に見えますが、なんとこの門も国重文に指定されているという!
●観音堂
・室町時代後期建立
・瓦葺 宝形造
・国指定重要文化財
続いて、観音堂を参拝。
観音堂は、桁行3間、梁間3間。
正面1間に向拝が付いた小さなお堂でした。
大門・本堂同様、このお堂もかなり年季が入っていましたよ。
ガラスが反射してはっきりと見えなかったのですが、堂内には立派な観音坐像が安置されていました。
●鐘撞堂
●鐘撞堂
・江戸時代前期建立
・瓦葺 入母屋造
・国指定重要文化財
続いて、鐘撞堂へ。
鐘楼は隣接する保育園の敷地内に建っていました。
遊具に混ざって、保育園の風景に馴染んでいましたよ。
ちなみに鐘は吊るされていませんでした。
子供たちが遊具と間違えて鐘を鳴らしまくるのを防ぐためかも?
・・・って、さすがにそれはないか。
●墓処門
●墓処門
・室町時代中期建立
・瓦葺 切妻造 薬医門
・国指定重要文化財
続いて、墓処門へ。
その名の通り、墓所入口の門です。
一見、何の変哲もない門に見えますが、なんとこの門も国重文に指定されているという!
その他の見どころ
●庫裏・客殿
こちらは本堂の隣に建つ庫裏・客殿です。
過去6度ほど参拝しましたが縁に恵まれず・・・いまだ御朱印を頂くことができていません!
●六地蔵
境内には六地蔵さんがおられました。
尾道には六地蔵さんがいるお寺が多いです。
私が参拝したお寺には、ほとんどと言っていいほど六地蔵さんがおられました。
こちらはまだ国重文に格上げされる前の説明板です。
国重文ではなく県重文になっているというね。
何気にレアな写真です(笑)
そうこうしていると、踏切が鳴り出した!
境内と線路が近過ぎる!
うわぁぁ~
お堂の中に電車が吸い込まれていくーっ!
その他、このお寺にはいくつかの寺宝があります。
そんなこんなで、参拝終了。
いやはや、素敵なお寺さんでした。
こちらは本堂の隣に建つ庫裏・客殿です。
過去6度ほど参拝しましたが縁に恵まれず・・・いまだ御朱印を頂くことができていません!
●六地蔵
境内には六地蔵さんがおられました。
尾道には六地蔵さんがいるお寺が多いです。
私が参拝したお寺には、ほとんどと言っていいほど六地蔵さんがおられました。
こちらはまだ国重文に格上げされる前の説明板です。
国重文ではなく県重文になっているというね。
何気にレアな写真です(笑)
そうこうしていると、踏切が鳴り出した!
境内と線路が近過ぎる!
うわぁぁ~
お堂の中に電車が吸い込まれていくーっ!
その他、このお寺にはいくつかの寺宝があります。
●白描遊行上人絵
・南北朝時代作
・国指定重要文化財
●真教上人坐像
・南北朝時代作
・広島県指定有形文化財
●薬師如来立像など3件
・尾道市指定有形文化財
・南北朝時代作
・国指定重要文化財
●真教上人坐像
・南北朝時代作
・広島県指定有形文化財
●薬師如来立像など3件
・尾道市指定有形文化財
そんなこんなで、参拝終了。
いやはや、素敵なお寺さんでした。
改修工事
久々に常称寺を訪れたら、なんと工事中!
どうやら230年ぶりの大改修を行なっているみたいです。
総事業費は11億5千万円!
工事期間は2017年2月~2024年12月(予定)なんだとか。
以前、ブルーシートで覆われていた大門はトタン屋根になっていました。
なんだかオモチャみたいなフォルムになっちゃったなぁ。
そんなことより、てっきり大門も改修工事されるものだと思っていたのですが・・・
境内に貼ってあった修理対象建造物の中に大門は含まれてなかったのですよ!
もはや、生かさず殺さずの状態・・・
頑張って生きて!
遊具に埋もれていた鐘楼はご覧の通りスッキリ!
遊具は撤去され、近くに生えていた木も伐採されていました。
工事が終わったら、また遊具が復活するのかな?
ニュースによると、堂内の龍や天女の天井画は剝落部分を補修。
そして堂内の柱はベンガラ色に塗り直して復元したんだとか。
工事が終わったら、また参拝したいなぁ〜。
御朱印情報
過去6度ほど参拝しましたが縁に恵まれず・・・いまだ御朱印を頂くことができていません!
果たして御朱印を頂ける日は訪れるのだろうか・・・(笑)
●御朱印の種類
・常称寺の御朱印
●御朱印の受付場所
・庫裏(多分)
●御朱印の受付時間
・不明
●御朱印の料金
・不明(300円?)
●期間限定・特別御朱印
・不明
●オリジナル御朱印帳
・不明
・2008年12月28日 参拝
・2009年2月15日 再訪
・2012年12月8日 再訪
・2013年2月2日 再訪
・2016年7月15日 再訪
・2024年1月7日 再訪
・2024年1月 最終更新
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参拝情報とアクセス
●開門時間
・境内自由
●拝観料
・無料
●最寄りの駅
・JR尾道駅から徒歩20分
●最寄りのバス停
・おのみちバス
西国寺下 バス停から徒歩1分
●最寄りのIC
・山陽自動車道
尾道ICから車で20分
●駐車場
・なし
※常称寺には駐車場はありません。
ですので、参拝の際は近隣の有料駐車場を利用することになります。
・境内自由
●拝観料
・無料
●最寄りの駅
・JR尾道駅から徒歩20分
●最寄りのバス停
・おのみちバス
西国寺下 バス停から徒歩1分
●最寄りのIC
・山陽自動車道
尾道ICから車で20分
●駐車場
・なし
※常称寺には駐車場はありません。
ですので、参拝の際は近隣の有料駐車場を利用することになります。
福石猫探しの旅|猫の細道・招き猫美術館など|野良猫のように野良る(広島県尾道市)
所在地広島県尾道市概 要福石猫は芸術家・園山春二さんが考案した福を呼ぶ石。尾道一帯に約1000匹の福石猫が置かれているそうです。HP福石猫の里親を探しています-尾道イーハトーヴ-福石猫とは?...