高諸神社の参拝記と御朱印情報~おつるぎさん~(広島県福山市今津町)

都道府県別
住 所広島県福山市今津町6丁目15−10
祭 神須佐之男命・劔比古神
社 格式内社
由 緒676年、今津村の海岸に難破船が漂着したとのこと。船には3人が乗っていましたが、言葉が通じなかった為、庄司(荘園を管理する役人)の田盛が筆談したところ、新羅の国王だということが判明。どうやら劉仁軌の乱を逃れて日本に来る途中に遭難したという。 しかし翌年、死去。その翌年、田盛の夢に新羅の国王が現れ『我は須佐之男命だ。祠を構えて、この剣を祀ってくれ』と神託があったという。そんなこんなで、田盛が社殿を建立し、剣大明神として祀ったのがこの神社の始まりとのことです。
スポンサーリンク

式内社・高諸神社

●鳥居

●鳥居
・1694年建立
・明神鳥居

鳥居の柱が藁座っぽい感じでコンクリ補強されてました。


●狛犬

●狛犬
・1813年建立

台座に尾道と刻まれていたので、おそらく尾道の石工が作った狛犬と思われます。


●手水舎


スサノオゆかりの神社ということだからか、手水舎には蘇民将来の 注連飾りがありました。

●蘇民将来とは?
ザックリと簡単に蘇民将来とは、スサノオもしくは牛頭天王が主人公の伝説です。

●蘇民将来伝説が伝わる地
・京都・八坂神社(祇園社)
広島県福山市(備後国)
・三重県伊勢市
・長野県上田市

●蘇民将来伝説
蘇民将来伝説には2つの説があります。この2つの説は途中まで似たようなお話ですが、クライマックスが全然違います。

その昔、武塔神(スサノオ・牛頭天王)という神様が、南海の娘を嫁にもらおうと旅に出ました。旅の途中、日が暮れてしまったので、宿を探すことに。そんなこんなで、巨旦という村で1番お金持ちの家に『一晩泊めさせてください』とお願いしましたが、お金持ちは『うちは貧乏だから無理!』と嘘をついて断りました。仕方ないので、次は蘇民という貧乏な家に『一晩泊めさせてください』とお願いしました。すると『汚い家だけど、どうぞ』と家の中に招きました。貧乏なのに、御馳走まで振る舞いました。次の日、武塔神(スサノオ・牛頭天王)は泊めてもらったお礼にお金が貯まる珠をプレゼントしました。 その後、武塔神(スサノオ・牛頭天王)は無事お嫁さんをもらい、南海の娘は8人の王子を授かりました。そんなこんなで8年後、故郷に帰ることにしました。旅の途中、村に立ち寄ると、蘇民は長者になっていました。これはチャンスと思った巨旦は『次はワシの家に泊まってもらおっ』と武塔神(スサノオ・牛頭天王)を家に招きますが、逆に次々と悪いことが起こりました。 そんなこんなで、代々蘇民の家の人達が蘇民将来と書いた木をお守りとしたのが、蘇民将来の注連飾りの始まりといわれてます。


~ここからがクライマックス~
●説①・・・牛頭天王編
そして武塔神(牛頭天王)は蘇民に『茅萱の輪をつくり、蘇民将来の孫と書いたお札を飾りなさい。そうすれば厄災を除くことができます』と言います。その茅萱の輪が茅の輪の始まりといわれてます。

●説②・・・スサノオ編
そして武塔神(スサノオ)は蘇民の娘と妻に『茅の輪を腰の上につけなさい』と伝えました。その夜、茅の輪を付けていた蘇民の娘と妻以外の村人は全員は死んでしまいました。 そして武塔神は『実は、私はスサノオという神だ。「蘇民将来の子孫である」と言って茅の輪を腰につければ今後も厄災を避けれるぞ』と言いました。それが茅の輪の始まりといわれてます。


ちなみに高諸神社が鎮座する広島県福山市に伝わる蘇民将来伝説は説②の方です。村人が皆殺しになるという衝撃的な結末・・・。


●石柱

●石柱
・1925年建立
・高さ 約6m
・広島県で3番目に大きい石柱

なんと地中には、3~4mの柱が埋まってるといわれてます。

スポンサーリンク

拝殿と本殿

●拝殿

●拝殿
・建立年不明
・銅板葺 唐破風付き入母屋造
・通称・おつるぎさん


●拝殿の絵馬
①天洋丸の絵馬・・・天洋丸は1908~1932年に活躍した貨客船です。貨客船として日本初のタービン船でした。そして日本初の1万トン超えの貨客船でもありました。

②こちらは何の絵馬でしょう!?・・・火の海となった町を、必死で消火している場面が描かれてました。福山空襲でしょうか?


