鷲原八幡宮の御朱印|日本唯一!室町時代の原型をとどめる流鏑馬馬場|(島根県鹿足郡津和野町)

所在地島根県鹿足郡津和野町鷲原 イ632−2
祭 神主祭神
・誉田別尊(応神天皇)
・息長足姫尊(神功皇后)
・玉依姫命

配祀神
・天於受女命・大山祇命・宇迦能魂命
・菅原道真・佐陀比古命 ・大己貴命
・水波乃女命・新田義興・國常立命
・加具土命・素盞嗚命・蛭子命・吉見頼行
由 緒947~956年、山根六左衛門尉という郷士が豊前国・宇佐八幡宮を勧請したのが始まり。その後、吉見頼行が鎌倉・鶴岡八幡宮から再度勧請したそうです。1387年、現在地に遷座し、社殿を建立。1554年の三本松城の戦いで焼失しますが、1568年に吉見正頼が再建したそうです。吉見氏以降、津和野藩を治めた坂崎氏、亀井氏も津和野の守護神として崇敬したそうです。境内の流鏑馬馬場は当時のままの原型をとどめており、 流鏑馬の馬場としては日本で唯一現存するものといわれています。
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鷲原八幡宮とは?


947〜956年、山根六左衛門尉という郷士が豊前国・宇佐八幡宮から御分霊を勧請したのが始まり。

1282年、吉見氏の家祖・吉見頼行が能登国から石見国の木部村(現・津和野町木部)に入国した際、鎌倉・鶴岡八幡宮から再勧請。

その後、1387年に吉見頼行の嫡子・頼直が現在地に社殿を建立して遷座したそうです。

1554年、陶晴賢による津和野城攻め(三本松城の戦い)により焼失。

しかし1568年に吉見正頼が社殿を再建。

1600年、関ヶ原の戦いで西軍が敗退した際、吉見氏14代当主・吉見広行は津和野城を坂崎氏に明け渡し、主家である毛利氏に従い萩に移ったそうです。

そんなこんなで吉見氏以降、坂崎氏、亀井氏の歴代藩主から崇敬され、亀井氏の時代には祇園社(現・弥栄神社)、武霊社(現・津和野神社)とともに津和野藩3大社となり、その筆頭に位置づけられたそうです。
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鳥居

●鳥居①

●鳥居①
・建立年未確認
・明神鳥居

本日は通称・山陰の小京都と呼ばれる津和野町をプラプラと散策しています。

そんなこんなで、津和野城跡がある城山の山麓に鎮座する鷲原八幡宮に到着。

鷲原八幡宮と書いてわしばらはちまんぐうと読みます。

鷲原八幡宮という名で知られていますが、宗教法人としての名称は八幡宮なんだとか。


●鳥居②

●鳥居②
・建立年未確認
・両部鳥居

鳥居①をくぐって境内に入ると立派な両部鳥居が登場。

いつ建てられた鳥居なんでしょ?

建立年を確認するのを忘れてしまいました。


そんなことより、鳥居の前には馬がっ!?

えっ、なになになに???

どどど、どうゆーこと?

時代劇の世界にタイムスリップしたような感覚!

あたしゃ、てっきり戦でも始まったのかと思いましたよ!
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流鏑馬馬場

●流鏑馬馬場

●流鏑馬馬場
・1568年構築
・1849年大修理
・全長 約270m
・島根県指定史跡

なんと、鳥居②の前にある芝生のストリートは流鏑馬馬場なんだとか!

しかもこの流鏑馬馬場は室町時代に造られ江戸時代に大修理されたもので、当時の原型をとどめている流鏑馬馬場としては日本で現存唯一のものなんだとか!

スゴっ!


一説によると、この流鏑馬馬場は鎌倉・鶴岡八幡宮の馬場を模したものといわれてるんだって。

ちなみにこの神社は、津和野町の無形民俗文化財に指定されている流鏑馬神事が有名なんだとか。


そんなこんなで本日は、流鏑馬馬場で流鏑馬の練習が行われていましたよ。

目の前を全速力で走る馬。

参拝者は私のみ。

こんな特等席で流鏑馬を拝見できるなんて、運がいいね!

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狛犬

●狛犬

●狛犬
・1832年奉納
・大島松渓 作

そんなこんなで、鳥居②をくぐって狛犬ちゃんにご挨拶。

ネットの情報によると、この狛犬ちゃんは津和野藩・亀井家のお抱え彫刻家 大島松渓さんの作品なんだとか。

かなり個性的で独創性に富んだ狛犬ちゃんですね!
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楼門と拝殿と本殿

●社殿

続いて、丹塗りの立派な社殿が登場。

ちなみに私が参拝した2009年当時は島根県指定有形文化財でしたが、現在は国指定重要文化財にランクアップしています。

津和野町では唯一の国重文 建造物なんだとか。


●楼門

●楼門
・1568年建立
・茅葺 入母屋造
・一間一戸 四脚門 楼門造
・国指定重要文化財

●翼廊
・1568年建立
・柿葺 切妻造
・国指定重要文化財

面白いなぁ〜と思ったのは

・楼門 → 茅葺
・向拝 → 檜皮葺
・翼廊 → 柿葺

という、1つの建造物で3種の屋根葺材を堪能できること!


見事に写真を撮り忘れてしまいましたが、翼廊には随身像が祀られていました。

ということで、この門は随身門となっております。


あと本坪鈴には徳川葵紋がありました。

ちなみに楼門をくぐることはできませんでした。


●拝殿

●拝殿
・1711年建立
・鉄板葺 入母屋造
・国指定重要文化財

楼門と拝殿の間には潔斎橋と呼ばれる太鼓橋が架けられていました。

そして拝殿の屋根は鉄板葺になっていました。


ちなみに楼門をくぐることができなかったため、潔斎橋を渡ることはできませんでした。

よって拝殿に昇殿することはできません。


●本殿

●本殿
・1568年建立
・柿葺 三間社流造
・国指定重要文化財

続いて、本殿を拝見。

拝殿同様、本殿も少し離れた場所から遠目に拝見することとなります。

どうやらこちらは覆屋のようですね。

よく見たら、覆屋の中に古そうな本殿が鎮座しておりました。


楼門は茅葺・檜皮葺・柿葺。

拝殿は鉄板葺。

覆屋は瓦葺と銅板葺。

本殿は檜皮葺。

社殿だけで6種類の屋根葺きを拝見できるというね!

そんなこんなで、屋根好きにはたまんないスポットとなっております。


ちなみに本殿の建立年は1568年とのことなので、楼門・翼廊と同じ年に建立されたものとなります。

もちろん国重文です。


その他、境内には津和野町指定天然記念物の大杉(御神木)と、境内社の稲生社・淡島神社・天満宮社・下山神社跡がありました。

そんなこんなで、参拝終了。


参拝後、境内にいた宮司さんとお話しタイム。

そして御朱印と和紙でできたお財布を頂きました!

宮司さん、その節はどうもありがとうございました!

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御朱印情報

参拝情報とアクセス

●開門時間
・境内自由

●拝観料
・無料

●最寄りの駅
・JR津和野駅から徒歩45分
・JR津和野駅から車で7分

●最寄りのバス停
・石見交通バス
 鷲原 バス停で下車

●最寄りのIC
・中国自動車道
 鹿野ICから車で40分

・中国自動車道
 六日市ICから車で45分

●駐車場
・あり

鷲原八幡宮の地図

 

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