美保神社の御朱印~事代主系・えびす神社の総本社~(島根県松江市美保関町)

都道府県別
所在地島根県松江市美保関町美保関608
祭 神事代主神・三穂津姫命
社 格式内社・旧国幣中社・別表神社
由 緒創建年は不詳。奈良時代に編纂された出雲国風土記に記載されていることから、奈良時代以前には存在していた神社と思われます。出雲大社とともに出雲のえびすだいこくと並び称せられてます。大社(出雲大社)だけでは片詣りといわれており、出雲大社に参拝する人々は必ず美保神社にも参詣するという風習があるそうです。事代主神を祀る神社の総本宮です。
HP美保神社 | えびす様の総本宮 | 島根県松江市美保関町
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国譲り神話に登場する美保関とは?

●美保関

美保関は古事記・日本書紀の国譲り神話に登場する地です。


●ザックリと簡単に国譲り神話とは?

●登場する神様
・大国主命(オオクニヌシ)
・少彦名命(スクナビコナ)
・天照大神(アマテラス)
・天穂日命(アメノホヒ)
・天若日子命(アメノワカヒコ)
・下照比売命(シタテルヒメ)
・建御雷命(タケミカヅチ)
・天鳥船命(アメノトリフネ)
事代主命(コトシロヌシ)
・建御名方命(タケミナカタ)



舞台は、オオクニヌシがスクナビコナとともに築き上げた葦原中国(地上)と、アマテラスを中心とした様々な神様が住む高天原(天界)。

立派で豊かな葦原中国(地上)を高天原(天界)から見ていたアマテラスは、葦原中国(地上)を自分のものにしたくなりました。
そんなこんなで、地上の出雲国へ使者を送り、国を譲ってもらおうとします。

最初に使者として送り出されたのはアメノホヒ。

オオクニヌシとアメノホヒとの間で、国譲りの交渉が始まります。 しかしアメノホヒはオオクニヌシと意気投合してしまい、3年間も高天原(天界)に帰りませんでした。

そこで天界サイドは、2人目の使者であるアメノワカヒコを送り出すことに。 しかし、アメノワカヒコはオオクニヌシの娘・シタテルヒメと結婚してしまい、8年間も地上で暮らしました。

思い通りにいかずムキーーーッとなったアマテラスは、最後に力自慢のタケミカヅチとアメノトリフネを使者として送り出します。

タケミカヅチは稲佐の浜に十拳剣を逆さまに立て、剣先にあぐらをかいて座り、国譲りの交渉をしました。 しかし、オオクニヌシは『私1人では決められないから、息子2人にも聞いてみてください』 と応えました。


そこでタケミカヅチとアメノトリフネは、美保関で釣りをしていたコトシロヌシのところへ行き、国譲りの交渉をしました。
そして、コトシロヌシは国譲りを承諾しました。


しかし、そう簡単には国は譲らねぇ~と、2人目の息子・タケミナカタが登場。 タケミナカタは力自慢の神!

そんなこんなで、タケミナカタとタケミカヅチは出雲国をかけて力比べをします。 地上の力自慢代表 vs 天界の力自慢代表の大一番! ・・・と思われましたが、あっけなくタケミカヅチが勝ちました。

勝負に負けたら仕方ない・・・オオクニヌシは国を譲ることを決心しました。

しかし、ただでは国を譲りません。 オオクニヌシは国を譲る代わりに条件を出しました。 それは、天に届くくらい大きな宮殿を建ててほしいという条件でした。

その宮殿こそが、現在の出雲大社といわれています。

完。
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鳥居と廻船御用水と神門

●鳥居①

そんなこんなで、大国主命の子・事代主命を主祭神として祀る美保神社に到着。


●ザックリと簡単に美保神社とは?
出雲風土記には美保社
延喜式神名帳には美保神社と記載されている古社です。

全国に約3000社ある事代主系・えびす社の総本社で、漁業・海運の神・商売繁盛の神様として信仰されています。
※ちなみに蛭子系・えびす社の総本社は西宮神社(兵庫県)。

また、祭神の事代主命は、鳴り物好きということから、鳴り物の神様としても信仰されています。

出雲大社とともに出雲のえびすだいこくと並び称せられ、大社(出雲大社)だけでは片詣りといわれてるそうです。
そのため、出雲大社に参拝する人々は必ず美保神社にも参詣するという風習があるんだって。


●廻船御用水(おかげ井戸)