●本殿

●本殿
・1913年再建
・銅板葺 流造
・須佐之男命・劔比古神を祀る
・千木は外削ぎ

スポンサーリンク

田盛神社

●高諸神社の創始者・タモリを祀る田盛神社

●鳥居
・1798年建立
・明神鳥居

●本殿
・建立年不明
・銅板葺 妻入りの入母屋造
・田盛を祀る


由緒によると、近くの海に新羅国王を乗せた難破船が漂着して、庄司のタモリが手厚くもてなした。その後、タモリの夢に新羅国王が登場し『実はワシはスサノオでした』という爆弾発言をした的な事が書いてありました。

ということで、新羅国王 = スサノオ
この地にスサノオが来たという事なんだ!
タモリとスサノオの夢の共演です。
古代のテレフォンショッキングですよ。


この備後地方はスサノオ伝説が残る地であります。
福山には蘇民将来伝説地・素盞嗚神社があり、そこではスサノオは武塔神となって登場しています。スサノオは新羅国王になったり武塔神になったり・・・いちいち人々の心を試してくる面倒臭い方なのかも知れません。いちいちキャラに扮するので、衣装代も馬鹿にならない・・・ある意味、エンターティナーである。

スポンサーリンク

境内社

●王子神社


●鳥居
・1798年建立
・明神鳥居

●狛犬
・1862年建立
・小ぶりなお座り型


●荒神社

いきなりですが、全国・荒神社ランキング!

第1位・・・岡山(約200社)
第2位・・・広島(約140社)
第3位・・・島根(約120社)

なんと中国地方がワンツースリーフィニッシュ!

ちなみに第7位に鳥取(約30社)
第9位に山口(27社)です。

なぜか中国地方で大ブームを巻き起こした荒神信仰。 中国地方が上位を独占するランキングってなかなかないですよ!


●稲荷神社
●稲荷神社
・宇迦之御魂神を祀る


●弁財天神社と加佐守神社

●左 → 弁財天神社
・弁財天を祀る

●右 → 加佐守神社
・大己貴命を祀る


●厳島神社と不明の境内社

●左 → 厳島神社
・市杵島姫命を祀る

●右 → 不明の境内社
どなたが祀られているのでしょ?

スポンサーリンク

その他の見どころ

●遥拝所

境内には3つの遥拝所がありました。

●左 → 香川県・金毘羅大権現遥拝所
●中 → 愛媛県・大山祇神社の遥拝所
●右 → 広島県・厳島神社の遥拝所
なぜか厳島神社だけ通称(笑)


●神輿庫

その昔は大祭がある度に活躍していたこの神輿。 しかし時が経つにつれ出番がなくなり、八幡神社に安置されたままになっていたという。そんなこんなで、高諸神社に神輿庫を建立し奉納したそうです。


制作年は不明ですが、唐破風・組物・彩色など、とても気合いの入った作りになっておりました。


●掲示板

掲示板にはなぜか赤穂浪士の額が掲げられてました。 しかし47義士勢揃いではない模様。


●宝篋印塔と楠正成騎馬武者像

●宝篋印塔
境内の片隅に、相輪と塔身が欠損した宝篋印塔がありました。隅飾の感じからして 室町時代建立のものと推測してみたひと時。

●楠正成騎馬武者像
コンクリ製の小ぶりな騎馬像でした。
今津小学校にあったものを、戦後、現在地に移設したそうです。

御朱印


御朱印は社務所で頂きました。

高諸神社の地図

スサノオゆかりの地


スサノオゆかりの地をまとめてみました。

●スサノオの足跡を探す旅~スサノオゆかりの地~
スサノオの足跡を探す旅~スサノオゆかりの地~(14スポット)
スサノオの生誕地●江田神社宮崎県宮崎市阿波岐原町産母127スサノオが生まれたみそぎ池がある神社。スサノオが乗った船●韓竈神社島根県出雲市唐川町408古事記では高天...
●メニュー
・スサノオの生誕地
・オロチ退治に使用した酒壺を祀る
・スサノオがオロチを退治した場所
・天叢雲剣(草薙剣)発祥地
・オロチの首を埋めた地
・スサノオ夫婦の新居跡
・スサノオ終焉の地
などなど・・・

随時更新していきます。
 

タイトルとURLをコピーしました