西光寺(最福寺・延朗堂)の御朱印~京都洛西観音霊場 番外~(京都府京都市西京区)

都道府県別
住 所京都府京都市西京区松室山添町22
宗 派浄土宗西山禅林寺派
札 所京都洛西観音霊場 番外
由 緒1176年、延朗上人が創建した最福寺がこのお寺の始まりだそうです。創建当時は七堂伽藍・49院を有する大寺院だったといいます。1467年、応仁の乱で焼失。その後、伽藍は再建されず、現在は延朗堂だけが残り西光寺が管理しています。
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山門と本堂

●山門

●山門
・建立年不明
・瓦葺 薬医門

京都洛西観音霊場の番外であります西光寺に到着。

松尾大社と鈴虫寺の間に位置してます。
京都洛西観音霊場という石標が立っていたので立ち寄りました。


山門の屋根瓦には曹洞宗の宗紋である久我山竜胆紋。

・・・



・・・って、えぇぇぇーっ!

ここは浄土宗のはず・・・!

なぜじゃ・・・謎!


●本堂

●本堂
・建立年不明
・瓦葺 入母屋造
・浄土宗西山禅林寺派
・本尊は阿弥陀如来像

建立年は未確認ですが、山門・本堂ともに平成の建立だと思われます。 境内はとっても小さく、山門と本堂がコンパクトにまとまってました。

堂内でお参りしようと思ったのですが、本堂の戸は閉まっておりました。ということで、本堂横にある庫裏のインターホンを鳴らしお寺の方とお話しタイム。その後、堂内でお参りさせて頂きました。

その後、再び堂内でお寺の方とお話しをしてると、京都洛西観音霊場の札所はここではなく徒歩数分の所にある飛び地境内にあるとのこと。

そんなこんなで、後ほど飛び地境内の延朗堂を訪ねることに。

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境内の風景

●ミニ庭園

本堂前には涅槃像がお昼寝するミニ庭園がありました。


そして奉納者の名が刻まれた石柱が乱立してました。
今風でちょっとお洒落ですなぁ。


●宝篋印塔

さらに山門の横には古い宝篋印塔がありました。
隅飾の感じからして、鎌倉時代~室町時代のものと勝手に推測してみる。


●誕生仏

そしてさらに金網で保護された誕生仏がおられました。


その他、ルンルンしてるお坊ちゃんや、ムッチムチのプックプクの可愛いお坊ちゃんが点在してました。

そんなこんなで、小さな境内のわりに見所の多いお寺でした。

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延朗堂

●延朗堂

そんなこんなで、京都洛西観音霊場・番外札所であります延朗堂に到着。

西光寺から徒歩3分のところにあります。

●所在地
京都府京都市西京区松室地家山4


家の様なお堂でした。

延朗堂の横には、延朗上人800回大遠忌を記念して建立されたさしのべ観音と新しめの宝篋印塔がありました。

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戦火ゆかりの地と最福寺の旧蹟地

●戦火ゆかりの地

そして延朗堂前には戦火ゆかりの地の碑があり、古そうな石塔が点在してました。

どうやらこの地は、平治・元弘・応仁・元亀の乱で戦火にあった地とのことです。 それにしても、戦火に遭いまくり!

平治の乱 → 1160年
元弘の乱 → 1131~1333年
応仁の乱 → 1467~1477年
元亀の乱 → 1570~1573年

大体、100年おきに戦火に遭ってます。


●最福寺の旧蹟地

戦火ゆかりの地と同じ場所に最福寺の旧蹟地の碑もありました。

こんなにも戦火に巻き込まれたんだから、伽藍が再建されなかったのも納得です・・・再建し甲斐がない!


●笠地蔵

ただの石のように見えますが笠地蔵といわれる石仏らしいです。 宝篋印塔の下から出土したんですって。


その他、最福寺の旧蹟地には五輪塔の宝珠がオブジェ的に点在してました。とても小さな五輪塔です。

これらも最福寺の跡地から出土したものなのでしょうか?

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御朱印

●御朱印

御朱印は西光寺の本堂内で頂きました。

京都洛西観音霊場・番外札所であります延朗堂の玄関にも、セルフサービス形式で書置きが用意されてました。

西光寺の地図

西光寺(谷ヶ堂最福寺延朗堂)の地図

 

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