そんなこんなで、鳥居①をくぐると、何だか由緒ありげな井戸を発見。
どうやらこれは、廻船御用水と呼ばれるありがたい井戸のようです。

1861年の大旱魃の際、町民が美保大明神に願をかけてこの地を掘ったところ、真水がこんこんと湧き出たといいます。

以来、この水は枯れることなくおかげの水として大切にされてるんだって。


●鳥居②

扁額は、神祇伯資敬王の書。

資敬王は、1822~1851年に活躍された白川伯王家の当主です。
ちなみに白川伯王家は、皇室の祭祀を司っていた伯家神道(白川流神道)の家元です。


●神門

●神門
・1928年建立
・桧皮葺 切妻造 八脚門
・ヒノキ造

そんなこんなで、鳥居②をくぐり境内奥に進むと、神門に到着。
それにしても、出雲地方特有の大きな注連縄が素敵だなぁ。
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狛犬と石灯籠

●狛犬①②

●狛犬①②
・1850年建立
・出雲丹後型の狛犬


なんと、目玉には黒い石のような物がハメ込まれているという!
少々、不気味ですが、そのせいもあって迫力のある顔になってます。
威嚇されてるような気がして、少々気持ちがピリッと引き締まりました!


●狛犬③④

●狛犬③④
・1830年建立
・備前焼狛犬

とても江戸期の生まれとは思えないくらい、良い状態で残ってます!
大切に守られてきたんだなぁ。


●石灯籠

ちなみに、石灯籠の笠の上にも小さな狛犬ちゃんがおられました。
こんな小さな出雲構え獅子は初めてだよ!(笑)
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拝殿

●拝殿

●拝殿
・1928年再建
・桧皮葺 妻入りの切妻造
・用材はヒノキ
・式内社
・事代主系・えびす社の総本社
・出雲国神仏霊場 第8番



それにしても、めちゃくちゃデカい拝殿!
そして長いっ!(笑)
まるで戦艦のような社殿でした!


拝殿内は、天板が張られておらず、梁がむき出しの状態になってました。

この神社は、漁業・海運の神・商売繁盛以外に、鳴り物の神としても信仰を集めてます。
ということで、拝殿内では年間を通して音楽の奉納が数多く行われるんだって!

そんなこんなで、この拝殿の構造は、優れた音響効果をもたらすんだそうです。
音響効果を意識して社殿を造るのって面白いですね!

お賽銭箱には、社紋である二重亀甲に三
美保は三保とも書くので、三が用いられてるんだって。

社紋とは別に、神紋の方は
事代主命 → 二重亀甲に三巴
三穗津姫命 → 二重亀甲に渦雲
となっておりました。
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本殿

●本殿
●本殿
・1813年再建
・美保造または比翼大社造
・桧皮葺 用材は松
・国指定重要文化財
・事代主神・三穂津姫命を祀る

右殿 → 大国主命の子・事代主命を祀る
左殿 → 大国主命の后・三穂津姫命を祀る



そんなこんなで、はいドーーーン!
大社造の本殿は、美保造または比翼大社造と呼ばれる珍しい造りになっています。

佐太神社の三殿並立の大社造しかり、田原神社の二殿並立の春日造しかり、出雲地方は特殊な本殿が多いなぁ!


ちなみに本殿内部はこんな感じになっているそうです。

神社界では神様目線で左右が決められるので、左右は通常の逆になります。

左殿と右殿の間には装束の間という部屋が設けられていて、そこには客殿(大后社・姫子社・神使社)が祀られているそうです。

この3社は、末社なのになぜ本殿内に祀られているの・・・???
調べてみると、もともとは境内に鎮座していたそうですが、1570年に兵火に遭ったことから本殿内に遷したんだって。

南向きの本殿の場合
通常、男神が祀られている男造の大社造は、御神座は西向き
女神が祀られている女造の大社造は、御神座が東向きに祀られているのですが、この大社造は男神・女神ともに南向きに鎮座しているという。

そんなこんなで、美保造・・・外観も特殊ですが、内部もかなり特殊な造りになってますね!

境内社

●若宮社

●若宮社
・天日方奇日方命を祀る

天日方奇日方命とは
古事記によると大物主命の子
日本書紀によると事代主命の孫
先代旧事本紀・地祇本紀によると事代主命の子となっております。


若宮社の前には、小さな狛犬ちゃんがおられました。
荒々しい作品で、とっても個性的な狛犬ちゃんでした。


●境内社(4社合祀)

この境内社には、宮御前社・宮荒神社・舩霊社・稲荷社の4社が合祀されてます。

●宮御前社
・埴山姫命を祀る

●宮荒神社
・奥津彦命・奥津姫命・土之御祖神を祀る

●舩霊社
・天鳥船神を祀る

●稲荷社
・倉稲魂命を祀る


こちらの境内社にも、小さな狛犬ちゃんがおられました。
小ぶりなオカッパ狛犬・・・可愛いっ!

このタイプのオカッパ狛犬は、北陸地方で盛んにつくられた狛犬です。

美保関は、古くから北陸地方との交流が盛んな地だったので、もしかしたらその縁もあってこの神社に奉納されたのかもしれませんね。


●御霊石

あと、境内には御霊石という江戸時代から伝わるパワーストーンがありました。


どうやら、この石に触るとお腹の子が健康に育つそうです。

その他の見どころ

●寶栄丸の折れ舵


神門の近くには、寶栄丸の折れ舵という大きな舵がありました。
一瞬、腐った大木かと思って素通りしかけましたよ!

その他、境内にはたくさんの錨が奉納されてました。
漁業・海運の神様を祀る神社というだけあって、漁師さんや船関係の信仰が篤いなぁ。


●回廊


回廊には、船の立体絵馬や、貝の絵馬や、鯛の絵馬など、海に関係する絵馬がたくさん奉納されてました。

絵馬の他に、1858年作の大鼕祭典用の傘もありました。

●大鼕(おおどう)
・1858年作
・1873年奉納
・国指定重要有形民俗文化財

この神社は、鳴り物の神様としても信仰されていて、多くの鳴り物が奉納されています。
その中でも、この大鼕は最も大きな鳴り物なんだって。


●収蔵庫

ちなみに境内にある収蔵庫には、戦国時代~明治時代に奉納された笛・太鼓・琴・三味線・琵琶など、多数の鳴り物が収蔵されてるんだって。
なんと!
そのうち846点が、国の重要有形民俗文化財に指定されているという!


●境内からの景色

境内から美保関港を望む。

いやはや、素敵な神社でした。

青石畳通りと美保関港と男女岩

●青石畳通り

美保神社の参道脇には、艮門という棟門がありました。

そんなこんなで、艮門をくぐると・・・


そこには、情緒こぼれまくりの素敵な石畳が!
大正ロマンというか、昭和レトロというか、ノスタルジーな空気が大充満したストリートの名は青石畳通り

どうやらここは、江戸時代後期に美保神社の門前町として賑わった通りのようです。

かつて美保関は、北前船が立ち寄った港町。
そして、松江街道の宿場町として栄えた町です。

この石畳は、北前船の物資の積み降ろし作業の効率化を目的に敷かれたんだって。


通りには、緑色の凝灰岩が敷かれていて、雨に濡れると石が青く光ることから青石畳通りと名付けられたそうです。

本日は晴天のため、石畳はカラッカラに乾いてましたが、それでもほのかに青みがかってました。
雨の日は、さぞかし幻想的なんだろうなぁ。
今度は、雨の日に来なくちゃ!


●美保館
・1908年建立
・国の登録有形文化財

青石畳通りには、美保館をはじめ、北國醤油店・太皷醤油店・桝谷鮮魚店などなど、古い建物が建ち並んでました。


そして、与謝野夫妻・高浜虚子・西条八十など、多くの文豪が訪れたそうです。


美保関資料館では、美保関の歴史に触れることができました。


●美保関港


その後、美保神社から徒歩すぐのところにある美保関港をブラブラ。

夏の香りと磯の香りとイカの香り~。


●男女岩


美保神社から車で約10分のところにあります。

卑猥なかたちの男岩(右)と、穴が開いた女岩(左)。
男岩と女岩の間には、糸を引くような注連縄・・・官能的だなぁ(笑)

御朱印情報

●御朱印情報
御朱印は種。
通常の御朱印
出雲国神仏霊場の御朱印
七日えびす限定の金字銀印の御朱印
※毎月7日限定で金字銀印の御朱印が頂けます。(書置きのみ)

いずれの御朱印も社務所で頂けます。●オリジナル御朱印帳

オリジナル御朱印帳があります。


●金色の鯛守
毎月7日のみ数量限定で金色の鯛守が授与されます。

美保神社の地図

 

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